Vol. 336(2006/10/1)

[今日の事件]直木賞作家の「子猫殺し」事件・その4

なんでこんなくだらない事件のために4回も費やさねばならないのか、という気持ちはありますが、人間と動物の関係を考えるには良い機会であるのは間違いありません。今回も話を続けます。


今回の事件で、マスコミの姿勢には疑問を感じることがあります。
前回書いた、動物愛護側の意見を取り上げることが少ない、ということもそのひとつです。
他には、例えばこんな文章が新聞に載りました。

直木賞作家が日経新聞に寄せた「子猫殺し」のエッセーを三読す。
論旨は明快、尊厳死の是非と似た覚悟の問題提起として読める。
納得するか否かは読者の側にあり、あえて一石を投じたか。

毎日新聞2006年8月25日夕刊「近事片々」

「論旨は明快」ですって? 「覚悟の問題提起」ってなんですか? 「動物虐待」がすっ飛ばされているのは毎度のことですが、このいかにも自分たちは大所高所から物事を眺めているというような態度はどういうことでしょう。

あるいはこういう記事もありました。

「しかし現状では、多角的で本質に迫る議論には発展していない。」
「坂東さん、そして社会が抱える病理を多数派の意見で押し込めてはならない。」

あれ、これも毎日新聞(9月22日)だ。
「多角的で本質的な議論」って何ですか? こういう風にかっこよく書くとたいていの読者もなんとなくわかったような気になってしまうのですが、いったい何を議論するのかがわかりません。それに、多角的になると議論が発散して何もまとまらんと思うのですが。そして、動物虐待罪は遠方に消え去ってしまい忘れられる。これでは何も解決しないのです。
それから「多数派の意見で押し込めてはならない」とありますが、動物愛護側は押し込めようとしているのではありません。この問題をより良い方向に持っていこうとしているのです。
こういうマスコミの態度は、まるで他人事としか考えていないようにも読めます。
この事件の本質に迫ろうというのなら、動物虐待の実態、動物愛護センターの実態をていねいに取材して世間に問うべきではないのでしょうか。そして、なんらかの解決案も提示する。それぐらい突っ込んだ姿勢を見てみたいものです。


さて、議論を建設的なものにするために、今回は坂東氏のためにネコの飼育アドバイスをしてみようと思います。ただし、タヒチ事情はわかりませんので、日本での場合、ということになりますが。

質問:
飼い猫が子猫を産んでしまいました。私はどうすればいいのでしょう。

回答:
生まれてしまった子猫をどうするかには次のような選択肢があります。
・自分で飼う
・引き取ってくれる人を探す
・動物愛護センターに引き取ってもらう
この順序が優先順位でもあります。いきなり動物愛護センターを選ぶのではなく、まず自分で飼うこと、引き取り手を探すことに尽力してください。子猫の「生」を大切と思うならば、生かすことを最優先に考えてください。動物愛護センターに持ち込まれた場合は、確実に殺処分になります。

最終的な手段として、
・殺す
という方法もあります。ただし、動物愛護法第40条にあるように「動物を殺さなければならない場合には、できる限りその動物に苦痛を与えない方法によってしなければならない」のです。つまり安楽死を選んでください(これは必ず獣医師にご相談ください)。
苦痛を与えるような殺し方は、動物愛護法第44条に「愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する」とあるように動物虐待罪になります。崖から放り投げるのは安楽死ではなく動物虐待です。

解説:
このように、選択肢は現実にはあまりありません。子猫をちゃんと成育させる見込みがある場合は問題はありませんが、その見込みが無い場合は大変です。
このような事態を回避するためには、飼い始める時に繁殖をどうするかという計画を考えておく必要があるのです。それを考えずに飼うというのは、問題が起こることがわかっているのに目をそむけているだけです。
繁殖計画を考えるのは飼い主の義務です。

質問:
子猫を殺しても問題ないですよね。昔からの風習ですから。

回答:
だーかーらー、それは上記のように動物愛護法第44条の動物虐待罪にあたります。風習としての子猫殺しといっても、それは昔々の動物愛護法がなかった時代の話です。昔のことは時効にもなっていますのでここでは不問に付します。
ですが、現在の法では(安楽死ではない)殺処分は明らかに違法行為です。

質問:
子猫が生まれるのは困ります。どうすればいいでしょうか。なお、私は避妊手術が大嫌いです。

回答:
ネコの繁殖を制限するには次のような方法があります。
・避妊去勢手術
・単独完全室内飼い
室内飼いで多頭飼育する場合は、性をすべて同じにしましょう。
避妊去勢手術を選ばないのならば、完全室内飼いがほぼ唯一の選択肢になります。
避妊去勢手術も室内飼いも望まないのならば、
・飼わない
という選択肢があります。避妊去勢手術も室内飼いもネコを不幸にするとお考えならば、「飼わない」ことこそ不幸なネコを作らない最適の方法です。

