Vol. 400(2008/3/16)

[OPINION]「緑の東京10年プロジェクト」の不可思議

自然環境問題を最も理解していないのは政治家の方々でしょう。
「環境問題」ならば、「リサイクルに取り組んでいます」とか「温暖化問題に取り組んでいます」という政治家もいるとは思います。最近は自民党でさえ「ガソリン税を下げると車に乗る人が増え、二酸化炭素が増加する」などと言い出すほどです。
しかし、私が問うているのは「自然環境」、つまり自然生態系保全についてのことです。これを理解し、主張に取り込んでいる政治家はいないでしょう。これは与野党問わず、です。
特に、古いタイプの政治家が環境保護を唱えだしたら「何かあやしい」「何か裏があるに違いない」と私は疑うようにしています。このような人たちは自然環境・環境問題のなんたるかを理解しているとは思えません。最近の流行だから、とか、有権者受けがいいから、とかそういう視点でしかありません。


最近、「これは変だぞ」と私が思った政策があります。それは、東京都の緑化事業「緑の東京10年プロジェクト」です。東京都在住でない方には知られていないものですので、まずは基礎資料を提示しましょう。

東京都「緑の東京10年プロジェクト」

「緑の東京10年プロジェクト」基本方針(本文)(PDF形式:1.3MB)

「緑の東京10年プロジェクト」の施策化状況(PDF形式:982KB)

この事業は簡単に言えば「10年で緑を増やします」というもので、

・緑の拠点を街路樹で結ぶ「グリーンロード・ネットワーク」の形成
・東京に、皇居と同じ大きさの緑の島が出現(「海の森」を整備)
・新たに1,000ヘクタールの緑(サッカー場1,500面)を創出
・緑化への機運を高め、行動を促す「緑のムーブメント」を東京全体で展開
・都内の街路樹を100万本に倍増

といったことが挙げられています。

「緑化が進む=自然保護・自然回復」と連想されやすいものです。しかし、この政策は私にとっては受け入れられるものではありません。非常に筋が悪い政策と言わざるをえないのです。
部分的には悪くないものもありますが、ムダなもの、やって当然なもの、実現性が疑われるものが混在していて、とても評価できるものではありません。

結論を最初に言えば、これはオリンピック招致のためだけにひねり出された政策です。
オリンピックを招致するには、「環境」をアピールすると有利だ、地元住民の参加意識も必要だ、それならば緑化事業だ!といった具合に発想されたに違いありません。「緑化」がメインなのではなく、「オリンピック」が最上位にあって「緑化」はそれに従属するものでしかないのです。
そのため、内容にはちぐはぐさがあり、すべての事業が実現可能であるという保証もありません。


もう少し疑問点を追求してみましょう。

まず、「もともと進行中だった施策を並べているだけじゃないか?」という疑問があります。
例えば「都市公園の拡張」は、土地の確保など何年もかけて準備しなければならないものです。よって、これはずっと以前から計画されたものだったはずで、今回突然現れたものではありません。
これは「海の森公園」も同様です。この場所はゴミ埋め立て地だった場所であり、いずれは何らかの形で活用されなければならなかった土地です。しかし、交通もかなり不便なこの場所をオフィス街にするのは無理があります。台場あたり(正確には青海1丁目)でさえ広大な遊休地があるというのに(ムダに広い駐車場があるあたりのことです)、さらに余分な土地が出現しても使い道に困るというものです。これも以前からわかっていることであり、埋め立て地を公園化することは既定路線のはずです。突然現れた政策ではありません。
その他の事業も既定路線がかなり多いのではないでしょうか。そういったものを寄せ集めたのが、「緑の東京10年プロジェクト」なのでしょう。「画期的」とかそういったものは私にはまったく感じられません。


次に、ボランティア頼み、寄付金頼みを強調しすぎることです。
例えば、「緑の東京募金」として「募金の目標額は3年間(平成22年度まで)で8億円」という目標が掲げられています。また、「緑のボランティア登録制度」とか「海の森苗木づくりボランティア」とか「都立公園ボランティア」とか、ボランティアが目立ちます。これはつまり、「都には金が無いから、お金持ちは寄付を、そうでない人は無料奉仕をしてください」という意味なのでしょうか。

