いきもの通信 Vol.278[今日のいきもの]恐怖の死番虫(シバンムシ)/あの小さな虫の正体 

Vol. 278(2005/8/7)

[今日のいきもの]恐怖の死番虫 (シバンムシ)

あの小さな虫の正体

以前から気になっていた昆虫がいました。ある日突然、部屋の中に現れる小さな昆虫のことです。大きさは数mmほど。色は赤茶色。もちろんゴキブリの類ではありません。冬以外の季節に、年に数匹が現れる程度の昆虫です。私は、外出した時に服などにたまたまくっついてきたものか、あるいは窓などのすき間から侵入してきたものではないかと考えていました。特に害をもたらす昆虫でもないので、見つけたら窓の外に放り投げていました。
しかし、正体不明のままというのもいい気分ではありません。今度あの虫が現れたら、つかまえて同定しようと思っていました。今年はなぜかなかなか現れなかったのですが、ついに久しぶりにその虫が現れました。私はただちに捕獲しました。

さて、この昆虫の詳細な同定に入る前に、ある程度の分類の見当をつけておかなければなりません。なにしろ昆虫は膨大な種類がいるのですから目星をつけておく必要があるのです。大きな分類は簡単にわかりました。というのも、この虫は固い前翅(まえばね)を持っているからです。これは甲虫目(カブトムシ、コガネムシ、クワガタムシ、カミキリムシ、ホタル、テントウムシ、ゾウムシなどなど)の仲間であることを意味しています。これでかなり分類がしぼられたのですが、甲虫目は昆虫の中でも最も多種多様な形態を持つグループであり、名前を特定するまでにはまだまだ遠い道のりがあることは予想できます。
次に、この甲虫はどのグループに属するのかを推理しなければなりません。形態から見ると、コガネムシとかカミキリムシといったメジャーな甲虫でないのは明らかです。とすると、小型で種類の多いハムシの仲間になるのかな…と推理しました。甲虫の図鑑をぱらぱらとめくっていきますが、どうもハムシにそれらしいものはいないようです。東京都区部にも生息するぐらいならそれほど珍しい種類ではないはずで、詳しい図鑑なら載っていないはずはありません。ううむ…他の甲虫類を調べてみた方がよさそうです。そうしてさらに図鑑を調べてみたところ、ついにそれらしい甲虫を発見できました。それはシバンムシの仲間でした。漢字で書くと「死番虫」。こ、これがあのシバンムシだったのか…。しばらく前に会社でシバンムシのことが話題になっていたので、この名前はまだ私の記憶に残っていたのでした。その実物が自宅でいつも見ているヤツだったとは知りませんでした。

シバンムシは英語では「deathwatch」といいます。静かな部屋で、どこからともなく聞こえる「コツコツ」という音。この不思議な音は死への時を刻む「死時計」のようだ、ということから「deathwatch」という言葉が生まれたようです。ということは、この言葉は機械式時計が現れた14世紀以降の言葉ということになります。いや、その頃の時計は教会塔にあるような大型の「clock」ですので、「deathwatch」は懐中時計が登場した16世紀あるいは一般に普及したそれ以降に使われはじめた言葉なのかもしれません。それはさておき、不思議な「コツコツ」という音の正体は、マダラシバンムシの成虫が建物の木材の穴の中で頭を穴の壁にぶつける音なのです。こうやってオスとメスが交信しあっているのです。このマダラシバンムシの生態については調べてもよくわかりませんでしたが、木材の中で穴を掘りながら生活をする種類のようです。シバンムシは種類によって食べる好みが違っています。すべてのシバンムシが木材の中にいるというわけではないのでご注意ください。しかし、この音の正体を探り当てた人ってすごいなあ、と思うのでした。普通ならその原因まで探るような人なんていないでしょうしね。
さて、この「deathwatch」を日本語に訳したのが「死番虫」というわけでが、上記のことをふまえると「deathwatch」は「死時計虫」と訳さなければならないはずです。これについては「watch」を「番人」と誤訳したため「死番虫」となった、といわれているようです。ただ、辞書(英英辞書)で「deathwatch」をひいてみると、「臨終の看護」「刑の宣告を受けた罪人の見張り」といった意味があるようで、誤訳だったとしてもそれほどはずれているわけでもなさそうです。
なお、日本の英和辞書でひいてみると、「deathwatch」を「チャタテムシ類」と説明しているものもありますが、これは正しくはありませんのでご注意ください。「deathwatch」は普通は「deathwatch beetle」のことを指します。「beetle」ということからもわかるように、これは甲虫目の昆虫、つまりシバンムシのことなのです。英英辞書ではその次の意味として「チャタテムシ」の記述がある場合もあります。チャタテムシとは非常に小型の昆虫で、大きな分類でいえばシラミの近縁になります。そのため英語では「book louse(本のシラミ)」と呼ばれています。日本語の「チャタテムシ」の言葉の由来は、スカシチャタテ科の一部の種が、障子の紙をかじる音が茶をたてる音に似ていることから「茶立て虫」となったそうです。私は聞いたことがありませんが「サッサッ」という音だそうです。最近は障子も減りましたし、静かな環境でないとその音も聞こえないでしょうから、知っている人は少ないかもしれません。チャタテムシは種類はそれほど多いわけではありませんが、これも「deathwatch」と呼ばれる場合があるということは、シバンムシと同様に音を立てる種類が欧米にいるということなのかもしれません。なお、チャタテムシは種類は多いわけではありませんが、私たちのまわりに普遍的に存在する昆虫です。なぜ私たちがその存在に気づかないかというと、体長は大きくても数mmで、視界に入ったとしてもまず気づかないからです。

