いきもの通信 Vol.324[今日の勉強]タヌキとアライグマの長い長い歴史の物語・その1 

Vol. 324(2006/7/9)

[今日の勉強]タヌキとアライグマの長い長い歴史の物語・その1

タヌキは英語でなんと言うかご存知ですか?
答えは「Raccoon Dog」。
raccoonとはアライグマのこと。つまり、タヌキ=「アライグマ(のような)犬」なのです。日本人から見るとなんとも奇妙な名前です。もうちょっとましな命名はしてくれなかったのか、と思うのですがね。いつから「アライグマ犬」という名前になってしまったのか、実は調べても結局わからなかったのですが、ヨーロッパ人とタヌキとの関わりというのはかなり長い長〜い話になります。その物語にしばらくおつきあいください。

世界に乗り出したヨーロッパ人たち

タヌキは東アジアに生息、アライグマ2種(種アライグマ、種カニクイアライグマ)はアメリカ大陸に生息している動物です。ですから、大航海時代以前のヨーロッパではいずれも知られていない動物でした。ですから物語の始まりは大航海時代になります。
ヨーロッパ人のアフリカ大陸方面への進出は15世紀前半には始まっていました。そして、コロンブスが大西洋を横断したのは1492年。この時はアメリカ大陸にまでは到達しておらず、コロンブス自身もアジア大陸に到達したと思い込んでいただけでした。しかし間もなく1506年までにはアメリカ大陸と呼ばれることとなった未発見の大陸が存在することが判明していました。一方、ヴァスコ・ダ・ガマがインドに到達したのは1498年。意外ながらコロンブスよりも後のことです。
マゼラン艦隊が世界一周航海をしたのは1519〜1522年。艦隊はフィリピンに来ていますが、東アジア方面にヨーロッパ人がやって来るのはマルコ・ポーロ一族以来のことではないでしょうか。

アメリカ大陸の歴史を見ていくと、セントローレンス川をフランス人探検家ジャック・カルティエが発見したのは1534年。ニューイングランド地方(アメリカ合衆国北東部)への入植が始まったのは1616年。イギリスの清教徒(ピューリタン)たちがメイフラワー号で北米に渡ったのが1620年。まあ、どんなに遅くともこの頃までにはアライグマの存在はヨーロッパ人にも知られていたはずです。
一方のアジアの方は、種子島にポルトガル人が火縄銃を伝えたのは1543(?)年。フランシスコ・ザビエル来日が1549年。日本は室町時代末期〜戦国時代の頃ですが、日本あるいは東アジア方面に来たヨーロッパ人たちは間違いなくタヌキを見ていたことでしょう。ヨーロッパ人がアライグマを見たのもタヌキを見たのも、おそらくほぼ同時期だったと推測されます。
しかし、その後の歴史は違ったものになりました。アメリカ大陸は(ヨーロッパ人にとって)順調に植民地化が進んでいったものの、日本の方は江戸時代に突入し1641年までに鎖国体制が完成しました。同じ時期には中国(清)や朝鮮なども鎖国されていたため、19世紀半ばまでの約200年間、東アジアはヨーロッパから切り離された謎の地域となってしまったのです。タヌキをはじめとする東アジアの動植物の本格的な研究や紹介がされることはなかったのです。
その結果、ヨーロッパ人にとってアライグマは知られた存在になりましたが、タヌキはずっと知られることはありませんでした。

リンネ式命名法の完成とアライグマ

時は進んで18世紀になります。
それぞれの生物には世界共通の名前として「学名」というものが名付けられています。この学名を考案したのがカール・フォン・リンネ(1707-1778)というスウェーデン人の生物学者でした。学名を付けるということは、分類を行うことと同じ意味ですので、リンネは分類学にも大きな貢献をしたことになります。
実は、分類学自体は古代ギリシャのアリストテレス(前384-前322)に始まったとされるほど古いものです。また、生物の名前を2つの単語で表記する「二名法」もリンネが最初ではありませんでした。しかしこれらを体系的に整理したのはリンネの功績であることは今では誰もが認めることです。

リンネが学名というものを発表したのは「自然の体系」(Systema Naturae)の1735年初版でした。その後、研究はさらに進められ、現在にも通じる学名が完成しました。動物の学名は1758年の「自然の体系」の第10版が、植物の学名は1753年の「植物の種」(Species Plantarum)が最初の基準になっています。そしてこの命名法は発展しながら現在にも受け継がれています。

さて、タヌキともアライグマとも関係ない話のように思えるかもしれませんが、ここからが本題です。
アライグマの学名は、

Procyon lotor (Linnaeus, 1758)

と表記します。「Linnaeus」とはリンネのことで、これは命名者を表します、1758年とは命名された年のこと。これは「自然の体系 第10版」の発行年です。つまり、一番最初に学名がつけられた動物たちの中にアライグマが入っているということになります。アライグマという動物は1758年には間違いなくヨーロッパで認識されていたのです。
そして、この時点ではタヌキには学名はありませんでした。これはつまりヨーロッパではタヌキは知られていなかったということです。
タヌキに学名がついたのは約90年も先のことだったのでした。

(続く)


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