Vol. 193(2003/9/28)

[今日の本]絶滅哺乳類図鑑

絶滅哺乳類図鑑
[DATA]
著:冨田幸光(とみだ・ゆきみつ)
発行:丸善
価格:12000円
初版発行日:2002年3月20日
ISBN4-621-04943-7

[SUMMARY]古哺乳類を見渡す概論的図鑑

古生代石炭紀の盤竜類(哺乳類型爬虫類)から始まる哺乳類の歴史は非常に長い。本書では、ほぼすべての「目」レベルを取り上げ、229の細密復元画が掲載されている。これらの復元画はこの本のために描かれたもの。

[COMMENT]この本を読む前に哺乳類の分類学を学ぶべし

この本は発売された時、一部ではちょっとした話題になったようで、あっという間に売り切れてしまいました。値段が高いので、私は中を見てから買おうかな〜、と思っていたのですが、数ヶ月の間、店頭では一度も見ることができなかったのでした。私が買ったのは売り切れ後に増刷りした第2刷だと思います。

この本はその名の通り、絶滅した古哺乳類についての図鑑です。今まで恐竜の図鑑はありましたが、古哺乳類だけの本格的図鑑は初めてだと思います。しかも、復元画はすべて描きおろしという意欲作です。絵なんて以前誰かが描いたものを使い回せばいいだろうと思われがちですが、古生物についての研究は常に進歩していて、最新の情報を検討しながら復元する必要があるのです。さらに、本全体の統一感を出すためにも少数の画家による統一された描き方をした方が絶対にいいのです。おかげで少々高価な品になってしまいましたが、内容はそれに見合うものです。

古生物の中でも、恐竜はデザイン的にも意外性や装飾性があって見ていて面白いものです。一方、古哺乳類の場合、この本を見てもわかるようにあまり突飛なデザインはありません。「地味な感じ」あるいは「普通の動物」という印象を持たれるのではないでしょうか。これはよく考えれば当然のことです。哺乳類は比較的時代も新しい動物群であり、古哺乳類の多くは現生哺乳類と進化の道程の上で直接つながっているのですから、古哺乳類のデザインは私たちがイメージできる範囲内にだいたい収まっていると言えるのです。
それでも、よく見るといろんな差異がありますので、復元図だけでなく解説もあわせて読むといろいろと発見できるでしょう。

この本でやっかいなのは、歯についての記述です。例えばこんな具合です。
「頬歯は高歯冠化しつつあるがなお歯根が存在する、セメント質の発達はまだ比較的少ない、上顎頬歯では咬合面になお三日月型のエナメル部分を残している場合がある、P/3の外側湾入は後方に1つのみなど、原始的な特徴を多く残している。」
これはパレオグラスというウサギ科の動物の説明の前半なんですが、初めての人には何が何だかわかりませんよね。こういう説明ばかりではないのですが、けっこう多く見られます。
古生物の研究において、歯の化石は進化系統の類推や食性などがわかる、とても重要なものです。ですから歯についての言及は避けられませんし、この本でも歯についての説明をわざわざ最初に設けています。それでもわかりにく内容なんですよね…。ここは我慢して読んでもらうしかありません。本当は、個々の動物の歯の説明にはすべて図をつけた方がよかったのかもしれません。
歯と言えば、最近ビデオで「キングゲイナー」というSFアニメを見ていたのですが、その中で「ケナガゾウ」という架空の動物が登場します。この動物、妙なところに角がついているのはまだ許せるとしても、口を開いた時に見える歯列が、同じような形状の歯がずらりと並んでいるというデザインになっていて、これにはずっこけました。
ゾウの歯は、臼歯(=奥歯)が上下左右に1本ずつ、つまり合計4本と、牙(前歯=第2切歯)があるだけなのです。このアニメの架空の動物の歯は進化に逆行したデザインであるわけです。こんなところでアニメ製作者の動物についての知識がばれてしまうわけなんですよね。

この本は、ある程度の動物の知識を持つ人ならそこそこ読みこなせる内容です。まあ、ぱらぱらとページをめくってイラストを楽しむだけでもいいのですが、最初から最後まで読み通せばきっといい勉強になるはずです。
ただ、私の印象としては、この本を読みこなすにはやはり予備知識はあった方がいいでしょう。どういう種類の知識かというと「(現生)哺乳類の分類と分布」についてです。「奇蹄目」とか「食肉目」とかいう分類の知識が無いと、混乱してしまうかもしれません。できれば、科レベルの分類も一通り理解しておいた方がいいでしょう。普通の哺乳類図鑑を手元に置いて読むようにするだけでも、理解は深まると思います。

実は、私はこの本を買ってから1年も読まずに放っていたのでした。なかなか読む時間がなかったからです。
今年(2003年)7月下旬に、NHK総合テレビで「ほ乳類 大自然の物語」という番組がありました(BBC、ディスカバリーチャンネル制作)。著名な動物番組プロデューサーである、アッテンボロー氏が解説する番組で、私が見てもなかなか楽しめるものでした。
この番組の第7回「水中を住みかに」は海棲哺乳類がテーマでしたが、その冒頭に登場するのはアジアゾウが泳ぐシーンでした。これは「ゾウが泳ぐ」という意外性をねらったものですが、もうひとつ別の意味もあります。それは、ゾウ目とカイギュウ目(ジュゴン、マナティー)が近縁であることを知っていて登場させているということです。番組中ではそのことについては触れられていませんが、これらの近縁さを知っていた私には、なるほど、と理解できたのでした。
この番組では、他でも進化系統のことを念頭に置いた構成がされていました。それならば、古哺乳類のことがわかれば現生哺乳類のことがもっとよくわかるかも、と思ってようやくこの本を読む気になったのでした。
現生の生物は古生物と進化の道程でつながっています。古生物を知れば現生生物のことも理解できるし、また逆もそうです。もっと哺乳類を知りたい人にはおすすめの本です。


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