Vol. 389(2007/12/9)

[今日の事件]フグ事件の法律学

時々、ローカルニュースとして新聞などに登場する小さな事件があります。それはフグの取り扱いに関する違反事件です。フグとは毒で有名な皆さんご存知のあの魚です。フグが事件になるということは、フグに関する法律があるということです。その法律とは「食品衛生法」なのですが…不思議なことにこの法律には「フグ」という言葉はまったく登場しません。施行令など関連の法令にも登場しません。食品衛生法にはこうあるだけです。


第六条  次に掲げる食品又は添加物は、これを販売し(不特定又は多数の者に授与する販売以外の場合を含む。以下同じ。)、又は販売の用に供するために、採取し、製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、貯蔵し、若しくは陳列してはならない。
二  有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いがあるもの。ただし、人の健康を損なうおそれがない場合として厚生労働大臣が定める場合においては、この限りでない。


「有毒な」という点がフグに当てはまるのです。これは販売だけでなく、製造や輸入などにも関わってきますので、担当する厚生労働省は当然、どのフグが有毒なのかを把握しています。では、有毒な部分を取り去ったフグなら扱ってもいいのか?誰でもフグ料理をしていいのか?など同法だけでは対応できない部分もあります。
この足りない部分を補うため、各自治体では個別に条例が制定されています。ただ、これも不思議なことにすべての自治体に条例があるわけではないようです。どうも関東以西に多いようです。やはりフグは西日本の料理であることを反映しているのでしょう。
今回はその代表として東京都の条例を見ていきましょう。

東京都のフグ条例については以下をご覧ください。

東京都ふぐの取扱い規制条例

東京都ふぐの取扱い規制条例施行規則

上の「条例」が本体で、下の「施行規則」は条例の詳細を定めたものです。これは他の法律や条例でも同じような仕組みになっていますので、本体だけを読んで理解したつもりになってはいけません。
法律の文章はわかりにくいですので、もう少しわかりやすい説明もあります。これも東京都のホームページです。

ふぐ調理師と試験

フグといえばフグを料理する人「ふぐ調理師」が有名です。これは免許が必要となります。他にも、フグを扱う施設である「ふぐ取扱所」、それを経営する「営業者」については認証が必要になります。また、ふぐ加工製品を販売する場合には届け出が必要となります。かなりがっちりと規制がかけられていますね。
この中でも特に重要なのが「ふぐ調理師」です。ふぐ調理師になるには試験に合格しなければなりませんが、受験をするにも資格が必要となります。その資格とはまずはなによりも「調理師法に定める調理師免許を持っていること」です。そして、「東京都知事の免許を受けたふぐ調理師の下で、ふぐの取扱いに2年以上従事した者」または「ふぐの取扱いに2年以上従事した者と同等以上の経験を有する者」であることが必要になります。後者は他の自治体で免許または資格を持っていることが必要です。ちなみに他の一部の自治体の免許を持っている場合、都の講習を受けるなどすれば免許が与えられます。

試験の内容は、ホームページから引用しますと、

1 学科試験の内容(90分間)
(1) 東京都ふぐの取扱い規制条例及び同施行規則に関すること。
(2) ふぐに関する一般知識
上記の(1)(2)を合わせて30問。出題方法は、マークシート方式です。

2 実技試験の内容
(1) ふぐの種類の鑑別(3分間)
■実物のふぐを5種類出題します。
(2) ふぐの内臓の識別、毒性の鑑別及びふぐの処理技術(20分間)
■ふぐの各部位を「食べられるもの」と「食べられないもの」に区別し、名称を解答します。
■有毒部位を除去し、ちり材料、皮ひき(背皮、腹皮)、刺身(半身)に調理します。

とのことです。実技試験は現場経験がなければまず通らないでしょう。素人が興味本位で受験するようなものではありません。そもそも従事経験がないと受験すらできないわけですから、資格マニアといえども簡単には手が出せないのです。