ちょっと変だな、と思って「平成20年度予算額(案)で予算化されている事業」の項目の数字を足し算してみました。私の計算が間違っていなければ、その合計は約386億円になります。これは1年度間だけの数字であり、「3年間で8億円募金」をはるかに上回る額です。
ただし、募金を活用するのは「海の森整備、街路樹の倍増、校庭の芝生化、花粉の少ない森づくり」となっています。そこで、やはり平成20年度予算額から該当する事業の数字を合計してみましょう。その数字は約40億円です。単純に3年間同額だとすると120億円。募金の目標額8億円というのはどうにも中途半端な数字です。
(ちなみに、最近話題の「新銀行東京」に対して、東京都は400億円を追加出資しようとしています。立ち直れるかどうか疑問の声も少なくない銀行に400億円をポンと差し出そうとする政策というのも理解しがたいものです。ちなみにちなみに東京都の平成20年度の一般会計の予算額は6兆8560億円とのことです。400億円なんて安いものなんでしょうかね。)
もともと何十何百億円も投入する事業なのに、たった8億円を募金しなければならないのはなぜなのでしょうか。都民は税金を払っているというのに、さらに募金までして貢がなければならないのでしょうか。そして、上記の計算からもわかるように、これは募金に頼らなければ成り立たないような事業ではありません。募金無しでも実行可能なはずです。
にもかかわらず、都当局は募金やらボランティアに執着しているようです。

これについては次のような新聞記事を紹介しましょう。

毎日新聞「緑化募金活動:参加職員への手当支給中止 東京都」

 都市緑化を目的に東京都の職員が一般から街頭で寄付を募る「緑の東京募金街頭キャンペーン」の参加職員約1000人に対して支払われる予定の超過勤務手当が、猪瀬直樹副知事が「待った」をかけ、支給中止となった。「運動の趣旨からボランティアが当然」との考えからで、支給額は数百万円に上る可能性があった。

 キャンペーンは2日に台東区の上野公園などで予定されている。緑の東京募金はこれまで都の施設に募金箱を置くなどして一般の協力を求めていた。しかし、昨年「多くは職員がノルマを課されたうえで寄付している」と批判を浴び、猪瀬副知事が「職員が都民にきちんと意義を訴え、協力を求める姿勢が必要」として今回初めて街頭でのキャンペーン実施となった。

 所管の都環境局は先月31日、活動は職務で、実費交通費と超過勤務手当が支給されると参加者に説明。都によると、一般職員の超過勤務手当は、役職によって1時間1500〜4000円、管理職は時間に関係なく1日1万円が支給される。キャンペーンは2〜3時間の活動が予定されている。

 今回、ボランティアだと思っていた猪瀬副知事が1日に手当の支給を知り、石原慎太郎知事に伝えて支給中止が決まった。石原知事は1日の会見で、「こっけい千万な話。どう考えても逆ザヤ。こういう発想が官庁の特徴」と厳しく批判した。都の担当者は「指示を受け、ボランティア参加の意思確認をした。断る職員はほとんどいなかった」と話している。【佐藤賢二郎】

毎日新聞 2008年2月1日 21時53分 (最終更新時間 2月1日 22時41分)

東京新聞「都の緑化募金PR 職員1000人“無償奉仕” 知事、「日当なしで」指示」

2008年2月2日 朝刊

 東京都は一日、職員千人が無償のボランティアで二日の「緑の東京募金活動キャンペーン」を実施すると発表した。無償参加は石原慎太郎知事の指示によるもので、石原知事は一日の定例記者会見で「募金を集めても(日当を支給したら)逆ざやだ」と説明した。

 同募金は東京湾埋め立て地の植樹などで都民の協力を得るため創設。二〇一〇年度までに八億円集めるのが目標。二日の街頭キャンペーンは、猪瀬直樹副知事が発案。上野公園に四百人の都職員を“動員”するほか、都内主要駅前や繁華街へ繰り出し、募金を呼びかける。