解説:
こちらの質問の場合も選択肢がほとんどありません。やはり飼い始める時にこのことを考えておかなければならないのです。
ところで、ネコ用の避妊薬はないのだろうかと思われる方は多いでしょうが、私も聞いたことがありませんし、ネットでも情報はほぼ皆無です。存在しないのではないでしょうが、普及していないのは恐ろしく高額なのか、重大な副作用があるかのどちらかだと思われます。安全な避妊薬が開発されれば画期的なことになるでしょう。

メタ解説:
坂東氏は
「ペットに避妊手術を施して「これこそ正義」と、晴れ晴れした顔をしている人に私は疑問を呈する」(毎日新聞9月22日)
なんて書いてますが、上記のように選択肢が限定されているためにやむを得ず手術を選ばざるをえない、というのが本当のところです。喜々として手術させる人なんてほとんどいないでしょう。手術というのは現状でのベターな選択肢でしかありません。これに満足している人ばかりではないのは明らかで、より良い解決策の模索はこれからも続いていくでしょう。


動物愛護センターについてもちょっと書いておきます。
イヌ・ネコを引き取ってくれる施設は「保健所」だと思っている方はまだ多いと思いますが、今その役割は「動物愛護センター」に移されつつあります。両者を同じものと思っている方が多いかもしれませんが(やっていることは同じなのでそう見えるのですが)、ただ看板を付け替えたものではありません。
保健所とは、本来は人間の健康・保健にかんするあれこれを行う施設です。狂犬病予防法との関連から、業務のひとつとしてイヌ・ネコを引き取り処分を行ってきました。
動物愛護センターは動物愛護法に基づく施設です。これまで保健所が行ってきたイヌ・ネコの引き取りは動物愛護センターに移行しつつあるところです。この移行は地域によって進捗度に差があって、まだ動物愛護センターがない地域もあります。

動物愛護センターはどういう状況でもイヌ・ネコを引き取るのかというとそうではありません。例えば野良の成猫は引き取らない自治体が多いと思われます。誤解している方がほとんどと思いますが、動物愛護センターはイヌ・ネコを無条件で引き取っているのではないですよ。この辺りの事情は私も少しは知っているのですが、詳細は誰かがきちんと取材してくれることを期待します。


この事件について、どうも議論がかみあっていないな、と思ったのでちょっと視点を変えて考えてみました。

この事件を巡る人々をざっくり3通りに分類してみると次のようになります。本当におおざっぱなものですので厳密性には欠けますが、話をわかりやすくするためということで読み進めてください。

・「わかってる人」
 動物愛護の関係者。動物を飼育している人たちの中で意識が高い人たち。
・「わかってない人」
 動物を飼育しているけど、「適切な飼育」とか「動物の福祉」とかに理解がない人。(過去に飼育歴がある人を含む)
・「部外者」
 動物に関心がなく、飼うことを考えたこともないような人たち。

今回の議論の構造をこれにあてはめていくと、以下のようになります。

・坂東氏は、これらすべての人に向けて文章を書いた。

・だが、坂東氏の文章の内容は「わかってる人」には既にわかりきった解決済みのことであり、今さら議論することではなかった。むしろ、動物虐待は日本国内では明らかな犯罪であり、これが発火点となった。

・「わかってない人」そして「部外者」には坂東氏の指摘は新鮮に聞こえた。よって、坂東氏を擁護するような態度も少なくない。

・「わかってない人」そして「部外者」には、なぜ「わかってる人」がしつこく騒ぎ立てるのか理解できない。だから「ネットはこわい」とか「ヒステリー」という風にしか見えない。

・「わかってない人」そして「部外者」が注目している論点は「避妊去勢手術の是非」「ペットを飼うのは人間のわがまま」といったこと。ただし、これらの論点は「わかってる人」にとってはずいぶん昔に解決済みのこと。

・「わかってる人」の論点は「動物虐待」「坂東氏の不適切な飼育」ということ。ただし、「わかってない人」そして「部外者」にとってはこれがそれほど重大なことには思えない。

このように論点がずれてしまっていては議論は深まらず、ののしりあいが延々と続くことになりそうです。
では、もうちょっと建設的な議論にしていくにはどうすればいいのか。これはそれぞれに努力が必要でしょう。
まず、「わかってる人」は、「わかってない人」そして「部外者」に対して、動物の愛護・福祉の現状をていねいに説明すること。もっとも、これがとても大変だということは私もよく知ってますが。
そして、「わかってない人」そして「部外者」は、動物の愛護・福祉についてもっと勉強すること。この人たちは現状についてあまりにも知らなさすぎです。中には何十年もの前の知識の段階の人もいます(「間引き」を持ちだす坂東氏がまさにこれ)。

このように交通整理すれば、少しは全体状況が見えてくるのではないでしょうか。


さて、「子猫殺し」事件についてはもうこれ以上あれこれ書く必要もないでしょう。坂東氏の論も擁護派の言葉も、万人を納得させるだけの力はありません。
一方の動物愛護の立場も、あらゆる人々を説得するまでには到っていないのは確かですが、世間のコンセンサス(合意)は「子猫殺し」行為には否定的であるのははっきりしています。そして、この「子猫殺し」は日本では明らかに違法行為です。


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