Vol. 273(2005/6/26)

[今日の勉強]自然界に「まっ白」「まっ黒」は存在しない

少し前ですが、朝日新聞の読者投稿ページにこういう投稿が載っていました。

投稿者は30代の女性です。小学校の時に、先生から「自然の中には真っ白や真っ黒は無い。だから、絵の具の白と黒は使わないように」と教わった。ある時、牧場に行き、ウシの絵を描くことになった。ところが、ウシは白と黒の模様(ホルスタイン種だったのでしょう)。生徒たちは最初は騒いだが、やがて工夫していろいろと色を混ぜていった。そうして、それぞれの個性的な絵ができあがった。
というような話しです。(4月13日付、東京版)

うむ、この話、なかなかいいところをついています。私も絵を描くことを仕事にしていますが、確かにまっ白(=黒0%)、まっ黒(=黒100%)というのはなるべく避ける色なのです。
ただ、まあ、イラストにも目的というか性質というものがありまして、簡略した描き方や漫画的な描き方の場合はまっ白、まっ黒を使用することはあります。拙著「動物の見つけ方教えます!」がそうですね。輪郭線は黒100%ですし、コサギ、ダイサギなどはまっ白を使っています。
一方で発売されたばかりの「外来水生生物事典」ではよりリアルな表現を指向したため、まっ白・まっ黒はほとんど使っていません。人間の目というものはけっこうあいまいなもので、黒5%〜10%でも「白」に見えてしまうものなのです。まっ黒の方も、黒80%程度で十分まっ黒に見えてしまいます。また、黒100%だと印刷するとべったりした感じになってしまうので、そういう点からも避けなければならないことなのです。
ここまではイラスト描きのテクニック上の話です。


では、実際の動物の場合はどうなのでしょう。
まずまっ黒の方ですが、物理学の用語に「黒体(完全黒体)」というものがありまして、これは外部から入ってくる光や電磁波などを完全に吸収する物体のことを言います。これこそ真の「黒」と言えるものですが、実際にはそのような物質は存在しないとされています。この時点で生物にも「まっ黒」は存在しないことは明らかです。
実際の生物学的な場合を考えると、動物の色というものはだいたい複数の色素が混じって決定されるものです(甲虫などでは、表面の構造が光の干渉を起こして金属的に見える「構造色」というものもあります)。一見、黒に見える色であっても、実際はさまざまな色の混色であるということの方が多いでしょう。例えば、哺乳類の場合の「黒」は黄〜茶系の黒が多い、というのがイラストレーターとしての私の分析です。イヌとかネコとかネズミとかサルとか、毛のある哺乳類は全体に茶色系でしょう? もっとも、ネコにはロシアン・ブルーという暗青色の品種がいますが、これは茶色系とは異なるものですね。とにかく暗色を描く場合には、それが何色系の色なのかを見極めるのが動物イラストの極意と言ってもいいのではないでしょうか。黒いから、といって単純にグレースケールを当てはめると妙な色味の絵になってしまいます。特にパソコンでは本当に純粋なグレースケールになってしまいますので違和感が引き立ってしまいます。

一方、まっ白の方はどうでしょう。ホッキョクグマは「白熊」とも呼ばれていますが、動物園に行かれるとすぐわかると思いますが実際はやや黄色がかった白であることがわかります。ヒツジもやや茶色がかった色ですよね。ただ、ヒゲが白い哺乳類はけっこういます。おそらく「完全な白」ではないと思うのですが、見た目はほとんど白にしかみえませんよね。鳥の場合、コサギ、ダイサギといった白鷺たちは純白に見えます。ハクチョウやカモメもやはり純白に見えますよね。こういう種類は私には説明ができません。白色とはなぜ白色に見えるのか?という哲学的な問いにはまってしまいそうです。
ペット・マニアの方には「アルビノ」という言葉はよく知られていることと思います。このアルビノというのも動物によってその原因は異なるのですが、わかりやすい例でいうと白いカイウサギもアルビノです。これは色素を欠いた品種なのです。普通は黒目の色素も欠けるため、血管がそのまま見えることになり、赤い目になっているのです。ウサギはニンジンを食べるから目が赤いのではないのですよ! 爬虫類・両生類となるともうちょっと複雑です。これらのたいていは複数の色素で体の模様を構成しています。そのため色素のうちの1つだけが欠ける、という部分的なアルビノになることがよくあります。こういう場合は本来の色模様でもない、完全白色でもない、というややこしい色模様になってしまいます。
アルビノは特別な色素異常ですが、常に白いコサギやダイサギとなるとこれはまた別の説明が必要になるでしょう。残念ながら、いい資料が手元にないため、この回答は今回はできそうもありません。すみません。やっぱりあれは「純白」に見えますよね。ただ、イラストレーターとしては、「白=色が無い」ではなく「何か色がある」と考えねばいけません。白いサギ類でも、腹部や翼のふくらみなどに現れる影をよく観察して描かねばなりません。「白=何も描かない」というわけにはいかないのです。

まっ白、まっ黒に限らず、自然界には「まっ赤」「まっ青」といった純色も普通はありえないと考えた方がいいでしょう。私も色を選ぶ時にはそのことを常に念頭に置いています。純色に近くても、わざとくすんだような色を選んだりするものです。たいていの場合はその方がリアルに見えるものなのです。パソコンで描く場合は、特に色が鮮やかになりすぎる傾向があるので要注意です。これはパソコンの責任というよりも描く人の観察力の問題です。
いかにしてリアルな色合いを編み出すか。これはイラストレーターの腕の見せ所であります。


今回の話はあまり実用的に思えないかもしれません。でも、動物の種類を見分ける時、私たちは形状の情報の他に色の情報も使っているはずです。形だけ見えて色がわからない「シルエット・クイズ」で動物の種まで判別するのはかなり難しいことです(ある程度のグループまではわかるでしょうが、「種」レベルまでの判別は難しいということです)。「色」という観点から動物を見てみると、いろいろなことがわかってくるものなのです。


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