Vol. 219(2004/5/9)

[今日の勉強]ウィルスは生物か非生物か?

今年の年明けは、鳥インフルエンザ、SARSといった感染症のニュースでもちきりでした。その多量の報道の中、私が気になっていたのは、ウィルスのことをどれだけの人が理解しているのだろうか、ということでした。ウィルスは「〜菌」といったものと同じようなものだと思っている人は多いのではないでしょうか。
ウィルスの説明はきちんとやりだすととってもややこしいことになります。そこで、今回はかなり細部を省略した簡単な説明にしています。


まず最初は、ウィルスの構造について説明しましょう。
ウィルスの構造はとても単純です。
最も外側にあるのは「エンベロープ」と呼ばれる「殻」です。その中には「カプシド」という別の「殻」があります。カプシドはDNAまたはRNAを包んでいます。これだけです。
これはウィルスの典型的な1形態であり、インフルエンザウィルスはこのタイプです。他にもエンベロープが無い種類など形態のバリエーションはあります。が、基本構造はどれも同じです。

ウィルスのこの構造は、生物の細胞とはかなり異なったものです。学校の理科で習った「細胞のつくり」を思い出してみてください。細胞は細胞膜に包まれています。その中には核やミトコンドリア、ゴルジ体などといった構造があります。植物なら葉緑素があります。ところが、ウィルスにはこういった構成要素がまったくないのです。唯一の共通点はDNAを持つということぐらいです。

ここで考えてみてください。ウィルスは本当に生物と言えるのでしょうか? いや、その前にそもそも「生物」とはどのようなものなのか、という根源的な定義をはっきりさせなければなりません。そこで「生物」の定義を考えてみましょう。

・DNAやRNAを持っている

生物と非生物を区別する、最もわかりやすい定義がこれです。この定義によれば、ウィルスも生物ということになります。

・増殖する

細胞分裂、生殖などいろいろな方法がありますが、生物は自分の複製を自力で作ることができます。これは非生物にはできないことです。
ウィルスも増殖できます。ただし、自力では増殖できません。ウィルスは、他の生物の細胞に取りついて、その細胞の機能をのっとってウィルスの複製を製造させているのです。これは確かに「増殖」ではありますが、一般的な生物の増殖と同じものとは言いにくいものです。

・外部からエネルギー源を取り込んで、それを活動のエネルギーとして利用する(それにともなって、不要物は外部に排出する)

このことは専門的には「代謝(たいしゃ)」と言います。簡単に言うと、動物だったら「消化」、植物ならば「光合成」がこれにあたります。「呼吸」もやはり代謝です。まさに「生きている」ことを象徴する現象です。
ところが、ウィルスはその構造からもわかるように、代謝のための器官がまったくありません。ウィルスは何かを食べるということはありません。呼吸することもありません。言い換えれば、ウィルスはただの「構造物」でしかないのです。

このように生物の定義と照らし合わせてみると、ウィルスは生物のようで生物ではない、という微妙な位置にいるのです。
現在、学問の世界では「ウィルスは生物ではない」というのが共通認識になっています。しかし、DNA/RNAは持っているし、人間やその他の動植物の生死にかかわる存在であるため、生物学の領域(医学、獣医学など)で扱うことになっています。

ウィルスが生物ではない、ということは「死ぬことがない」ということでもあります。そもそも「生きている」とは言えないのですから、「死ぬ」ということもないのです。
ただ、ウィルスも構造物ですから、その構造が壊れることもあります(熱による変化や、化学反応による分解など)。ウィルスの構造が壊れると、生物への感染力が無くなり、無害化します。あえて言うならば、これこそがウィルスの「死」にあたるのでしょう。
一般には「ウィルスが死滅する」と書かれたりすることもありますが、正確には「破壊される」「分解される」「無効化される」といった表現をするべきです。

ウィルスのもうひとつの特徴は、他の生物に寄生しないと存続できない、ということです。生物から離れると短期間のうちに無効化してしまいます。無効化されるまでの時間は数時間(もっと短いこともあるかも)から数日、数ヶ月といったところでしょうか。ある条件下ではもっと長期になるものもあるそうですが(そうでないと研究用の保存ができない)、これはかなり特殊な状態です。
現在、ウィルスには多くの種類があります。ウィルスが生物から離れられない存在であることを考えると、生物とウィルスは共存しながら長い長い時間を過ごしてきたということになります。私たちとウィルスは切っても切れない関係にあるのです。


ウィルスというものが、いかに特異な存在のものであるかがおわかりになったでしょうか。やはり病気の原因になるものに「細菌」がありますが、こちらは立派な生物です。
生物のような、生物でないような不思議な物体「ウィルス」。ウィルスは「生物とはなにか」「生きているとはどのようなことか」という根源的・哲学的疑問を投げかける存在なのです。
これからも鳥インフルエンザやSARSなどと関連してウィルスに関する報道を見聞きすることがあると思いますが、その時は「生物のような、生物でないような存在であるウィルス」のことをちょっと思い出してください。


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