いきもの通信 Vol.276[今日のテレビ]甲虫王者ムシキング〜森の民の伝説〜 

Vol. 276(2005/7/24)

[今日のテレビ]やっぱりまずいよ「虫キング」

夏になり今年も「虫キング」関連商品がいろいろと登場してきました。特に、現在テレビでも放映中であること、ゲームボーイアドバンス用ゲームが発売されたばかりであること、冬には映画化されることが決まったことなどなどといったことから、今年の夏は特に盛り上がりはじめているようです。
ただ、このブームは私から見るとちょっといや〜な感じがするのです。その理由とは…


まず、テレビ番組の「虫キング」。
最初の頃は他の昆虫も登場してきて、ちょっとした昆虫講座っぽい場面もあったのですが、第1クール後半で早くもそれはなくなりました。
そんなことよりもっと気になるのが、カブトムシ・クワガタムシの戦い方です。番組中では、彼らが派手な空中戦を展開する場面がよくあります。しかし、現実のカブトムシ・クワガタムシ類は飛びながら戦うことはありません。彼らは飛びながら何かをするほど器用な生き物ではないのです。というか、体重が重すぎて飛ぶのも不器用なほどです。
また、番組中では地面の上でがっぷりと組み合って力勝負をする場面もよく出てきます。一見すると自然な当たり前のことのように見えますが、これもまた非現実的なものです。実際にカブトムシ・クワガタムシを飼育した人ならわかるはずなのですが、何もない地面の上では足がかりになるものがなく、体をがっちりと固定するとこはおろか、歩くことさえかなり苦労することになるからです。試しにカブトムシを学校の廊下やタイル張りのようなつるつるした所に置いてみてください。まともに歩くことさえできませんから。
では、彼らはどういう場所でなら戦えるのかというと、例えば木の幹や枝といった場所なのです。木の表面はざらざらで、甲虫類の脚先の爪がひっかかりやすく、体を十分固定できます。実物のカブトムシ・クワガタムシが戦っている映像をご覧になると、立ち木の幹であったり、切り倒した木の幹の上で戦わせているのが確認できるはずです。
つまりテレビやゲームでのカブトムシ・クワガタムシのバトルシーンというのはまったくのでたらめばかりなのです。製作者側は「これが演出だから」「フィクションだから」と言い訳をするのでしょうが、SF映画のような明らかにわかる「作り事」と違い、虫キングは対象が子供であることも加わって、「本当のことだ」と誤認させてしまう可能性が非常に高いのです。昆虫になじみのない大人でも、私の説明がなければ信じてしまうでしょう。

テレビで気になる表現がもうひとつあります。これまた細かいことなのですが…。
主人公を助けるカブトムシは、気合いを入れたりする時に、上体を起こすポーズをとります(左図のような感じ)。この時、雄叫びを発したりするのですが、雄叫びは非現実的なものであるのは誰にでも明白なことでしょう。問題なのはポーズの方です。実際のカブトムシで試してみるとわかるのですが、このようなポーズをとることは不可能なのです。CGでは現実の関節構造など無視できますから、こういう無理なポーズもできてしまうのです。ちょうど私は先日カナブンを採集しましたので、前脚の可動範囲を確認してみました。カナブンもカブトムシと同じコガネムシ科ですから、脚の構造はほとんど同じです。そして、実際にテレビのようなポーズは不可能であると確認できました。
昆虫はじめ節足動物は「外骨格」であるというのはご存知の方も多いでしょう。節足動物は骨を持たず、体の外殻で体の形を維持しています。筋肉は外殻の中にあります。このような構造の場合、関節の可動範囲というのはかなり制約されます。つまり、内骨格である脊椎動物ほどには関節の自由度がないということです。それでは不自由ですから、昆虫などは関節の数を増やすことで全体の自由度を確保しているのです。昆虫の脚の節(関節で区切られるパーツ)を数えてみてください。可動範囲は限定されても、パーツの数を増やすことで全体の可動範囲を十分に確保しているのです。
それでも、先ほどのような「上体起こしポーズ」のような不可能なポーズはあるのです。テレビ番組の制作スタッフは、このことを知らなかったのか、あるいは知っていても「演出」ということで通してしまったのでしょう。

最初に挙げた空中戦・地上戦といい、上体起こしポーズといい、本物のように見えて実はウソである、という要素があちこちにあるのがテレビ番組「虫キング」なのです。そして、そのウソはオリジナルのカードゲームにも当然あるのです。カードゲームではカブトムシ・クワガタムシが独特の「技」で戦いますが、これらはすべてフィクションであることを知っておくべきでしょう。大人ならこれぐらいは理解できるでしょうが、昆虫にさわった経験が極端に少ない最近の子供だと簡単に信じてしまうかもしれません。

さて、「虫キング」のオリジナルであるカードゲームの方はどうなっているかというと、虫そのものがそっちのけになってしまっているように見えます。カードゲームという性質上、以前にはやった「ポケモン・カード」などと同じ道をたどるのは目に見えていました。つまり、「レア・カードの収集」や「ゲームの必勝法」といったゲーム的な方向性に走ってしまうのです。その傾向が強まれば強まるほど、現実世界の昆虫や自然環境とは離れていってしまいます。「虫キング」を題材にした子供向け図鑑もいろいろ出版されてますが、どれもカードゲームに焦点を絞っており、「理科教育」とか「環境教育」とはかけ離れたものになってしまっています。「虫キング」が教育にいい、というのはまったくのウソですのでご注意ください。

虫キングに便乗して増えてきたものに、昆虫フィギュアがあります。私自身が動物フィギュアのマニアですので元々厳しい目を持っているのですが、最近のフィギュア、特に子供向けのフィギュアの出来の悪さには批判する気も起こらないほどです。昆虫の脚というものは非常に細いものです。そのため、フィギュアで脚を実物大の細さで再現すると、とても折れやすいものになってしまうのです。子供なんかは遊んでいるうちに簡単に折ってしまうことでしょう。また、カブトムシ・クワガタムシをはじめとする甲虫類の大半は脚に鋭いとげを持っています。これもまたフィギュアで再現すると、子供には危険なものとなってしまいます。つまり、子供向けフィギュアは耐久性と安全性を優先せざるをえず、その結果、フィギュアの出来が著しく悪くなってしまうのです。つまり子供たちは出来の悪いレプリカ(複製品)を押しつけられているのです。
では、大人向けのフィギュアの方の出来がいいかというとそうでもなかったりします。某フィギュア付き週刊百科が現在刊行されていますが、なんというか、買う気も起こらないものなのです。ぱっと見るとそこそこの出来のように見えるのですが、本物と比べるとどうしても劣って見えてしまうのです。昆虫はやはり本物に勝る標本はありえないのです。


反発されそうなことはわかっていますが、それでもあえて、あえて言っておきたいことがあります。それは、「流行はたくさんの人の関心をひきつけるが、それに集まる人々の「質」というのは低い」ということです。「人がやってるから」とか「はやってるから」といった程度の意識しかありません。それが流行の本質です。今回の虫キングもそう。虫キングにはまればはまるほど昆虫、動物、自然というものからどんどん遠ざかってしまうのです。小型犬ブームも、レッサーパンダ起立事件も同じです。商売をやっている人々に踊らされているのです。それに気づいてください。
その一方で、動物にこれほどの関心が持たれることがなかなかないのも事実です。彼らを受け入れる場所を作り、もっとまっとうな「昆虫道」を知ってもらうべく、私のような「教えるプロ」は努力をせねばならないのです。


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