Vol. 55(2000/8/6)

[今日の本]ニホンカモシカのたどった道

ニホンカモシカのたどった道

[DATA]
著:小野勇一(おの・ゆういち)
発行:中央公論新社(中公新書1539)
価格:700円
初版発行日:2000年6月25日
ISBN4-12-101539-8

[SUMMARY]ニホンカモシカの生態から食害問題までを見渡す

著者は九州大学名誉教授で、長年に渡って主に九州地方のニホンカモシカの調査・研究を行ってきた。
第1章 ニホンカモシカとはどんな動物か
ニホンカモシカの分類、形態、生態などについて紹介する
第2章 反芻類としてのカモシカ
ウシ科に属するニホンカモシカは、草食でウシ同様に反芻をする。その仕組みについて、他の草食動物との比較も取り上げながら解説する。
第3章 生まれてから死ぬまで
ニホンカモシカの年齢を、殺したりせずに最低限の手間で容易に判別する方法を紹介する。また、この方法を使えば出産の回数も知ることができる。この方法の出現によって、カモシカの出生率や死亡率がはっきりとわかるようになった。
第4章 ニホンカモシカを追う
ニホンカモシカは崖のある山地に生息するため、その調査は苦労が伴う。著者はある地域内にある糞の総量から頭数を算出するという画期的な方法を考案した。この章ではその紹介もされている。
第5章 「カモシカ問題」とは何か
ニホンカモシカはヒノキの新芽なども食べるため、一部の地域では農林業に被害が生じている。このため、ニホンカモシカは天然記念物にもかかわらず捕獲が許可されている。その一方で保護区が設定されていたりするのだが、行政側の統一的な対応が無く、十分に保全・管理されているとは言えない。

[COMMENT]忘れられた特別天然記念害獣

最近、人間生活や農業に害を与える害獣として有名なものは、クマ、サル、シカでしょうか。私はこれを3大害獣と呼ぶことにしています。これらの他にはイノシシも加えておいた方がいいでしょう。本書を手に取るまで、私はニホンカモシカのことをすっかり忘れていました。そうそう、ニホンカモシカも食害を引き起こすことがあったっけ。しかし、近年は新聞等でも被害のニュースはまったくといっていいほど報道されていません。これはニホンカモシカの生息地がかなり限られているからなのでしょう。
ところで、ニホンカモシカというと皆さんは何を思い出すでしょうか。多くの人は「天然記念物」ということでしょう。正確には「特別天然記念物」。「特別」というぐらいですから、珍しい、保護すべき動物なのですが、一方で農林業に被害を与える害獣でもあります。保護すべきか駆除すべきか、非常に悩ましい問題です。これはクマ、サル、シカにも共通している問題です。ニホンカモシカの被害報道はここ10年はほとんど無くなっています。これは相対的にクマ、サル、シカの問題が浮上してきたためでもあるのでしょう。実際のところ、文化庁・環境庁の許可のもと、現在も年に1200頭以上が捕殺されています。被害は無くなっているわけではありませんが、なんとか均衡が保たれているのが現状と言っていいでしょう。この均衡は現在たまたまつりあっているだけのことで、行政の関与が功を奏しているからなのではありません。

同じ問題を抱えているという点でクマ、サル、シカといった他の哺乳類害獣に興味がある方には本書をお読みになることをおすすめします。哺乳類害獣問題はそれぞれが別の問題だとは私は思いません。「これはクマ問題、そっちはサル問題」というふうに他の問題を切り離してしまうより、それぞれの生態や防除方法を比較し合ったり、お互いにアイディアを出し合ったりすることで、より良い解決方法が見えてくるのではないかと思います。
ただ、問題はこうした害獣問題について、行政の統一的な方針が無いことがあります。ニホンカモシカの場合、環境庁、林野庁、文化庁が担当しているのですが、見解の統一はなんとかできても、大局的な保護管理を行う部署は存在しないのが現状なのです。これが他の害獣となると、農林水産省まで関わってくるのですから、またまた大変なことになりそうです。本書の著者も指摘しているのですが、全国的な規模での研究所・管理所を設立して、そこで統一的に対応をすべきでしょう。できれば、その組織はニホンカモシカのような特別な動物に限らず、野生動植物全般を扱うようなものであればなお良いというのが私の考えです。

本書でもうひとつ特筆すべきことは、「反芻」についてかなり詳しく解説されていることです。植物しか食べない草食動物の栄養のバランスはいったいどうなっているのか、皆さんは不思議に思われたことはありませんか。人間なら「肉も穀物も野菜もバランス良く食べましょう」となるのですが、草食動物は本当に植物しか食べないのですから。彼らは主義主張があっての菜食主義者なのではありません。草食でも各種栄養を確保する仕組みを彼らは備えているのです。その仕組みの1つが「反芻」なのです。詳細は本書をお読みください。
逆に「肉食動物」もバランス良く栄養をとらなければ生きていけません。その方法は——これはまた別の機会に紹介することにしましょう。


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