いきもの通信 Vol.216[今日のいきもの]カワセミ清流伝説 

Vol. 216(2004/4/11)

[今日のいきもの]カワセミ清流伝説

先日発売された私の新刊「動物の見つけ方、教えます! 都会の自然観察入門」では、冒頭に代々木公園に現れたカワセミの話を書いています。新宿・渋谷にはさまれた都会のど真ん中にカワセミがいるというのは多くの人にとって意外なことでしょう。意外と感じるその理由は、「カワセミ=清流の鳥」というイメージがあるからです。この(誤った)イメージがどのように形成されたのかは私も知らないことでした。ところが、今回の新刊の執筆途中にその一端が明らかになったのです。
ということで、今回は「動物の見つけ方、教えます! 都会の自然観察入門」の番外編的なお話をしようと思います。


同書の表紙デザインの制作作業はかなり遅くなってから開始しました。というのも、なかなかタイトルが決まらなかったからです。で、2月某日に編集担当「うー君」(仮名)らと数時間にわたってデザイン案を考えることになってしまいました。その時、即興でデザインのラフ画を10枚以上描いたような気がします。最終的には「都会のビル群を眺めるカワセミ」という構図にすることに決定しました。ふうう、やれやれ、と思ったら、編集担当うー君(仮名)は3日で最終ラフを描いてくださいと言うではありませんか。そもそも、カワセミの資料を探さなきゃならないし、他の作業もあるし、ちょっとスケジュール的に厳しいんじゃない? と答えたら、それなら資料は自分が探してきます、ということになりました。さすが編集者です。ということで、編集担当うー君(仮名)に任せたところ、翌日には図書館から必要な資料を探してきてくれました。こうなったらこっちもがんばって表紙を仕上げるしかありません。その後、表紙デザインは予定通りの日程で完成しました。

さて、本題はここからです。私が編集担当うー君(仮名)にカワセミの資料探しを頼んだ時、ある写真集を探すように言いました。実はその書名をはっきりとは言っていなかったのですが、編集担当うー君(仮名)はその本をばっちり見つけ出してきたのでした。その本がこれです。

「カワセミ—清流に翔ぶ」

著・写真:嶋田 忠
平凡社
ISBN-4-582-52902X
初版発行日:1979年4月23日

この本は非常に有名な写真集です。発売当時(20年以上前!)、とても話題になったように記憶しています(当時はそういうことに興味がなかったのではっきりとは覚えてませんが…)。カワセミが水に飛び込む瞬間をとらえた写真は画期的なものでした。
この写真集の序文は中西悟堂(日本野鳥の会会長(当時))が書いています。彼は野鳥界の「大御所」とでもいう存在でした。この序文も写真同様に読者に強い印象を残すものであったことでしょう。この序文では、東京など都市部からカワセミが消えていったことが書かれています。そう、この写真集が発売されたのは高度経済成長期の末期、都会から自然環境が次々と消えていった時代だったのです。
写真が撮影された場所も、宅地開発が始まる前の自然な状態の川でした。この写真集が発売された当時は、カワセミはそのような場所で細々と生きている鳥だったのです。この写真集を読んだ人たちの心には、「カワセミは清流にしかいない珍しい鳥なのだ」という印象を強く刻まれたことでしょう。そう、「カワセミ=清流」というイメージ(伝説)を作ったのはまさにこの写真集だったのです。
しかも、この写真集は現在も発売されているらしいのです(絶版にはなっていない)。また、有名な本ですので、図書館に置かれていることも多いでしょう。つまり、この写真集は現在もなお「カワセミ=清流」伝説を伝え続けているのです。

しかし、現在ではカワセミは都会でも見られる普通の鳥になってしまいました。いったいいつの間に「伝説」がひっくり返ってしまったのでしょう。
その答えは、編集担当うー君(仮名)が探してきたもう1冊の本に書かれてありました。それがこの本です。

「帰ってきたカワセミ 都心での子育て—プロポーズから巣立ちまで」

著:矢野 亮
地人書館
ISBN-4-8052-0512-1
初版発行日:1996年4月20日

著者の矢野氏は当時、国立科学博物館附属自然教育園主任研究官でした。「附属自然教育園」というとピンとこないかもしれませんが、つまり「目黒の自然教育園」(正確には港区白金台にあるのだが)のことです。この本では、自然教育園で観察されたカワセミの生態が詳しく記述されています。時期は1988年から1995年の間で、特に1993〜1995年は詳しく調べられています。つまり、上記の嶋田氏の写真集からわずか10年で山手線の内側にカワセミは戻ってきていたのです。
また、この本では日本野鳥の会の報告からの引用として、年代別の東京都のカワセミの生息範囲が紹介されています。それによると、東京都では1960年代にカワセミが見られる場所が急速に減っていったことがわかります。生息範囲が最も狭まったのは1968年頃。青梅市以西でしか見られない状況でした。「相当田舎に行かないと見ることができない」という感じです。その後はじわじわと回復していき、1980年には府中市まで押し戻しています(嶋田氏の写真集はこの頃)。1980年代になると、生息範囲は一気に山手線内側まで回復しました。自然教育園で目撃されても不思議ではなかったのです。
嶋田氏の写真集が発売された1979年はカワセミの生息範囲が回復しつつある途上でした。この時点では、カワセミはまだ郊外でしか見ることができなかったのです。生息範囲が戻りつつあるとはいえ、このまま順調に回復するかは楽観できなかった時代と言えるでしょう。写真集の序文からは当時の危機感が伝わってきます。

結果的には、カワセミの復帰のスピードは非常に速いものでした。原因は、おそらく「水質の改善」と思われます。1960年代〜1970年代は下水や排水がそのまま垂れ流されているような状態だったのではないでしょうか。そのため、都会ではカワセミが食べる魚、魚が食べる水中動物・水中植物が壊滅してしまいました。カワセミは食料確保のため水のきれいな上流に移動せざるを得なかったのです。その後、公害への反省から各種の法規制が施行されてきました。下水・排水の水質の基準も厳しく定められ、極端に汚れた水環境というのは国内ではまず見かけなくなりました。都会の川にカワセミがいても、アユがいても、タマちゃんがいても、実は不思議なことでもなんでもないのです。


カワセミが東京都心に復活してから既に20年近くがたとうとしています。それでも「カワセミ=清流」伝説は今なお強く根づいており、「都会にもカワセミはいる」と書いた私の本が注目されることにもさりました(ただし、「都会のカワセミ」は野鳥愛好家、自然観察愛好家の間では周知の事実です)。
この伝説は、優れた出版物の影響力が非常に強いものであることを示しています。そして、この伝説をいまだくつがえすことができないというのもまた不思議なことです。


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