Vol. 319(2006/6/4)

[今日のいきもの]最小の昆虫、それからそれに関係する全然有名ではない昆虫の話

昆虫というと、ヘラクレスオオカブトとかヨナグニサンとかナナフシ類だとか、大きい昆虫はよく話題になりますが、その逆の小さい昆虫の話はあまり聞かないように思います。まあ、昆虫は(昆虫以外の生物・物体でも同じですが)1mm程度より小さくなると肉眼で見ることが不可能になってきますのであまり関心を持たれないのもわかることです。
一般的な感覚として、昆虫は小さくなればなるほど種類が増える、というのはたいていの人が理解できることでしょう。大きい昆虫はそうそういるものではありませんが、小さいものはハエだのカだのアリだのノミだのシロアリだの…と限りなく存在します。昆虫は小さいほど種類が多い、とのこの仮定はもっともらしいのですが、では、昆虫はどこまで小さいものがいるのでしょうか。無限小まで小さくなるのでしょうか? それはありえないですよね。細胞がひとつしかない単細胞生物サイズになることもありえません。そこまで小さくなくても、昆虫としての要素、つまり6本の脚、体節に分かれた外骨格、といった要素を持つためにはある程度の大きさが必要になることは明らかです。

あまりぐだぐだ前置きしても仕方ありません。ずばり、最小の昆虫とは何か。
それはアザミウマタマゴバチの仲間とのことです。なんだかややこしそうな名前ですが、簡単に言うとハチの仲間(膜翅目)です。学名で言うとMegaphragma属だそうです。アザミウマタマゴバチとは特定の種ではなく、いくつかの種を含むグループの名前なのですが、その中のある種は体長0.18mmしかなく、これが世界最小の昆虫ということになるそうです。
写真はこちらのホームページにあります。

0.18mmというサイズ、小さいと思われましたか? 意外と大きいと思われましたか? 0.18mmとは、1mmの1/5〜1/6ぐらいの大きさですね。定規の1mmの目盛を5等分したぐらい、ということです。これならなんとか肉眼でも見えるかもしれない…という大きさです。でも細部まではとても見分けられません。ちなみに、ヒトの卵子も同じぐらいの大きさです(出典によってばらばらだが、0.1〜0.2mmぐらい)。私個人の感覚では、意外に大きいと思いました。これなら低倍率の実体顕微鏡でもなんとか見ることができる大きさですから(20〜30倍ぐらいでも見えるはず)。
このサイズは昆虫の体の構造からいっても限界の小ささでしょう。ここまで小さい昆虫はそんなに多くいるとは思えません。これまた私の感覚では、1mm〜1cmサイズあたりが最も昆虫の種類が多いように思います。

さて、アザミウマタマゴバチについてもうちょっと説明しましょう。
アザミウマタマゴバチは「寄生バチ」と言われるハチです。つまり、他の動物に卵を産みつけ、孵化した幼虫は宿主(寄生された動物)を食べながら成長する、という(恐ろしい)昆虫なのです。寄生というとおどろおどろしい感じですが、寄生バチは珍しいものではありませんし、寄生ハエというものもいますし、ノミも寄生昆虫です。昆虫ではありませんが、多くのダニも寄生しますよね。「寄生」とは他の動物にくっついて、そこから栄養を摂取する、という生態のことですが、小型の動物にとってはそれほど珍しいものではありません。
寄生する場合、何にとりつくかは種類によってだいたい決まっています。イヌノミならイヌ、ネコノミならネコ、ヒトノミならヒト、という具合にです。ただし、ネコノミがヒトについたり、イヌノミがネコについたりもしますから厳密なものではないのですがね(この場合でも哺乳類に寄生する、というのは共通している)。
ではアザミウマタマゴバチは何に寄生するのかというと名前の通り「アザミウマ」の卵に寄生するのです。といっても「アザミウマ」とは何だ?という方が大多数でしょうね。

アザミウマとはアザミウマ目(総翅目=そうしもく)というグループの昆虫です。カメムシやセミ(半翅目)に近い仲間です。「アザミ」とはアザミの花についていることが多いことからきたものです。「ウマ」の方は由来不明ですが、顔(頭部)が長いといえば長いからかもしれませんが、肉眼でそこまで見えたかどうかあやしいものです。「カマドウマ」と同じく、「虫=ウマ」という呼び方から来ているのかもしれません。アザミウマはアザミだけにつくのではなく、いろいろな植物について液を吸います。そのため普通は害虫扱いされています。他にも落ち葉を食べたり、キノコを食べたり、他の小型昆虫を食べたりと種によっていろいろなものを食べています。大きさは0.5mm〜6mmで、2mm程度のものが多いと言われています。これなら肉眼でも見える大きさです。
アザミウマの外見の特徴は翅の形です。昆虫の翅というと、普通は膜状のものなのですが、アザミウマの場合は翅の縁に毛がたくさん生えていて羽毛のようになっています。この毛のことを「縁毛=えんもう」といいます。縁毛の昆虫はアザミウマ以外にはほとんどないので縁毛こそがアザミウマの特徴、と言いたいところですが、翅のないアザミウマもいたりしますからご注意を。

さて、そのアザミウマの卵に寄生するのが最小の昆虫アザミウマタマゴバチですが、その写真を見てみるとハチにしては奇妙な形をしているのがわかると思います(先ほど紹介のページに写真もあります)。まるで毛が生えたような翅…そう、なんとアザミウマタマゴバチも縁毛なのです。奇妙な一致にも思えるのですが、小型ハチや小型ハエ・カ類の中には縁毛が発達した種類がいくつもありますので単なる偶然でしょう。
こんな翅でも飛べるのか?と疑いたくなりますが、このサイズでは合理的な形状なのかもしれません。空気には「粘性」といって、物体にまとわりつく性質があります(空気に限らず水などあらゆる「流体」(=液体と気体の総称)が持っている性質)。飛行機のような大きな物体ではその影響は無視できるほど小さなものですが、小さくなればなるほどその影響は大きくなり、数cmほどになるとかなりの影響になるそうです。小さな昆虫にとって翅をはばたかせるのは、人間が水中ではばたきするのと同じような抵抗力があるのかもしれません。縁毛はすき間だらけのスカスカの翅ですが、小型昆虫にとっては飛ぶには困らないものなのでしょう。
もっとも、これだけ小さいと本体も非常に軽いため、自力で飛ぶだけでなく風まかせに吹き飛ばされるということも多いでしょうが…。


こういう小さな動物の世界というのもなかなか面白いなということがわかってきた今日この頃なのですが、あまりにも小さすぎるために自然観察会などでは紹介できないのが残念です。どうしても顕微鏡などの機材が必要になりますし、それよりもなによりも図鑑などの参考書が非常に少ない! それでも、この面白さを伝えるべくいろいろと考えている最中なのです。


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