どのような種類のフグが対象になるのかは「施行規則」の別表第一に示されています。ここには、クサフグ、コモンフグ、ヒガンフグ、ショウサイフグ、マフグ、メフグ、アカメフグ、トラフグ、カラス、シマフグ、ゴマフグ、カナフグ、シロサバフグ、クロサバフグ、ヨリトフグ、サンサイフグ、イシガキフグ、ハリセンボン、ヒトヅラハリセンボン、ネズミフグ、ハコフグ、ナシフグの22種が挙げられています。
これらはフグ目の中のフグ科、ハコフグ科、ハリセンボン科に属するものですが、日本近海産のすべてが含まれているわけではありません。例えば「キタマクラ」というフグが含まれていません。まあ、キタマクラは食べるとすぐに死んでしまう(だから「北枕」)と言われているほどなので食べる人などいないということなのかもしれません。リストに入っていないものは、そもそも食用とされていないか、漁獲量が非常に少ないと考えられます。
リストでは食べられる部位(可食部位)も定められています。クサフグは筋肉、トラフグは筋肉・皮・精巣、ハコフグは筋肉・精巣、など種類によって食べられる部位が異なります。ちなみに、筋肉には骨を、皮にはヒレを含みます。部位がそれぞれ異なるのは、毒を持つ部位がそれぞれ異なるからです。これを知らずに生半可な知識で食べるのは非常に危険です。やはりフグは素人が扱うものではありません。

私はグルメではないので知らなかったのですが、ハリセンボンやハコフグも食べられるということなんですね。いったいどうやって食べるのでしょう。ハコフグは皮が非常に厚く硬くなっていて、体を曲げることができないほどです(そして断面が四角形なので「箱フグ」というわけ)。あの硬い皮を切り裂いて食べるのでしょうね。
ちなみにカワハギやマンボウもフグ目に属しています。


さて、フグの取り扱いが事件になるのは、この条例に違反することが発生するからです。例えば、この1年で新聞に載った東京都の事件を紹介してみましょう(出典はいずれも朝日新聞東京版)。

まず、「卸売会社がふぐ調理師のいない仲卸売業者に未処理フグを販売」という事件。これは無免許が問題になっています。

次は「フグの内臓を一般廃棄物(つまり普通のゴミ)として捨てた」という事件。条例ではフグそのものだけでなく廃棄物の管理方法も定められています。同条例施行規則・第12条では、「条例第十一条第一項第九号の規則で定める事項は、ふぐの運搬又は貯蔵に際して、紛失又は盗難が生じない処置を講ずることとする。」とあり、同条例・第11条5では「除去した有毒部位は、他の食品又は廃棄物に混入しないように施錠できる容器等に保管すること。」、そして同第11条6では「前号の規定により保管した有毒部位は、焼却等衛生上の危害が生じない方法で処分すること。」とあります。とにかく管理はきちんとしろ、ということです。条例には書かれていませんが、新聞によると、築地市場には「除毒場」があり、1kgあたり100円で捨てるよう決められているそうです。

そして最近のニュースは「フグ取扱の認証が無く、ふぐ調理師免許を持つ者がいない店で、フグ毒による食中毒が発生した」というもの。これは単に無免許・無認証の事件なのですが、現実に被害が発生したために発覚したという事件です。患者は入院したものの一命はとりとめたようです。
このように、フグに関する事件というものは、免許・認証についてのものか、フグの管理方法についてのものが大半のようです。

フグ事件というのは新聞の片隅にひっそりと載るような小さな事件です。しかし、人間の命に関わることがらですので軽視できるものではありません。
トリビア的知識でかまいませんので、ふぐ条例のことをちょっとでもしていてほしいな、と私は思うのです。


最後に東京都のフグ関連のページも紹介しておきます。

「食品衛生の窓」 東京都の食品安全情報提供サイト

危険がいっぱい ふぐの素人料理


[いきもの通信 HOME]