Vol. 169(2003/4/13)

[今日の映画]WATARIDORI

原題:LE PEUPLE MIGRATEUR/THE WINGED MIGRATION
総監督:ジャック・ペラン
制作年:2001年
制作国:フランス
(オフィシャルホームページ http://www.wataridori.jp/)


早いもので、この「いきもの通信」も5年目に突入です。動物の話題はまだまだ尽きることがありません。これからもよろしくお願いします。最近はタマちゃんの話題が続きましたが、ここはタマちゃん専用ページではないので、そろそろ別の話題に移動しましょう。

さて、「いきもの通信」で映画を取り上げるのは初めてのことです。これまでわざと取り上げなかったのではなく、まともな動物映画はほとんど製作されないという現実のためなのです。「ハム太郎」とか「スチュアート・リトル」は「まともな」動物映画ではないので論外です。「ベイブ」でさえ除外したいぐらいです。機会があればそのうち「ミクロコスモス」でも取り上げようかなと思っていたぐらいで、ちゃんとした動物映画に巡り合う機会というのはほとんどありません。エンターテイメント全盛、ノン・フィクション冷遇の現在の映画界では仕方のないことです(エンターテイメントを否定はしないが)。
そんな中で、鳥がひたすら飛ぶ姿を延々と映しだすだけのこの映画「WATARIDORI」はかなり異色の作品です。このような作品を作りだせたのはさすがフランスです。これが世界各国でも上映される機会が得られたことは本当に幸運でした。

この作品にはストーリーというものはありません。最初はフランスの田舎の川べりから始まり、北へ北へ、そして南へ南へ行き、南極海に達し、最後は再び最初の場所へ戻る、という筋はあります。が、途中登場する鳥は数十種にもなり、何か特別な物語が語られるというものではありません。

さて、私の場合、この作品を無理にほめる必要も無いので、以下、正直な所感を書いていくことにしましょう。

ストーリーが無く、ナレーションもほとんど無いスタイルは映画「ミクロコスモス」(原題「Microcosmos: Le peuple de l'herbe」、1996年、スイス・フランス・イタリア)を思い出させるものです。と思ったら、ジャック・ペラン監督は「ミクロコスモス」の製作者だったのでした。なるほど。解説があれば親切には違いないですが、それだとテレビのドキュメンタリー番組になってしまいますから、こういうスタイルの選択もありでしょう。ただ、興味の無い人にはただただ退屈なだけの映像でしかないわけで、万人向けとは言えません(私も途中でちょっと寝てしまった)。

この映画のセールスポイントは、至近距離から鳥の飛行を撮影したことです。いきなり野生の鳥に近づいても逃げられるだけですから、この撮影は簡単なことではありません。まず、ヒナの頃からいっしょに生活して人間や機械に慣らすことから始めなければなりません。そして、鳥といっしょに飛ぶためには大きすぎず、飛行速度も遅い飛行機が必要となります(たいていの飛行機は鳥よりもはるかに高速)。それにぴったりなのが「ウルトラライトプレーン(マイクロライトプレーン)」と呼ばれる軽量飛行機です。ウルトラライトプレーンにはいろいろな種類があるのですが、この映画で使用されたのはハングライダーにプロペラをつけたようなスタイルで、2人乗り(1人が操縦、もう1人が撮影)のもののようです。映画中ではウルトラライトプレーンは一切画面に現れませんので、本当に鳥になったような気分にさせてくれます。
実はこの撮影方法が実践されたのはこの映画が最初ではありません。以前、「グース」(原題「Fly Away Home」、1996年、監督:キャロル・バラード、アメリカ)という映画があったことを覚えているでしょうか。親を失ったカナダガンのヒナを少女が育て、ウルトラライトプレーンでいっしょに南へ渡っていく、という内容でした。これは実話に基づいた話だそうですが、やっていることはまさに同じなのです。

*「goose」とはガチョウと訳されることが多いが、ガチョウはガンを家畜化したもの。gooseはガチョウだけでなくガン類全般を含む呼び名である。ただ、gooseの複数形はgeeseなので、この日本語タイトルはおかしい。

また、その後も「アッテンボロー 鳥の世界」(1998年、BBC製作。NHKで2000年に放映)というテレビ・ドキュメンタリー番組でも、同様の方法で飛行するカモの至近距離撮影をやっています。
つまり、至近距離撮影は斬新なものではないのです。この映画で本当に斬新なのは、これを世界各地で、多種多様な鳥で実行したことです。単に野生動物の生態を撮影するよりも、はるかに手間ひま資金がかかる作業です。今どきの日本でこんなことにお金を出してくれる所なんてあるのでしょうか。

さて、登場する鳥をざっと紹介しましょう。渡り鳥の代表はやはりガンカモの仲間です。ガン、カモ、ハクチョウを含むこのグループは基本的に渡りをするものばかりです。例外はカルガモなど少数です。ガンカモというとやや太った印象があると思いますが、力強く飛ぶ姿はたくましいものがあります。この映画でも主役級の扱いでした。
ツルも渡りをする鳥の代表です。日本からはタンチョウが登場し、優雅な愛のダンスを披露してくれます。
キョクアジサシはあまりなじみがないと思いますが、北極圏から南極圏を往復する超長距離の渡りをする鳥です。
この他、コウノトリ、カイツブリ、ペリカン、ペンギン、などなど多数登場しますが、中には渡りをしない鳥も混じっていたりします。そういったことについての解説がまったくないためやや不親切に思えますが、これは教養番組ではないのですから我慢するしかありません(DVDになったら、きっと副音声で解説がはいるでしょう)。
ただ、いろいろな種類を登場させるよりも、いくつかの種にしぼって、その鳥の1年の生活のサイクルを完全に見せた方がもっと観客を引き込めるのではないかと私は思います。