さて、話を私が見つけたシバンムシに戻しましょう。このシバンムシはいろいろと調べたところ、タバコシバンムシであることがわかりました。タバコシバンムシが食べるのは畳や乾燥貯蔵食品、例えば穀類、菓子類、乾麺などです。私の家では大発生することはありませんので、どこで何を食べているかは判明していません。出現頻度が高いご家庭ではこういったあやしそうな箇所を点検してみるといいでしょう。ちなみに、食害が多いのは成虫の時よりも幼虫の期間です。幼虫はイモムシ型をしている、ということをとりあえず頭に入れておきましょう(大発生しているならば幼虫が見つかることが多いでしょうから)。
やはり乾燥貯蔵食品を好むシバンムシにはジンサンシバンムシという種があります。ジンサンとは「人参」=朝鮮ニンジンのような薬用ニンジンのことで、他にも薬草や漢方薬も食べてしまいます。また、古本を食べる、その名もずばりフルホンシバンムシという種類もいます。フルホンシバンムシは古本ばかりを好むわけではないのですが、図書館で発生するとやっかいですし、歴史的古文書や美術品にとっては致命的にもなりかねない虫です。実際、美術館・博物館ではシミなどよりもフルホンシバンムシの被害が大きいのだそうです。
これらシバンムシへの対策は、家庭なら食べ物になる乾燥貯蔵食品はタッパーなどに密閉保存するのが一番です。ビニール袋程度は食い破ってしまうことがありますのでご注意ください。畳が発生源になった場合は専門の業者に見てもらった方がいいでしょう。熱処理や薬剤を使っての対処になるでしょう。美術館、博物館、図書館などでは薫蒸処理をすることになります。
卵の数はタバコシバンムシで平均110、ジンサンシバンムシで平均75と比較的多めです(ゴキブリよりも多い!)。しかも、夏の暖かい時期に卵〜成虫のサイクルを2、3回は繰り返します(暖かい地方ほど活動期間が長くなるのでサイクル数も多くなります)。「なんだかよく見かけるな」と思うようならもうかなり繁殖している可能性もありますのでご注意を。
幸いなことに、シバンムシには毒を持つ種類はありません。刺したりすることもありません。「死番虫」という名前は恐ろしげですが、特に危険な昆虫ではありませんので、現れたとしてもあわてず、落ちついて対処をすれば大丈夫です。

私の仕事ではこういう数mm程度の昆虫はよく持ち込まれます。こういう小型昆虫を見ていると、私が今までに見ていた昆虫というのは大型昆虫ばかりだったんだなあと思い知らされます。これまでにも昆虫はいろいろ見てきたつもりだったのですが、この小型昆虫の世界はまったく新しい世界を見せてくれます。世の中はカブトムシ・クワガタムシといった超ヘビー級の昆虫ばかりに関心が向かっているようですが、昆虫の世界で本当に面白いのはこういう小型昆虫の方なのかもしれないと本気で思うこの頃です。


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