Vol. 397(2008/2/17)

[今日の事件]冷凍餃子毒物混入事件の読み解き方・その1
キーワードは「LD50

1月末から世間を騒がせてきた冷凍餃子毒物混入事件については、あらためて私がここで説明することでもないでしょう。各種の報道がなされていますし、この文章をホームページで公開した後もいろいろな展開があるはずです。

この事件は衝撃的なものでしたが、私自身にはあまり関係のないことと思っていました。最近、餃子は食べていないし、冷凍食品も買わないし…ということではありません(食べも買いもしないのは本当ですが)。この事件で有名になった言葉といえば「メタミドホス」です。これは農薬の名前ですが、日本では認可もされていないものです。ですから「いきもの通信」のネタになるようなモノではありません。
しかし、間もなく第2の言葉「ジクロルボス」が報道されるとそうも言ってはいられなくなったのです。これはちょっと大変なことになるかも…と私は思ったのです。
その理由は後で書くとして、まずはひとつの知識を知ってもらいたいと思います。


今回のような毒物事件の場合、なにやらおどろおどろしい毒の名前がメディア上で連呼されます。なじみのない名前を聞いた私たちは、「×××ってこわいよね〜」などと不安を感じるものです。しかし、実生活で致命的な毒物に遭遇するなんてことはまずありません。その毒がどれほど危険なものなのか、私たちには理解することは難しいものです。私たちは、何やら危ないモノを巡って、ただ右往左往するしかないのが実際のところです。
では、その毒の危険度を測るような、何か指標はないものでしょうか。

そのような指標は実はいくつかあります。その中で、最もよく使われているのは「LD50」でしょう。
LD50は「半数致死量」とも呼ばれます。「LD」の意味は「Lethal Dose(リーサル・ドウズ)」=「致死的な服用量」、そして「50」は「50%」つまり「半数」を表しています。つまり「ある動物にこれだけの量を投与すると半数が死亡する」ということを意味しているのです。
LD50の単位は「mg/kg」です。「1 mg/kg」という値ならば「動物の体重1kgあたり、1mgを与えると半数が死亡する」という意味になります。対象となった動物はだいたいラットかマウスですが、同じ哺乳類ということで人間の場合もだいたい同様の数値と見なすことができます。
LD50では、対象となった動物名や投与の方法も併記するのが一般的なルールです。投与方法は経口(口から飲ませる)または経皮(皮膚からの吸収)が普通使われていますが、経口の方がよく使われます。

Wikipediaの「致死量」の項目にいろいろな物質のLD50値が表になっています。ざっと見るだけでも勉強になるでしょう。

LD50値を比較する時に注意しなければならないことがあります。それは、引き算ではなく割り算で比較するということです。
例えば、LD50値が「5」と「100」を比較するならば、
引き算をして、「100の方が95安全」ではなく
割り算で、「100の方が20倍安全」と考えなければならないのです。
ただ、いちいち割り算するのは面倒です。単純化したやり方ですが、桁数を比較するのがわかりやすいと思います。上の例だと「100の方が2桁安全」と近似することができます。もともとLD50は実験条件などで値に幅が出てくるものなので、桁数の比較でも危険度のおおざっぱな評価ができるのです。

薬物・毒物などのLD50値は、ネット検索すれば見つかるはずです。例えば「メタミドホス LD50」で検索してみるといいでしょう。
ところが、今回の事件のせいで、どうもちゃんとした専門サイトにたどり着くのが難しくなっているようですね。LD50のような特別なデータについては、やはり信頼性のおけるサイトで調べたいものです。こういう場合は、「急性毒性」「急性経口毒性」といった言葉と組み合わせた方がいい検索結果になるようです。
また、「MSDS」=「Material Safety Data Sheet、化学物質安全性データシート、製品安全データシート」という言葉を組み合わせる方法もあります。このMSDSは、単に「データシート」と呼ばれることもあり、化学物質の名称や化学式、各種性質、使用時の注意、保管時の注意、毒性などなどをまとめた書類です。毒物、農薬、殺虫剤の類には必ず添付される物です。これらの言葉を組み合わせて検索してみるのもいいでしょう。


さて、実際に問題の物質のLD50値を調べてみましょう。
例えばメタミドホスはこのようなページがありました。「急性毒性」の項目にLD50=16mg/kg(ラット、経口)とあります。

ジクロルボスはこういうページがありました。ここでは、LD50=80mg/kg(♂)、56mg/kg(♀)となっています。

これはどれほどの毒性なのでしょうか。例えば国立医薬品食品衛生研究所による判定基準では、経口の場合、

LD50が50mg/kg以下は「毒物」
LD50が50mg/kgを超え300mg/kg以下は「劇物」

と分類されています。
これを当てはめると、メタミドホスは「毒物」、ジクロルボスは「劇物」となります。このことから、これらの物質が危険であり、取り扱いにはかなりの注意がいることがわかります。

上で紹介したWikipediaの「致死量」の項目から他の物質のLD50値をいくつか並べてみましょう。

ダイオキシン=0.0006〜0.002
テトロドトキシン(フグ毒)=0.01
VX=0.02
サリン=0.35
ストリキニーネ=0.6〜2
シアン化カリウム(青酸カリ)=3〜7
亜砒酸ナトリウム(ヒ素)=10
DDT=110

これらはさまざまな事件で有名になった物質ですが、メタミドホスよりも毒性が強いモノがいろいろとあることがわかります。多くの人の記憶に今も残っている「サリン」がいかに桁違いに強烈か、数字を比べれば一目瞭然です。

当然ながら、毒物の影響は使用状況や毒物の濃度などによって左右されます。LD50はひとつの指標に過ぎませんので、こればかりを気にしすぎていると別の大切なことを見落とすおそれもあります。
ただしそれでも、LD50は汎用的に使える客観的な指標でもあり、毒性を比較する場合にはとても役に立ちます。

今回の事件の一連の報道の中で「LD50」がほとんど登場してこないというのは不思議な現象です。客観的な数値を取り上げず、いたずらに恐怖をあおっているようにも見えます。


この話は次回も続きます。
次回は、今回紹介したLD50を活用してみましょう。


[いきもの通信 HOME]