この映画の見どころのひとつは、背景の風景と言えるでしょう。フランスのパリ・セーヌ川や、モン・サン・ミシェルを眺めながらの飛行は、飛行機から見るよりもずっと感動ものでしょう。特に感慨深いのは、「9.11テロ」で崩壊したニューヨークのツインタワー(世界貿易センタ−ビル)が健在する風景が映っていることでしょう。映画史上最も美しいツインタワーだったかもしれません。

この映画、ほめていいものかけなしていいものか迷う作品です。エンターテイメント性については評価外ですから、映像美を語るしかないのでしょうか。
鳥に詳しい人でも楽しめない人がいたかもしれません。というのも、日本の鳥好きというのは、日本の中だけで完結しているからです。本屋に行ってみるとわかるのですが、鳥の本は基本的に日本の鳥だけを扱ったものがほとんどで、外国の鳥となると極端に情報が少なくなってしまいます。鳥好きの人でも、名前の知らない鳥ばかりではあまり興味がわかないかもしれません。
この映画を楽しめたという人は、どういうところに注目しながら見たのだろうか、気になるところです。私の場合は、分類学の知識を動員しながらこの映画を見ていました。おおざっぱな分類がわかるだけでもそこそこ楽しめるものなのです。

さて、以下は映画の中で印象に残った鳥たちを紹介していきます。ネタばれがいやな方は、読まない方がいいかもしれません。

・シュバシコウ
ヨーロッパのコウノトリです。日本・東アジアにいるコウノトリとそっくりで、以前は同じ種とされていましたが、今では別種に分類されています。日本・東アジアのコウノトリと比べると、くちばしが赤く、やや小型です。くちばしが朱なので「朱嘴鸛(しゅばしこう)」というわけです。一見すると、ツルにそっくりです。映画でもツルの集団とシュバシコウの集団が並んでいる姿が映っていました。ツル類と比べると、コウノトリ類のくちばしは太く、長い傾向があります。もっと本質的には足指が異なっているのですが、それを映像で確認するのは難しいですよね。
シュバシコウの映像で印象的だったのは、後半に登場するサハラ砂漠の砂丘の上のシュバシコウです。コウノトリというと水場の生き物という印象が強いだけに、あの姿には驚きました。しかも絵になっている。
・カイツブリ
オス・メス2羽が水面を並んで滑走するユニークな姿で登場していました。あれがカイツブリであることはすぐにわかります。そして、あの特徴的な求愛ダンス。探せばすぐに見つかりました。「クビナガカイツブリ」または「アメリカカイツブリ」と呼ばれる種です(Western Grebe/Aechmophorus occidentalis)。カイツブリの求愛はとてもわかりやすいですね。日本のカイツブリも求愛の鳴き声はすぐにわかります。
・ライチョウ
胸をふくらませて変な音をたてていた鳥がいましたが、あれはライチョウの仲間です。目の上に肉冠があったのに気づいたでしょうか。残念ながら、種名まではわかりません。ライチョウはキジの仲間で、世界に十数種がいます。
・カツオドリ
カツオドリは日本人にはなじみがない鳥ですが、熱帯から亜熱帯にかけての沿岸部・島嶼部では比較的ポピュラーなグループです。私の印象では「これぞ海鳥の中の海鳥!」という感じです。英語では「booby」、ブービー賞のブービーです。
映画では海面に突入する姿が登場していました。映画に登場したのはマスクカツオドリかと思ったのですが、「シロカツオドリ」(Northern Gannet/Sula bassana)のようです。カツオドリは9種しかいないので、これはすぐわかりますね。
・ウ
大きな魚をごっくん、と飲み込んだ水鳥です。あんなに大きいのがのどを通るのか、とひやひやしますが、大丈夫です。ウは実はペリカンの親戚、と言えば少しは納得してくれるでしょうか。このウはヘビウの仲間かなと思ったのですが、ウ・ヘビウの仲間は30種ほどもいて、ちょっと判別はできません。撮影場所はアフリカのようですが、そうすると4種ほどにしぼられますね。
・モモイロペリカン
ペリカンの飛ぶ姿は堂々としてかっこいいですよね。飛行艇っぽいイメージです。ペリカンの種類は全部で6種。映画に登場していたのはモモイロペリカンです。
・ペンギン
キングペンギン(オウサマペンギン)とイワトビペンギンが登場していました。ペンギンだから南極で撮影したのか?と思われるかもしれませんが、よく見るとまわりに氷雪が無かったのに気づいたでしょうか。実は南極大陸に生息するペンギンはたったの2種だけなのです。キングペンギンとイワトビペンギンは南極大陸周辺の島に生息しています。どちらもフォークランド諸島で撮影されたのかもしれません。
でも、ペンギンが水中を飛翔する映像がなかったのが残念ですね(水中ではペンギンに追いつくのはかなり難しいという事情はあるのですが)。
・日本
日本からはタンチョウ、エトピリカ、ウミガラスが登場していました。特にタンチョウの求愛ダンスの優雅さは印象的です。
映画の中の求愛ダンスは息がぴったり合ってましたが、いつもいつもそううまくいくとは限らないはずです。つまり、あの映像は膨大な撮影映像の中からピックアップした特上の映像なのです。映画全体を通して言えることですが、撮影にはかなりの時間をかけていることがうかがえます。野生動物というのは、人間の言う通りに動いてくれるものではありません。この映画では人間慣れした鳥も多く登場しますが、本当の野生の鳥もかなり登場しています。野生動物のすばらしい映像を撮るために必要なのは、なんといっても「忍耐」の一語に尽きます。さらに、その鳥についての「知識」と野生動物相手の「経験」、そして「偶然」も必要でしょう。それぐらい大変な仕事なのです。


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