Vol. 230(2004/7/25)

[OPINION]図鑑は世界を映す鏡

図鑑の作り手として、読み手として

理想科学工業株式会社のPR誌「理想の詩」2004年7・8月号で、「まず図鑑を広げてみよう」ということで私が登場しました。ただ、この内容はインタビューを元に構成しているため、私の言いたかったことが必ずしも十分反映されませんでした(全体では問題ないのですが)。このPR誌は一般には入手しにくいものでもありますので、今回は「私が本当に言いたかったこと」を私自身によって書いてみようと思います。

図鑑の作り手として

私はアスキーで「マルチメディア昆虫図鑑」「マルチメディア魚類図鑑」「マルチメディア爬虫類両生類図鑑」などCD-ROMを使ったマルチメディア図鑑シリーズを担当してきました。
この仕事を通じてわかったことは、図鑑は「鏡」であるということです。図鑑とは、ある分野のものごとを網羅的に紹介していくのが役割です。つまり、世界を写し取っている鏡なのです。
当然ですが図鑑はリアルな複製ではありません。本物を中に押し込めることはできませんから。しかし、現実世界を非常にコンパクトにまとめており、この意味で非常に優れたメディアであると言えるでしょう。

図鑑は眺めるのもいいのですが、本物を肉眼で確認してこそその本当の価値があります。図鑑の中に閉じこもっては本物の手触りや価値はわからないでしょう。逆説的ですが、「外に出て本物を見る」というのが図鑑の本当の活用方法だと思うのです。
最近、学校教育ではインターネットを使った「調べ学習」がよく行われているようですが、「本物を見る」ことの大切さを考えるとあまり良い学習方法とは言えません。本物を知らずに、本物に触れずに、インターネットという間接情報に頼るのは問題があるのです。
また、インターネット上の情報は別の資料の丸写しや孫引きも多く、おまけに書き写しの間違いも発生します。また、思い込みによる一面的な解釈もあります。画像データはたいてい解像度不十分です。インターネットのほとんどは基礎資料にはなりえないものなのです。有用なものがあるとすれば、研究者・専門家によるきちんと整理された資料ぐらいでしょう。
インターネットよりも書籍としての図鑑の方がずっと信頼できるものです。その理由は、研究者・専門家によって執筆され、専門の編集者によってまとめられているからです。
図鑑の価値はまだ落ちてはいないのです。

図鑑の読み手として

現在は私は図鑑を作る立場にはありませんが、図鑑を利用する立場にあります。この「いきもの通信」を書くにも図鑑は必要ですし、イラストレーターとしても図鑑は基礎的な資料、データベースとして欠かせないものです。
ただし、図鑑に載っているのは情報の一部でしかないことに注意しなければなりません。本当に知りたいことは載っていないこともあるのです。例えば、私がずっと調べているトンボの翅脈の詳細な模様もそのひとつです。
そういう特殊な情報は別としても、なかなかいい図鑑が見当たらないこともあります。今、私が探しているのはコンパクトな昆虫図鑑と樹木図鑑なのですが、なかなかいいものがありません。掲載種が不十分だったり、コンパクトな大きさでなかったり、内容が古かったり、使い方が難しかったり、となかなか適当な図鑑がありません。
もっといろいろな図鑑が出てきてほしいのですが、最近は出版社は露骨に売れ筋を求めるようになっていて、図鑑のように長期間こつこつ売り上げるものを嫌うようになっています。これは困ったことです。図鑑というのは言ってみれば文化の基盤です。図鑑は文化なり、なのです。出版社は売れ筋を狙うのもいいですが、図鑑のような「インフラ」作りも忘れないでほしいものです。
また、出版社のもうひとつの悪い傾向として、古い内容の図鑑をいつまでも売っていることがあります。例えば動物ものの図鑑で言うと、10年前の図鑑は使い物にならないのです(「マルチメディア昆虫図鑑」は来年で10年になる!)。まったく使い物にならないわけではありませんが、新しい発見もありますし、時代に合った視点というものも存在します。図鑑は一度作ればそれで終わりなのではなく、その後も常にリニューアルを考えなければならないものなのです。
私が担当したマルチメディア図鑑シリーズも、今ならもっと面白いものを作りたいし、作れると思います。ただ、企業の外にいる今の私の立場ではそれは難しそうです。残念なことです。

「図鑑は文化」という話に戻りますと、親も子どもにぜひ図鑑を買い与えてほしいです。図鑑は動物ものではなくてもいいのです。乗り物図鑑なんかでもいいのです。図鑑によって子どもの世界は広がります、いろいろなことに興味を示すようになるかもしれません。図鑑は世界を映す鏡であると同時に、「広い世界につながっている扉」でもあるのです。


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