いきもの通信 Vol.192[今日のテレビ]動物ドキュメンタリー番組の意地悪な観賞方法 

Vol. 192(2003/9/21)

[今日のテレビ]動物ドキュメンタリー番組の意地悪な観賞方法

テレビの動物番組は私も好きですのでよく見ます。最近は、NHKで「生き物地球紀行」の再放送をやっていたりするので録画しているほどです。なかなか見ることができない動物をじっくり見ることができるのがテレビ番組のいいところです。また、私はイラストレーターでもあるので、珍しい動物の映像は後々の資料になるでしょう。
しかし、単純に番組を楽しめないことも時々あります。私自身、ビデオカメラで動物を撮影しますし、そうでなくても動物をいろいろ観察していますので、テレビの映像をそのまま信じることができないからです。そんなことでは番組を楽しめないのはわかっていますが、視聴者を誤解させるような映像は困ります。
今回は、動物番組をちょっと違った視点から見るための方法をいくつか紹介してみたいと思います。

・編集のトリック

映像の歴史において、「モンタージュ」という技法は最も古い基本的なもののひとつです。「モンタージュ」とは、複数の映像をつなげてひとつの意味のある映像を組み立てる技法で、簡単に言えば「映像の編集」のことです(「合成映像(=複数の画像を1つの画面内に合成したもの)」のことではありませんのでご注意ください)。
最初期の映画には、編集という概念が無く、例えばリュミエール兄弟の「鉄道の到着」では駅に到着した列車をそのまま撮っただけのものでした。また、リュミエール兄弟作品には工場の門で退社時間を撮っただけ、という作品もありました。また、最初期の時代には、舞台上のお芝居をそのまま撮っただけという作品もあったそうです。いずれも、カメラ位置固定、ズーム固定、途中で撮影の中断無し、という現代では考えられないような単純な作品だったわけです。
映像を切りはりする「編集=モンタージュ」という概念はそれからすぐに歴史に登場しました。今ではあまりにも当たり前すぎて、編集の存在を忘れている人も多いのではないでしょうか。「動物番組は本物を写している=動物番組の内容は正しい」と一般には思われていますが、編集作業を経た映像は大なり小なり意図的な操作が行われているということを忘れてはいけません。

モンタージュについて学術的な定義があるかどうかは知らないのですが、ここでは「オブジェクトのモンタージュ」「時間のモンタージュ」「場所のモンタージュ」の3つで説明してみましょう。
わかりやすいように、次のような映像を想定してみましょう。

場所 アフリカのサバンナ
登場動物 チーター1頭

カット1 はるか遠くに小さく見えるチーターが歩いている。
カット2 歩いているチーター。全身がはっきり見える。
カット3 歩いているチーター。顔〜上半身のアップ。

オブジェクトのモンタージュ
オブジェクトとは「対象物」のことで、ここではチーターのことです。普通なら「登場人物」と書くところですが、動物番組での例ですのでオブジェクトということにしておきます。
さて、上記各カットに登場するチーターですが、このような映像の場合、どのチーターも同一の個体だと普通なら思い込むでしょう。しかし、編集をすれば、各カットごとに異なる個体の映像を並べても不自然な映像にはならないでしょう。これが「オブジェクトのモンタージュ」です。

時間のモンタージュ
今度は時間です。上記各カットは1→2→3の順番に撮ったように見えますが、実際はその必要はありません。3→2→1の順に撮ってもいいわけです。もちろん、別々の日に撮影したものかもしれません。

場所のモンタージュ
ここまで書けばおわかりでしょう。撮影した場所もそれぞれ別の場所かもしれないのです。

上記の映像例は、普通なら「遠くからチーターがだんだんとこちらに近づいて来る」というストーリーだと受け取られるでしょう。しかし、3つのモンタージュを考慮すると、必ずしもその通りだとは限らないことがわかるはずです。
動物番組の場合、一般的には撮影作業の効率を考えると、わざわざ別個体を別の場所で撮影するのは手間がかかるので、「オブジェクト」「場所」のモンタージュは比較的行われないでしょう。しかし、まったく無いとは言えません。時間のモンタージュについては、膨大な生の録画映像を延々放映することは不可能であることを考えると、編集は必須のものとなります。編集することは必ず「時間のモンタージュ」になるため、避けることはできないのです。

そういえば、私自身が編集した映像のことを思い出したのでちょっと話してみましょう。
ある昆虫写真家が撮影した、「外国産カブトムシ2匹が戦う様子」を編集した時のことです。元になるオリジナルの映像は約1時間もあるものでした。ところが、カブトムシというのは常時好戦的なのではなく、食べ物の奪い合いも、メスの奪い合いも無い状況では戦う理由がありません。この映像でも、ほとんど両者は動きません。時々人間がおしりをつついてもなかなか動いてくれません。1時間の映像で戦った場面はわずか3回。編集した後の画像は約1分で、その映像の中ではカブトムシたちは激しく戦っているのですが、オリジナルの映像とはかなり違った印象になったのでした。
また、やはり同じ昆虫写真家が撮影した映像で、「キリギリスを食べるカマキリ」というものがありました。カマキリが獲物を捕まえる瞬間から始まるのですが、その後15分ほど、カマキリの食事シーンが続くのです。これも編集した映像では食事シーンのほとんどをばっさり切り落としました。
こういった編集は映像制作には欠かせないもので、これは正しい、これは正しくない、という基準は作りにくいものです。カブトムシの場合、「戦うカブトムシ」を見せたいのか、「のんびり屋のカブトムシ」を見せたいのかで編集のやり方は違ってきます。カマキリの場合なら、「カマキリの目にもとまらぬ捕獲術」を見せたいのか、「カマキリの食事」を見せたいのかで編集は異なるわけです。どちらの編集された映像も事実の映像です。しかし、一方で膨大な量の切り捨てられた映像も存在するわけで、編集された映像は事実の一部でしかないわけです。

・本当に同じ個体?

