Vol. 83(2001/4/8)

[今日の事件]ヨーロッパで口蹄疫が拡大

2月から新聞などで断片的に、ヨーロッパでの口蹄疫(こうていえき)の流行が報じられています。

まずは、口蹄疫とはなにか、について。
口蹄疫は口蹄疫ウィルスが原因となる伝染病です。感染するのはウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イノシシなど哺乳類偶蹄目の動物です。「口蹄疫」の「蹄」はここからきています。感染すると、高熱を出したり、口の中、ひづめ、乳頭に水泡ができます。また、食欲減退、歩行困難、体重減少、乳量減少、流産などを引き起こし、死亡する場合もあります。
ただし、口蹄疫に感染した動物の肉や牛乳を人間が食べたり飲んだりしても感染はしませんし、健康にも問題はありません。
では、この病気の何が問題なのかというと、

・効果的な治療法がない
・感染力が極めて強い
・肉、牛乳の商品としての質が落ちてしまう

ということなのです。口蹄疫の感染力はかなり強力で、感染した動物の唾液、たん、排泄物、肉や牛乳などの生産物で感染する他、土を介しても感染するため、人間の靴についた土や、車のタイヤに付く土までも注意しなければなりません。さらに、空気感染(ウィルスが風に運ばれて感染するということ)もありうるという非常にやっかいな伝染病です。今回のヨーロッパでの流行での発生源となったイギリスでは、次のような対策をとりました。

・鳥類を除く家畜の国内輸送の禁止
・田園地域に行かないようにする
・感染地域の学校は休校
・動物園、自然公園は休園
・競馬、ラグビー試合などイベントの中止
・緊急ではない軍の国内演習を中止

これらは人間の移動に伴う感染の可能性を減らすための施策です。また、イギリスの車は他国に入るときにタイヤの消毒が義務づけられることになりました。
口蹄疫が発生した場合、治療よりも感染速度の方がはるかに速いため、感染した動物はすみやかに殺処分されます(基本的に焼却処分される)。場合によっては健康な動物でも感染地域内であれば殺処分されることもあります。そのため、農家にとってはかなりの打撃になります。また、感染した国の肉は多くの国で輸入禁止になるため、感染した地域だけてなく国全体の畜産業に影響を与えます。
口蹄疫がいかにやっかいかお分かりいただけたでしょうか。

今回のヨーロッパでの流行の経緯を見てみると次のようになります。
2月21日、イギリス、エセックス州の食肉処理工場で感染したブタが発見。
28日には22ヵ所、3月7日には95ヵ所で感染が確認されました。
イギリス政府は最初の発見後、すぐに家畜の輸出を禁止し、輸入していたEU(欧州連合)各国も輸入家畜を殺処分しました。そのため感染の拡大は防げるかのように見えましたが、3月13日にフランスで確認されたのに続き、21日にオランダで、22日にアイルランドでも確認されるという事態になりました。
これを受けて、アメリカ合衆国、カナダ、ロシア、日本がEU(全域)産の食肉輸入を停止しています。口蹄疫被害がまだないその他のEUの畜産業全体がダメージを受けることになってしまったのです。
4月2日現在の感染件数は、イギリスで913ヵ所、オランダで10ヵ所、フランスで2ヵ所、アイルランドで1ヵ所となっています。

ところで、この口蹄疫、日本には関係ないと思われるかもしれませんが、つい1年前に日本でも発生して問題になったばかりなのです。
2000年3月25日に宮崎県宮崎市で、4月10日に隣接する宮崎県高岡町で、さらに5月には北海道本別町で口蹄疫感染が発生しました。この時もやはり家畜は殺処分され、発生源付近の通行を停止、家畜の移動禁止、出入りの車の消毒などの処置がとられています。また、台湾、韓国、中国、アメリカ合衆国などが日本産食肉の輸入を停止しました。その後6月には安全宣言が出され、9月には国際獣疫事務局が「清浄国」への復帰を認めました。

口蹄疫の発生は、イギリスでは20年ぶり、日本では92年ぶりのことでした。検疫をきちんとやっていればかなり防止できるものではあるようです。しかし、近隣では台湾で1997年に発生していたり、香港では毎年のように発生していたりと、珍しい種類の伝染病ではありません。
感染の原因については、イギリスでは養豚場のエサとなっていた中華料理店からなどの残飯、宮崎では中国産麦わらが疑われていますが、どちらも確定はできていないようです。ただ、何もないところで突然感染するようなものではないので、国外から持ち込まれた何かが原因なのでしょう。

口蹄疫ウィルスに対しては予防するためのワクチンもあります。しかし、ワクチンを接種すると「本物の口蹄疫に感染しているかの見分けが難しい」ため、輸入を拒否している場合があるようです。EUのように国境の壁が低い地域では切実な問題となるようです。
なぜ見分けが難しいのかというと——ワクチンとは原因となるウィルスを無毒化・弱毒化したもので、これを接種してウィルスに対する「抗体」を作らせるわけです。ところが、口蹄疫の感染を検査するにはその抗体の有無でまず判断するため、ワクチンを接種しただけなのか、本当に感染しているのか区別ができないのです。口蹄疫ウィルスそのものを確認するにはさらに時間がかかり、その間にも感染が拡大するおそれか非常に強いのです。せっかくの予防策も現実的には使用できないという不思議な情況があるのです。

幸運にも口蹄疫は人間にはなんら悪影響は与えません。それでもマスメディアの報道や風評で食肉を避ける人が続出するのは確実で、畜産業にとっては死活にかかわる問題です。もし日本でも今回のイギリスのような規模で口蹄疫が発生すれば、生産者側・消費者側双方でかなりの混乱が起きると思われます。ヨーロッパの口蹄疫もやがて終息するでしょうが、こういった知識を頭に入れて報道をご覧ください。


追記

読者からの指摘で、口蹄疫が人間に感染することもあるということを教えていただきました。ただし、極めてまれな事例であり、致死的な結果をもたらすこともないようです。香港政府は、口蹄疫ウィルスは調理で死ぬので人体に影響はないと発表したりしています。
(2001/4/15)

2001年4月24日付の朝日新聞(東京版)夕刊によると、男性1人が口蹄疫に感染した可能性があることをイギリス政府が公表しました。この男性は今回の口蹄疫流行で家畜の殺処分をしていた人だそうです。その後4月28日付の朝日新聞(東京版)夕刊によると、この男性の感染はなかったことが発表されましたが、さらに5人に感染の疑いがあるとのことです。
ただ、イギリス国内1000ヶ所以上で感染が発生し、家畜100万頭(未感染のものも含まれるのでしょうが)が処分されたことを考えると大騒ぎするようなことではないと思います。
(2001/4/29)

2001年5月4日付の朝日新聞(東京版)によると、5月3日、ブレア英首相は記者会見で口蹄疫の拡大を「抑え込みつつある」として勝利宣言をしました。これまでに殺処分された家畜は252万頭。現在もわずかではあるものの感染の報告はあるようで、今回の「宣言」も近く行われる総選挙向けの政治的なものであるようです。
(2001/5/6)


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