いきもの通信 Vol.18[今日の事件]1000万円のオオクワガタ/クワガタムシ・ブームの行き着く先は 

Vol. 18(1999/9/5)

[今日の事件]1000万円のオオクワガタ

クワガタムシ・ブームの行き着く先は

[ON THE NEWS]
今回の事件については各種のメディアでとりあげられた。まず、各種週刊誌記事を元に事件の概要をまとめる。
東京都某所にある昆虫専門店は多くのクワガタムシを扱っていることでマニアの間では有名な店。その店に、先日体長8cmを超えるオオクワガタが入荷した。このオオクワガタを育てたのは個人のブリーダー(繁殖家)。同店は以前から「8cm超のオオクワガタが入荷したら買う」と言っていた常連客の男性に連絡、その男性がこのオオクワガタを購入した。報道では「1000万円のオオクワガタ」とのことだが、これは値札上の金額で、実際は「勉強させていただく」ということでいくぶん値引きされたらしい。

[EXPLANATION]
普通の人なら「1000万円のムシなんて!」と驚くのは当然でしょう。そんなの非常識だ、異常な値段だ!などと私が論じると思われた方、残念でした。8cm超のオオクワガタは確かに非常に珍しいもので、需要側と供給側の商談がこの金額で成立したのなら、まったく問題の無い、非難することもないことなのです。オオクワガタは別に絶滅の危機にある稀少種でもなんでもありませんしね。

それでも最近のクワガタムシ事情をご存じない方には非常に突飛な話に思えたでしょう。このあたりの事情について説明しましょう。
実はここ数年、日本のクワガタムシ界(としか言いようがないのですが)ではオオクワガタを卵または幼虫から飼育することが大ブームでした。なぜ、オオクワガタか? 実はオオクワガタの生態はつい最近まであまりよくわかっていませんでした。つまりその飼育・繁殖方法もわからなかったのです。そして、この10年ほどでその謎がかなりわかってきました。これをきっかけにクワガタムシ愛好家の間ではオオクワガタの飼育、さらにはいかに大きなオオクワガタを育てるかが一大ブームとなったのです。
日本には8cmを超えるクワガタムシはほとんどいません。7cmを超えるクワガタムシは、ノコギリクワガタ、ミヤマクワガタ、ヒラタクワガタ、オオクワガタの4種がいますが、このうち8cmを超える可能性があるのはヒラタクワガタとオオクワガタだけでしょう。ただし、これらのクワガタムシに限らず(カブトムシも同じですが)、クワガタムシは同じ種でも個体毎の変異が大きく、特に体長はかなりばらつきがあります。ですから7cm以下のオオクワガタもたくさんいます。8cm超がいかに珍しいかは、今回の件の金額からもおわかりかと思います。
クワガタムシを卵から育てるのは実はそれほど難しいことではありません。ところが、大きな成虫に育て上げるとなると別です。大型のオス・メスを交尾させ、幼虫には(クワガタムシにとって)上等なエサを与え、成長にいい環境を作らなければなりません。飼育方法は「菌糸ビン飼育」が現在の主流です。菌糸とはキノコのことです。キノコといっても、皆さんが想像される地上ににょっきり生えてくるシイタケや松茸はキノコの姿の一部分でしかありません。キノコの本体は地面の下に広がる菌なのです。クワガタムシの幼虫はそのような菌糸を食べるらしいことがわかっており、それを人工的に再現するのが菌糸ビンなのです。このエサの配合は非常に重要なポイントと言われており、熱心に研究されているようです。飼育についてもう1つ忘れてはならないことがあります。オオクワガタは卵から成虫まで2年もかかるのです!(カブトムシは卵から1年で成虫になり死ぬが、クワガタムシには幼虫期間が2年、成虫になってからも何年も生きる種類がいます。) 大きな成虫を育てるにはさまざまな試行錯誤と時間を要するということがマニア魂を燃え立たせるのかもしれません。
8cm超のオオクワガタを育てることはこのところの愛好家たちの大目標でした。実際、8cmとはいかないまでも8cmに近いオオクワガタはかなり高額で売買されていたようです。その相場から予想される数字として、8cmのオオクワガタは数百万円あるいはそれ以上の値段になるだろうとは以前から言われていたことです。それでも最近は値段も落ち着いてきたと言われており、今回の1000万円オオクワガタ事件は私にはかなり唐突なものでした。まさか、本当にそんな値段が付くとは! 今回の事件の店では、わざわざマスコミを呼んでいるところをみると、話題作りをねらった面もあるようです。

ただ、クワガタムシ界ではオオクワガタのブームも一段落という面はあるようで、現在愛好家たちが熱をあげつつあるのが、「珍しいクワガタムシ探し」と「国外のクワガタムシの入手」です。日本にはクワガタムシの仲間は30数種類いますが、詳細な生態が知られていないクワガタムシも多くあります。それを実際に探そう(採集しよう)というのが「珍しいクワガタムシ探し」です。「国外のクワガタムシの入手」は個人が海外でつかまえる場合もあるようですが、だいたいは専門店からの購入となります。世界最大のクワガタムシは体長11cmにもなり、かなり迫力があります。ただ、クワガタムシに限らず昆虫を輸入する時は、農作物への影響を抑えるため、事前に許可を得なければなりません。しかし現実には検疫をごまかして輸入される例もあるようです。この問題は帰化動物が環境に与える影響を考えると好ましい事態ではありません。ただ一方で、ちゃんと申請をして合法的な許可を得よう、という動きもあります。

知らない人にはただただ摩訶不思議なクワガタムシ界ですが、動物(飼育)趣味とはこういう一面を持つということは間違いないことなのです。このような話は別にクワガタムシに限った話ではないのですから……。


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