Vol. 343(2006/12/10)

[今日の観察]無数のトンボが群れ飛ぶ日

10月の、ちょっと暑さが戻ってきたような日のことでした。あるビルの通路の窓からふと外を見ると、何か小さなものがたくさん飛んでいるのが目に入りました。大きさからいって昆虫であるのは間違いありません。そしてある程度離れているのに姿が見えるということはそれなりの大きさの昆虫のようです。どうやらこの大群はトンボらしいのです。そして、その飛び方、季節からこれはウスバキトンボだと判断しました。その数は見える範囲だけで100以上はいたのではないでしょうか。

トンボは時々大きな群れをつくることがあります。トンボの群れにも大小はありますが、今回はその中でも大きな群れになる例を紹介しましょう。

・黄昏飛翔

夕暮れ時に多くのトンボが群れ飛ぶことを「黄昏飛翔」(たそがれひしょう)と言います。
黄昏飛翔をするトンボはヤンマの仲間で、例えばギンヤンマ、ヤブヤンマ、マルタンヤンマ、カトリヤンマなどなどがいます。黄昏飛翔をする性質は「黄昏飛翔性」または「黄昏活動性」と言います。
黄昏飛翔の目的は小型昆虫を食べるため、つまり食事のためです。昼間は暑すぎてあまり活動しない昆虫たちが、気温が低くなる夕方から活動を始める、そこをトンボが狙うのです。「黄昏」といっても夕方だけではなく明け方にも見られます。
黄昏飛翔は都会ではまず見ることができなくなった光景です。そう言えば私もまだ見たことがありません。季節、時刻、場所といった条件がそろわないと見られないので、たまたま行った先で見る、というわけにはいかないのが難しいところです。
黄昏飛翔は自然環境が整っていて、十分な数が繁殖できるならば今でも見ることができるはずですが、「昔ほどではない」という話もよく聞きます。

・アキアカネの大移動

アキアカネというと秋の赤トンボのように思われているでしょうが、ヤゴ(幼虫)から羽化するのは初夏の頃です。東京なら7月上旬あたりになります。
羽化の直後、公園や街路樹の木に集合するためまれに話題になるようです。その後、アキアカネは山地を目指して移動しますが、この時も大集団で移動する姿が見られ、やはり話題になるようです。
羽化後しばらくの間はアキアカネは黄色あるいはオレンジ色といった体色をしています。赤くないためにこれがアキアカネだとわかる人は少ないでしょう。トンボを見慣れていれば、いかにもアカネ類らしい体型なので未成熟個体であることはすぐわかります。ただ、似たようなトンボもいるので、種を同定するには胸の模様を確認しなければなりません。

夏に高い山に登るとたくさんの赤トンボがいた、という経験をお持ちの方はけっこういるかもしれません。これもアキアカネです。低地から山地へと移動してきたアキアカネなのです。大移動する理由は「避暑のため」と言われています。確かにアカネ類は暑さが苦手のようで、ナツアカネやノシメトンボといった種類では、夏の間も低地にいるものの、林の中のような気温が低い場所でじっとしています。
アキアカネは山地で成熟し、体色が赤くなっていきます。

夏の終わりになると、アキアカネは山を下りて低地へと戻っていきます。低地に戻ったアキアカネは産卵をし、この時にも大集団になります。産卵場所は浅い止水が好みで、池やプール、水たまりにやって来ます。

・ウスバキトンボ

ウスバキトンボについて詳しくは「Vol. 196世界で最も普遍的なのに誰も知らないトンボ、ウスバキトンボの翅は本当に薄いのか?」をご覧下さい。
日本全国で見られ、東京ならば夏から秋にかけて見ることができる普通のトンボです。
夏の間ならば、開けた草地、芝生の広場などでふらふらと飛んでいる姿を見ることができます。この時もかなりの数になることがあります。
ウスバキトンボは本来熱帯性で、寒さに弱いのですが、秋でも10月ごろに最高気温が25度になってちょっと暑く感じるような日に出現する可能性が高いです。最初に書いた、私が見たトンボの大群はこれだったのです。
群れを構成するウスバキトンボの数は、状況によってまちまちです。私が見たような大群のこともあれば、視界にちらほらとしかいないこともあります。この違いの原因はわかりませんが、やはり産卵あるいは羽化と関係があると予想されます(産卵場所に集まる、またはいっせいに羽化する)。


最近は動物がたくさん現れるとマスコミなどで「大増殖」などと書かれたりするのですが、よくよく調べてみると異常でも何でもない普通の生態だったりします。今回取りあげたトンボの大群も知らない人から見ると「異常現象」かもしれませんが、どれも普通に起こりうる現象です。


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