Vol. 51(2000/7/9)

[今日の本]みなしごゴリラの学校

みなしごゴリラの学校
[DATA]
著:岡安 直比(おかやす・なおび)
発行:草思社
価格:1600円
初版発行日:2000年5月30日
ISBN4-7942-0971-1

[SUMMARY]ゴリラ孤児を野生に帰す

著者はサルを研究する女性学者。1992年、コンゴ共和国でのゴリラ孤児プロジェクトに参加したしたことをきっかけに、5年間そのプロジェクトと共に生活することになる。親を密猟によって殺された赤ちゃんたちを育て上げ、森の生活に帰すまでの苦楽が語られる。

[COMMENT]ハリウッドなら映画になりますこの話

ゴリラは私が注目している動物のひとつです。巨大な図体に繊細な心、そしてアフリカ各地の内戦にまきこまれたために生息環境が悪化していること…ゴリラは目が離せない存在なのです。この本を買ったのも、ゴリラに関する知識を求めてであって、このホームページで紹介するつもりはあまりありませんでした。
しかし、最初にぱらぱらとページをめくっていたときに、とある言葉が目に入り、私はとても感心しました。というか、非常に共感を覚えたのです。その言葉は——「野生動物と接する第一の心得は、自分の姿勢をできるだけ低くすることだ」。これは専門家には常識であるかもしれませんが、一般の人は理解されていないことでしょう(感覚的・経験的に身につけている人もいるでしょうが)。
私は鳥の写真もよく撮っているのですが、この「低姿勢」原則は非常に重要です。相手が高い木の上にいたりして高低差がはっきりしている場合は別ですが、地面の上や水面にいる場合は、しゃがんであまり動かないようにしなければなりません。そうすることで、鳥も少し警戒を緩める様子が実際に感じられます。私がこの「低姿勢」原則を体得したのは、そもそも動物写真を撮る場合、被写体と目線の高さを合わせて撮るのが構図的に無難だから、という撮影の原則があったからなのです。このことを念頭に撮影していると、自分が立っている時としゃがんでいる時では鳥たちの様子が違うことに気づいたのです。
「低姿勢」原則はペットに対するときにも有効です。散歩ネコと仲良くなりたいのならしゃがむ、逆にいたずらネコを威嚇したいのなら立ったままずんずん近づく。動物とつきあう上で、この原則は必ず身につけておきたいものです。
さて本書の著者の場合、ゴリラの子供と初めて対面した時に、無意識にこの原則通りに地面にはいつくばったのですが、それが裏目に出ることになったのでした。ゴリラといえども、彼らは飼育下の人間慣れしているゴリラ。しかもいたずら好きな子供だったのですから…。著者の身に何が起きたのかは、本書を読んで確認してください。

この本を読みながら感心したことがもう一つあります。それは著者の語り口のうまさです。学者の書いた本ですから、もっとカタイ内容かと思っていたのですが、学術的な内容はほとんどなく、著者自身が経験した5年間の出来事を平易に語っています。時系列的な順序が前後していたり、十分に語られていないこともあるとは思うのですが、全体ではどきどきわくわくの内容です。出会いあり、笑いあり、苦労あり、悲劇あり、そして別れあり……。本書を読みながら私はこう思ったのでした——「これなら映画になるな」と。もっとも、今の貧弱な日本映画界では無理な話でしょう。しかし、もしこれがアメリカだったならば、とっくに映画化の話が著者にもちかけられていることでしょう。それぐらい面白い内容なのです。しかも、フィクションではなく実話なのですから。本当にハリウッド向けの内容だよな、と私は思ったのでした。問題は多数登場する子ゴリラたちをどうするかですが、動物ロボットやCGといった技術を駆使すれば不可能なことではないように思います。

さて、あまり本書の内容のことを書かなかったので、最後にこのゴリラ孤児プロジェクトについて説明しておきましょう。このプロジェクトは、イギリスのハウレッツ動物園(私立)がオーナーとなってコンゴ共和国で実施しているプロジェクトです。密猟されたゴリラは、大人は食用などのため殺されてしまいますが、子供はペットとして売るために生かされたままになることが多いようです。そのような子供ゴリラを引き取って養育し、最終的には保護区の自然林へ野生復帰させるのがこのプロジェクトの目的です。
このプロジェクトはコンゴ共和国で起こった1997年6月のクーデターのため、プロジェクトを進めることができない状態になってしまったようです。このプロジェクトの現在の様子は本書ではあまり語られていませんが、状況の改善を願わずにはいられません。


[いきもの通信 HOME]