 当初は日当などが支給される予定だったが、猪瀬副知事が石原知事に職員のボランティア参加を進言した。

 石原知事は会見で「猪瀬さんの指摘があるまで(手当支給は)全く知らなかった。こっけい千万。こういう発想が出てくるのが官庁だ」とまくし立てた。

 都庁職員労働組合は「職員に強制するものではいけない。ボランティアとするのはよいが、参加しないことで不利益があってはならない」と話した。

これらは代表的な記事を2つ紹介したもので、他紙でも取り上げられています。
この記事を読むと、「ボランティア活動に日当を払うなどというムダな支出を削減した都知事はエライ!」と思う方が多いのではないかと思いますが、それは正しい見方でしょうか。
むしろ、「都知事のわがままにつきあわされて、募金や無料奉仕を強いられている都職員がかわいそう」と見るべきではないでしょうか。募金にせよボランティアにせよ、それは自発的に行われるべきものであって、強制的にやらされるのは「徴発」であり「強制労働」なのではないでしょうか。都職員は断らなかったとしても、そりゃ職場の雰囲気とか人事考課とか考えると断れるものではないでしょう。これでは都職員はまるで都知事の奴隷です。
これについては「東京都庁職員労働組合公式サイト」に「オリンピック招致と連携した緑の東京募金街頭キャンペーンに対する都庁職の見解」が掲載されています。

一部を引用します。

2.都庁職としての基本的な立場

(1)緑の募金は、オリンピック招致のためのパフォーマンスであり、緑化推進は行政が行わなければならない本来業務であり、募金により行うことに疑義がある。
(2)職員がボランティアとして、自らの意志で街頭で募金活動することは妨げられないが、職務命令で街頭に立たせることは、内心の自由の侵害となる。
(3)職員を緑の募金のキャンペーンに職務命令で従事させることに反対である。
1.強要しないこと。
2.拒否した場合にも職務命令違反としないこと。
3.今後、職員自身への募金の強要を行わないこと。
4.参加したこと、拒否したこと、募金の有無等で、業績評価の対象としないこと。

まったくごもっともです。これには私も賛成です。


どうにも疑問が山積みの「緑の東京10年プロジェクト」ですが、個別の事業については私は反対しているのではありません。
都市公園の拡大も、海の森公園もやるべき事業です。学校運動場の芝生化はやって当然のことです。舗装された運動場というのは、子どもたちにとってちょっとかわいそうですよね。街路樹については、私は自然生態系の観点からあまり評価はしていませんが、やらないよりもやった方がいいだろうとは思います。屋上緑化・壁面緑化も自然生態系の観点からはあまり意味がないのですが、これは大都市の温暖化(ヒートアイランド現象)を緩和できる可能性を期待できるかもしれません(ただし、長期的なメンテナンスには不安があります)。

しかし、「緑の東京10年プロジェクト」を全体として見ると、まるで都知事がオリンピックやりたさに「緑」の名のつく事業をかきあつめて無理矢理押し進めているような様相になってしまうのです。都知事はこれまでの任期期間中、自然環境問題に積極的に取り組んだことはありませんでした。それが今になって突然「緑化!緑化!」と叫んでも信用できるものではありません。
それほど緑化事業をやりたいのなら、オリンピックとからめず、募金やボランティアに頼らず、地道に実行すればいいのではないでしょうか。


そして、最後にもうひとつ。
「緑の東京10年プロジェクト」が見通すのがたったの10年というのもなんとも貧しい発想です(オリンピック向けのポーズであることが見え見えです)。
現在、日本は人口減少期に突入しつつあります。東京の人口は当分は現状維持できるでしょうが、いずれは減少していくのは確実です。そうなれば、都市構造も大きく変化せざるをえないでしょう。緑化事業は、別の視点から見れば都市計画事業でもあります。未来の東京の姿を考えるのならば、10年という短期的なものではなく、50年、100年といった長期的な視点から構想すべきものではなかったかと思うのです。それができなかったということは、東京都首脳部の能力・想像力がその程度だということなのでしょう。


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