Vol. 90(2001/6/10)

[OPINION]学校教育の中の生物学

最近なにかと話題なのが「新指導要領」。歴史教科書が特に争点になっていますが、授業時間・内容の削減にも風当たりが強いようです。
今回は、まず最初にその新指導要領における動物学教育について見てみましょう。新指導要領はインターネットで検索すればすぐに見つけることができますので、ここでは生物関係の部分だけを抜粋してみます。下の表では小学校の生活科、理科と中学校の理科から動物と植物に関する部分だけを抜き出しました。人体の仕組みや細胞の仕組みなども抜き出しています。

小学1〜2年 生活

内容

(5) 身近な自然を観察したり,季節や地域の行事にかかわる活動を行ったりして,四季の変化や季節によって生活の様子が変わることに気付き,自分たちの生活を工夫したり楽しくしたりできるようにする。
(7) 動物を飼ったり植物を育てたりして,それらの育つ場所,変化や成長の様子に関心をもち,また,それらは生命をもっていることや成長していることに 気付き,生き物への親しみをもち,大切にすることができるようにする。

指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い

(2) 自分と地域の人々,社会及び自然とのかかわりが具体的に把握できるような学習活動を行うこととし,校外での活動を積極的に取り入れること。なお,必要に応じて手紙や電話などを用い伝え合う活動についても工夫すること。
(4) 第2の内容の(7)については,2学年にわたって取り扱うものとし,動物や植物へのかかわり方が次第に深まるようにすること。

小学3年 理科

内容

A 生物とその環境

(1) 身近な昆虫や植物を探したり育てたりして,成長の過程や体のつくりを調べ,それらの成長のきまりや体のつくり及び昆虫と植物とのかかわりについての考えをもつようにする。

ア 昆虫の育ち方には一定の順序があり,その体は頭,胸及び腹からできていること。
イ 植物の育ち方には一定の順序があり,その体は根,茎及び葉からできていること。
ウ 昆虫には植物を食べたり,それをすみかにしたりして生きているものがいること。

内容の取扱い

(1) 内容の「A生物とその環境」の(1)については,次のとおり取り扱うものとする。

ア ア及びイについては,飼育,栽培を通して行うこと。また,昆虫及び植物については,それぞれ,2種類又は3種類扱うこと。
イ アについては,幼虫の体のつくりは扱わないこと。また,成虫の体のつくりを調べるとき,人の目などの感覚器官と対比して扱うようにすること。
ウ イの「植物の育ち方」については,夏生一年生の双子葉植物のみを扱うこと。

小学4年 理科

内容

A 生物とその環境

(1) 身近な動物や植物を探したり育てたりして,季節ごとの動物の活動や植物の成長を調べ,それらの活動や成長と季節とのかかわりについての考えをもつようにする。

ア 動物の活動は,暖かい季節,寒い季節などによって違いがあること。
イ 植物の成長は,暖かい季節,寒い季節などによって違いがあること。

内容の取扱い

(1) 内容の「A生物とその環境」の(1)については,次のとおり取り扱うものとする。

ア ア,イについては,1年を通して数種類の動植物の活動や成長を観察すること。
イ イについては,夏生一年生植物のみを扱うこと。なお,その際,それらと落葉樹を対比することによって植物の個体の死について触れること。

小学5年 理科

内容

A 生物とその環境

(1) 植物を育て,植物の発芽,成長及び結実の様子を調べ,植物の発芽,成長及び結実とその条件についての考えをもつようにする。

ア 植物は,種子の中の養分を基にして発芽すること。
イ 植物の発芽には,水,空気及び温度が関係していること。
ウ 植物の成長には,日光や肥料などが関係していること。
エ 花にはおしべやめしべなどがあり,花粉がめしべの先に付くとめしべのもとが実になり,実の中に種子ができること。