「オブジェクトのモンタージュ」について、もうちょっと探ってみます。
一般に哺乳類は個体識別(1頭1頭を見分けること)が可能と言われています。トラやチーターは模様などから見分けることができるわけです。まあ、ネズミの個体識別は難しそうですが。鳥の場合、個体識別はかなり難しいものです。実際、オス・メスの区別すら難しいことが多いのです。鳥の研究では足輪をつけるのが普通ですが、これは観察が楽になるからという理由の他に、それしか個体識別の方法が無いという事情があるのです。
さて、こういうテレビ映像が実際にありました。
「あるペンギンのヒナが巣立ち、海へ向かう。なかなか海へ飛び込めないが、ついに海に入り泳いで行く。」
うむうむ、感動的な場面ですねえ。しかし、私はこれを見て「なんだこれは!」と思ったのです。この番組は、ある特定のヒナにスポットを当てたものでした。このペンギンの場合、集団営巣地を作りますが、個々の巣の位置は固定しているので、巣にいる間は個体の識別が可能です。しかし、巣を離れた途端、個体識別は不可能になります。というのも、ヒナたちは集団となって海へ向かうからです。ヒナの集団の中から、何らかのマークも無しに、特定の個体を識別することは不可能です。しかし番組では、いかにも同一個体を追跡しているようなストーリーになっていたのです。
「赤ちゃんの成長物語」を成立させることを優先させ、科学的な厳密性を放棄した例と言えるのでしょう。

・音は同時録音か?

撮影で意外と難しいのが「音」です。マイクはどんな音でも拾ってしまうので意外と不便のものです。私もビデオを撮る時にはひたすら黙っています。それでも、某公園で撮影すると必ずカラスの鳴き声を拾ってしまい、いつもがっかりします。

あるテレビ映像でこういうシーンがありました。
「孤島の断崖の上からはるか沖合を見る。そこではカツオドリ類が海面に次々とダイビングして魚をとっている。」
カツオドリが海面に突入する瞬間、「バシャッ」「バシャッ」という水音が聞こえるのです。うーん、ちょっと待った! 島からカツオドリまでの距離はどう少なく見積もっても数百mはあります。ここで音速を思い出してください。音速は秒速300mを超えるぐらい、数百mも離れれば、海面に突入した瞬間からその音がカメラに届くまでに確実に1秒以上かかるのです。突入の瞬間に音が聞こえるというのはどう考えても変です。
また、数百mも離れた所の音がこんなにはっきりと聞こえるのか、という疑問もあります。どんなに優れた指向性マイクでも無理ではないか、と私には思えました。しかも、撮影した場所は海に面した断崖の上、おそらく強風が吹いていたと考えられます。そうすると、マイクは風の「ごわごわ」という音ばかりをとらえてしまうでしょう。この映像の音は現場で録ったものなのか、あやしいと考えざるを得ません。

普通の映像でも、映像と音声が同時に撮られたものであるとは限りません。それでも、場所と時間がそれほど違わなければまだ許される範囲ではあるでしょう。実際問題として、撮ったビデオを後で確認してみると、「映像はOKだけど、音声はダメ」ということはよくあるのです…(その原因は、人の会話音や自動車のエンジン音など不要な音を拾っているため)。

・水の中ではどんな音が聞こえるの?

海中の映像でよくあるのが、「すーはー、すーはー、ごぼごぼごぼ」という音声(ダイバーの呼吸音)です。いやあ、臨場感があっていいですよねえ。しかし、実際の撮影機材を考えてみるとこれは奇妙な音です。
マイクはカメラについています。通常のビデオカメラを水中撮影で使う場合、専用の防水ケースに入れます。ケースの中のマイクには、ダイバーの呼吸音「すーはー」は普通届きません。排気の「ごぼごぼ」も、よっぽど近づけない限り聞こえないでしょう。
あるいは、海中の映像では「ちゃぷちゃぷ」という水音が聞こえるかもしれませんが、この音が本物ならば、それは防水ケースの中に水が漏れているということであり、(カメラにとって)非常に危険な状態です。

海の中ではどんな音が聞こえるのか。これは私自身もある水中写真家のビデオ映像を編集した時に初めて知りました。簡単に言うと、「プールに潜った時に聞こえる音」がするのです。説明が難しいのですが、地上で聞く環境音とはまったく違う、音らしい音がしない世界なのです。水中撮影の映像をチェックする時、私も最初は音声を聞いていたのですが、意味のある音声がまったくないため、途中から音声をOFFにしてしまいました。編集後の映像でも、音声は完全に削除しました。
テレビの動物番組では水中撮影のシーンではBGMを流すことが多いようですが、その理由はこんなところにあるのです。

最近ではスキューバーダイビング用のマスクで、顔面全体を覆うようにして、マイクを取り付け、海中からの実況中継ができるものがあります。この場合は「すーはー」音はもろに聞こえてしまいます。


こういった視点から動物番組を見ていると、「ドキュメンタリー」あるいは「ノンフィクション」にも作為的な映像が確かに混じっていることがわかります。こういったものをすべて否定することはできませんし、どこまでが是でどこまでが非かの判断も難しいものです。
視聴者の側は、不自然な、行き過ぎた作為に対して注意すべきでしょう。制作側も、そういう視線があることを知れば、より自制的になるでしょう。批判的な目を持つことは、お互いのために必要なことなのです。


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