Vol. 60(2000/9/10)

[OPINION]マクロ生物学とミクロ生物学

「マクロ生物学」「ミクロ生物学」は私の造語です。この語の発想は経済学での「マクロ経済学」「ミクロ経済学」から来ていますが、定義の範囲が異なりますので注意してください。
「ミクロ生物学」とは、細胞レベルよりも小さいスケールでの生物学です。細胞の構造、遺伝子、DNAなどが含まれます。
「マクロ生物学」とは、生物個体とそれよりも大きなスケールでの生物学です。動物の生態、分類、行動、集団生活、生態系などが含まれます。

今回、なぜこのような話をするのかというと、近年の生物学は「ミクロ生物学」にかたよっていると思うからです。最近の科学の話題といえば「ヒトゲノム解析」なのですが、これは「ミクロ生物学」の究極の目標のひとつです。科学雑誌「Newton」でもゲノム、DNAを中心にした長期特集を連載しているほどです。高校の生物の参考書を見ても、細胞の構造・仕組みなどを中心にしたミクロ生物学の話が半分以上あるような印象です。残りの大半は人体の構造・仕組みで、残りが生態系などのマクロ生物学の話となっています。
最近の生物学の主流は明らかにミクロな方向になっており、この分野が今後しばらくは重要な位置を占めるのは間違いないことです。

一方のマクロ生物学はどうでしょうか。近年の環境問題への関心の高まりから、生態系や環境汚染の話題は多いようです。また20世紀後半に成長した分野として、動物行動学というものもあります。19世紀以前は動物を収集、標本化して、骨格などの体の構造を観察し、分類するという「博物学」的なとらえ方が主流だったのですが、20世紀になってからは、食性、生活行動、群れの構造など生きている動物の行動そのものを研究することが当たり前になっています。これによってより深く動物のことを知ることができるようになったわけです。
とはいえ、マクロ生物学全体では生態系や環境などのよりマクロな分野の方が注目されがちです。個々の動物たち、言ってみればマクロ生物学とミクロ生物学の境界上の存在である生物そのものの比重がどんどん軽くなっているような気がするのです。もちろん、それぞれの生物個体が存在するからこそ生物学全体が成り立っているのも確かなのです。

個々の生物についてはよく調べられている生物もありますが、ほとんど生態のわからない生物や、未発見の生物もたくさん存在します。この分野にはまだまだフロンティアが広がっているのです。そして私たちが実際にダイレクトに接するのも、ミクロな細胞やマクロな生態系ではなく、1個体としての生物です。
個々の生物にもっと注目を向けるべきだというのが私の今回の主張なのですが、では例えば学校教育の中でそういったことがどれだけ教えられているかというと……皆さんご自身の記憶を思い出してください。ほとんど、あるいはまったく記憶が無いのではないでしょうか。カイコの飼育あるいはメダカなどの魚の飼育程度は経験があるかもしれません。または学校の飼育小屋でウサギやニワトリを飼育していたりしていたかもしれません。が、それ以上のことを学校で経験したことはおそらくないでしょう。うむむ、こんなことで動物に対する理解が深まるとはとても思えません。私のように動物のことを伝えようとする者にとっては非常に危機的な状況ではないかと思うのです。
最近はビオトープ(人工的な小生態系)に取り組んでいる学校もあるようで、少しは期待できる展開もあるようですが、いかにして動物たちのことを伝えるか——大人だけでなく子供たちにも——という問題は私のようなマスコミ側の人間だけでなく、学者や教育者といった方々にも真剣に取り組んでいただきたい問題だと思うのです。


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