タヌキの生活環境を格付けすると見えてくること
都会には実はまだまだ豊かな自然環境が残っています。このことはこれまでにも書いてきた通りですし、この「いきもの通信」でも都市動物はいろいろと取り上げてきました。
ところが、都会に残る自然環境はその価値が評価されずに次々とつぶされていく傾向があります。土地を開発する側の人は、そこに自然があるということに気付いていないようなのです。あるいは、気付いていてもその自然の価値を理解していないのでしょう。
そこで私は考えました。都市の自然環境を評価するわかりやすい指標・尺度はないだろうか、と。そこで思い出したのがタヌキのことです。都会にもいる動物であるタヌキ。その生息場所は自然が豊かな場所なのです。
タヌキの生態を考え合わせて、まず3段階の指標を作ってみました。
A=タヌキの生活の長期維持が可能。食料は敷地内で調達できる。 B=タヌキの生活の長期維持が可能。食料は敷地外で主に調達する。 C=生活不可能。 タヌキは夜に食べ物を探して歩き回ります。都会ならば住宅地を歩いていることもあるわけです。ランクAはよほど広い敷地でないとあり得ないでしょう。
次にこの指標をさらに細分してみました。
A+=「A」に加えて、複数の家族の生活が可能。 B-=「B」の基準内だが、なぜこんな所で生活できているのか疑問がある場合。 上位から「A+」「A」「B」「B-」「C」の5段階の指標になります。
ランクB-は、飼育されていたものが脱走した、あるいは餌付けされている可能性があるものも含みます。この指標は、実際にタヌキが定住しているかどうかは別にしてもいいのですが、やはり本当にタヌキがいた方が説得力があります。
東京都の実際の例を紹介してみましょう。A+? 明治神宮(東京都渋谷区)
新宿と渋谷にはさまれた都会のど真ん中。しかし、神宮の深い森はタヌキの生活にはぴったりの場所です。複数の家族がいるかどうかはわかりませんが、少なくともランクAであるのは確かです。A 水元公園(東京都葛飾区)
東京都のはずれにある広大な公園です。敷地外に行かなくても食料調達が可能なほどの広さです。B 某所A(東京都世田谷区)
拙著「動物の見つけ方、教えます! 都会の自然観察入門」でも紹介した場所。住宅街にあります。ここの家族は夜は敷地の外に出かけています。B 某所B(東京都杉並区)
ある教育機関の敷地に住んでいると言われています。そのすぐ隣には池のある公園。夜はその池のまわりを1周しているのではないかと推測されます。いずれの例も、人間の立ち入りが禁止されている場所かあるいは極端に人通りが少ない場所であるのが特徴です。ランクAはかなり特殊な条件と言えますが、ランクBはかなり普遍的な場所です。神社の森、墓地、公園、学校などちょっとした場所がタヌキの生活場所になれる可能性があるのです。
私の経験から言うと、ランクB以上の場所というのはバードウォッチングや昆虫観察に適した場所です。自然観察が好きな人にとっては失うには惜しい場所なのです。ただ、ランクBの場所は珍しい場所ではないため、宅地開発などで簡単につぶされてしまいがちです。「珍しくないけど珍しい場所」という矛盾したような場所がランクBなのです。
これはタヌキの生息場所そのものと言えます。拙著「動物の見つけ方、教えます! 都会の自然観察入門」では、東京都23区内のタヌキの推定生息数が1000頭以上であることを証明しました。タヌキは都会にも普遍的にいる「珍しくない」存在です。しかし、どんな場所にでもいるわけではありません。「自然がよく残っている所」でないと定着はできないのです。その意味ではやはり「珍しい」存在なのです。そもそも東京都23区内に数千頭いるとしても、広大な範囲に家族単位で散らばっているわけですから、そうそう簡単にお目にかかれるわけではないのです。東京都杉並区の場合で説明してみましょう。現在、タヌキの定住生息場所になっているのは約10ヶ所あります。これらはすべてランクBに相当します。つまり、杉並区には十分な自然環境が残っている場所が10ヶ所あるということなのです。たったの10ヶ所しかないのです。これらが貴重な場所であることが、これでおわかりかと思います。これらの場所を失うのは惜しいことと思いませんか?
ランクB以上の場所は、「どうでもいい場所」ではありません。地域の「資産(自然資産)」として残すべき場所なのです。
都会は人間のための場所ですが、人工的な建物ばかりではとてもつまらないものです。自然が適度に残っている都会こそ住みやすい場所だと思いませんか?
ランクB以上の場所はそのままの状態で残すべき場所だと私は思います。都会の自然環境を評価するための指標として、そして、これ以上の都市開発を止めるための指針として、今回紹介した「タヌキの家ミシュラン」を利用していただきたいと私は思っています。