(2) 魚を育てたり人の発生についての資料を活用したりして,卵の変化の様子を調べ,動物の発生や成長についての考えをもつようにする。

ア 魚には雌雄があり,生まれた卵は日がたつにつれて中の様子が変化してかえること。
イ 人は,母体内で成長して生まれること。

内容の取扱い

(1) 内容の「A生物とその環境」の(1)については,次のとおり取り扱うものとする。

ア アの「種子の中の養分」については,でんぷんだけを扱うこと。
イ ア,イ及びウについては,土を発芽の条件や成長の要因として扱わないこと。
ウ エについては,おしべ,めしべ,がく及び花びらを扱うことにとどめること。また,受粉については,虫や風が関係していることに触れるにとどめること。

(2) 内容の「A生物とその環境」の(2)については,児童がア又はイのいずれかを選択して調べるようにするものとする。また,受精に至る過程は取り扱わないものとする。

小学6年 理科

内容

A 生物とその環境

(1) 人及び他の動物を観察したり資料を活用したりして,呼吸,消化,排出及び循環の働きを調べ,人及び他の動物の体のつくりと働きについての考えをもつようにする。

ア 体内に酸素が取り入れられ,体外に二酸化炭素などが出されていること。
イ 食べ物は,口,胃,腸などを通る間に消化,吸収され,吸収されなかった物は排出されること。
ウ 血液は,心臓の働きで体内を巡り,養分,酸素及び二酸化炭素を運んでいること。

(2) 動物や植物の生活を観察し,生物の養分のとり方を調べ,生物と環境とのかかわりについての考えをもつようにする。

ア 植物の葉に日光が当たるとでんぷんができること。
イ 生きている植物体や枯れた植物体は動物によって食べられること。
ウ 生物は,食べ物,水及び空気を通して周囲の環境とかかわって生きていること。

内容の取扱い

(1) 内容の「A生物とその環境」の(1)については,次のとおり取り扱うものとする。

ア ア,イ及びウについては,体内に取り込まれた物質の使われ方は扱わないこと。
イ ウについては,心臓の拍動と脈拍が関係することにも触れること。

(2) 内容の「A生物とその環境」の(2)のウについては,食物連鎖などは取り扱わないものとする。

中学校 理科(第2分野)

内容

(1) 植物の生活と種類
身近な植物についての観察,実験を通して,生物の調べ方の基礎を身に付けさせるとともに,植物の体のつくりと働きを理解させ,植物の種類やその生活についての認識を深める。
ア 生物の観察
 (ア) 校庭や学校周辺の生物の観察を行い,いろいろな生物が様々な場所で生活していることを見いだすとともに,観察器具の操作,観察記録の仕方などの技能を身に付け,生物の調べ方の基礎を習得させること。
イ 植物の体のつくりと働き
 (ア) いろいろな植物の花の観察を行い,その観察記録に基づいて,花の基本的なつくりの特徴を見いだすとともに,それらを花の働きと関連付けてとらえること。
 (イ) いろいろな植物の葉,茎,根の観察を行い,その観察記録に基づいて,葉,茎,根の基本的なつくりの特徴を見いだすとともに,それらを光合成,呼吸,蒸散に関する実験結果と関連付けてとらえること。
ウ 植物の仲間
 (ア) 花や葉,茎,根の観察記録に基づいて,それらを相互に関連付けて考察し,植物が体のつくりの特徴に基づいて分類できることを見いだすとともに,植物の種類を知る方法を身に付けること。

(3) 動物の生活と種類
身近な動物についての観察,実験を通して,動物の体のつくりと働きを理解させるとともに,動物の種類やその生活についての認識を深める。
ア 動物の体のつくりと働き
 (ア) 身近な動物の観察を行い,その観察記録に基づいて,動物の体のつくりと働きとを関連付けてとらえること。
 (イ) 動物が外界の刺激に適切に反応している様子の観察を行い,その仕組みを感覚器官,神経系及び運動器官のつくりと関連付けてとらえること。
 (ウ) 消化や呼吸,血液の循環についての観察や実験を行い,動物の体には必要な物質を取り入れ運搬し,不要な物質を排出する仕組みがあることを観察や実験の結果と関連付けてとらえること。
イ 動物の仲間
 (ア) 身近な動物の観察記録に基づいて,体のつくりや子の生まれ方などの特徴を比較し,動物が幾つかの仲間に分類できることを見いだすこと。

(5) 生物の細胞と生殖
身近な生物についての観察,実験を通して,細胞のレベルで見た生物の体のつくりと生殖について理解させるとともに,親の形質が子に伝わる現象について認識させる。
ア 生物と細胞
 (ア) いろいろな細胞の観察を行い,生物の体が細胞からできていること及び植物と動物の細胞のつくりの特徴を見いだすこと。
 (イ) 体細胞分裂の観察を行い,その過程を確かめるとともに,細胞の分裂を生物の成長と関連付けてとらえること。
イ 生物の殖え方
 (ア) 身近な生物の殖え方を観察し,有性生殖と無性生殖の特徴を見いだすとともに,生物が殖えていくときに親の形質が子に伝わることを見いだすこと。

(7) 自然と人間
微生物の働きや自然環境を調べ,自然界における生物相互の関係や自然界のつり合いについて理解し,自然と人間のかかわり方について総合的に見たり考えたりすることができるようにする。
ア 自然と環境
 (ア) 微生物の働きを調べ,植物,動物及び微生物を栄養摂取の面から相互に関連付けてとらえるとともに,自然界では,これらの生物がつり合いを保って生活していることを見いだすこと。
 (イ) 学校周辺の身近な自然環境について調べ,自然環境は自然界のつり合いの上に成り立っていることを理解するとともに,自然環境を保全することの重要性を認識すること。
イ 自然と人間
 (ア) 自然がもたらす恩恵や災害について調べ,これらを多面的,総合的にとらえて,自然と人間のかかわり方について考察すること。

内容の取扱い

(1) 内容の(1)から(7)については,この順序で取り扱うものとする。

(2) 内容の(1)については,次のとおり取り扱うものとする。
 ア ア及びイについては,器具を用いた観察では,細胞の構造などについては内容の(5)で扱うので深入りしないこと。アの(ア)の「生物」については,植物を中心に取り上げ,水中の微小生物についても簡単に扱うこと。
 イ イの(ア)については,被子植物を中心に取り上げ,裸子植物は簡単に扱うこと。「花の働き」については,受粉によって胚珠が種子になることを扱う程度とし,受精などは,内容の(5)で扱うこと。
 ウ イの(イ)については,光合成における葉緑体の働きにも触れること。また,葉,茎,根の働きを相互に関連付けて全体の働きとしてとらえること。
 エ ウの(ア)については,植物が種子をつくる植物と種子をつくらない植物に分けられることを扱うが,種子をつくらない植物については,その存在を指摘する程度にとどめること。

(4) 内容の(3)については,次のとおり取り扱うものとする。
 ア アの「動物」については,脊椎動物を取り上げること。
 イ アの(ア)については,動物を観察し,食物のとり方,運動・感覚器官の発達,体の表面の様子や呼吸の仕方の違いに気付かせること。
 ウ アの(イ)については,各器官の働きを中心に扱い,構造の詳細は扱わないこと。
 エ アの(ウ)については,各器官の働きを中心に扱い,構造の詳細は扱わないこと。また,心臓の構造は扱わないこと。「消化」については,消化に関係する一つ又は二つの酵素の働きを取り上げること。「呼吸」については,外呼吸を中心に取り上げるとともに,細胞の呼吸については簡単に扱い,呼吸運動は扱わないこと。「血液の循環」に関連して,血液成分の働き,腎臓や肝臓の働きにも触れること。
 オ イの(ア)については,動物が脊椎動物と無脊椎動物に分けられることを扱うが,無脊椎動物については,その存在を指摘する程度にとどめること。

(6) 内容の(5)については,次のとおり取り扱うものとする。
 ア イの(ア)については,有性生殖の仕組みを減数分裂と関連付けて簡単に扱うこと。その際,遺伝の規則性は扱わないこと。「無性生殖」については,単細胞の分裂や挿し木,挿し芽を扱うにとどめること。

(8) 内容の(7)については,次のとおり取り扱うものとする。
 ア アの(ア)については,生産者,消費者及び分解者の関連を扱い,土壌動物については簡単に扱うこと。
 イ アの(イ)の自然環境について調べることについては,学校周辺の生物や大気,水などの自然環境を直接調べたり,記録や資料を基に調べたりする活動などを適宜行うこと。
 ウ イの(ア)については,記録や資料を基に調べること。「災害」については,地域において過去に地震,火山,津波,台風,洪水などの災害があった場合には,その災害について調べること。

これだけの情報から教科書の内容を推測するのは難しいのですが、全体の傾向は読み取れます。
まず、個々の動物・植物への言及が少なすぎるように思えます。扱う動物・植物の数が少ないのです。もし野外での観察実習が行われなければ、扱う動物・植物の数は極めて限定的になってしまうでしょう(小学校の理科には「生物,天気,川,土地などの指導については,野外に出掛け地域の自然に親しむ活動を多く取り入れるとともに,(後略)」と野外の活動も行うように書かれています。中学校理科にも同じようなことが書かれています。が、現場では本当に効果的に実行しているのでしょうか?)。
また、植物にやや片寄っている印象を受けます。植物は動かないし、栽培もできるので観察にはちょうどいいのですがね。もうちょっと動物の分量も増やしてほしいような気もします。
それに、「〜は扱わないこと」などという制限事項がやたら目につくような印象もあります。教える順序を考慮してのこととは思いますが、子供の興味を削ぐような気もします。教える方にとっても工夫の余地が減るというデメリットになっている気がします。
哺乳類、鳥類という主役級の動物がほとんど登場しないのも気になります。チーターとかキリンとかコアラといったとても有名な動物について、学校ではほとんど取り上げていません。それでは子供たちはどこでこういった動物のことを学ぶんでしょう? そうなるとテレビの動物番組の役割はとても重要あるということに気づかされるのです。
もっとも、動物・植物の扱いが少ないのは今回の新指導要領が初めてというわけではなく、昔からそうだったのです。大人の皆さん、学校で動物についてどういうことを習っか思い出してみてください。多分ほとんど記憶していないことと思います。そして、学校では動物・植物の名前を教わることがほとんどなかったことも思い出していただけたでしょうか。私自身、今でも植物の名前はほとんどわかりません。動物の方は大人になってからいろいろと勉強したおかげで普通知らない名前はありません。もちろん、あらゆる動物を知っているわけではなく、知らない動物の方がはるかに多いのですが、日常的に困ることはありません。もしもの時は手元に資料もありますし。が、いずれにせよこの知識も学校で身につけたわけではありません。
名前を知らなければその存在にすら気づかないことになりかねないわけで、こういうことを教えない学校教育でいいんだろうか?という疑問を持たざるを得ません。

だからといって、「理科の授業にもっと動物のことを取り上げろ!」と私は主張したいのではありません(意外ですか?)。ただでさえ授業時間は減らされて各方面から「もっともっと授業時間を増やせ!」と攻撃されている中、わずかに時間を勝ち取れたとしてもあまり意味はありません。
そして学校教育に取り込まれることには大きなデメリットがあります。それは受験勉強に組み込まれてしまうことです。高校や大学の受験で子供たちが動物・植物の名前をぶつぶつと呪文のようにつぶやきながら丸暗記する姿——これは非常に不幸な動物・植物との出会いです。この受験勉強のために動物・植物が嫌いになってしまったりするようなら、更に不幸なことです。ですから私は学校教育で動物・植物のことをこれ以上教える必要も無いなと思うのです。

しかしこれは、動物・植物について何も教える必要はない、ということではありません。学校外などで教育の場を用意すればいいのです。これは、子供だけを対象にするのではなく、興味を持つ人ならば大人も子供もいつでも参加できるものが理想的でしょう(興味の無い人に強制するものではありません)。これは「生涯教育」にもなるわけです。「教育」といっても、特にカリキュラムを用意する必要もありません。なにしろ、動物・植物は種類も多いし、場所や季節によって条件も異なります。つまり切り口もいろいろあるので固定化されたカリキュラムにこだわる必要もないのです。それぞれの指導者がそれぞれの工夫をこらした教え方をすればいいのです。
このような教育の方法もあるんだ、とわかれば、新指導要領を巡ってああだこうだと論争する意味があまり無いことに気づきます。学校だけが教育の場ということではないのですから、新指導要領に入っていようがいまいが、気にするほどのことではないのです。

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