Vol. 425(2008/9/21)

[今日のいきもの]消えた鷺山

日本の各地には「鷺(サギ)」と名の付く地名があちこちにあります。「鷺山」「鷺沼」「鷺池」「鷺宮」…などなど。「鷺」とはあの鳥のサギのことです。これらの場所ではかつてサギが生息していたのだろう、ということは容易に想像できます。

しかし、こういった地名はただ単に「サギがいました」ということを表しているわけではなさそうなのです。そのことがわかったのはサギの集団営巣地を見る機会があったからです。


北関東の某所に、サギの集団営巣地(コロニー)があります。この場所についての詳細は伏せますが、公道からもよく見える場所にあるため観察は容易な場所です(地元の野鳥愛好家ならおそらくよく知っているはずです)。
「営巣」というのは、巣を作り、卵を産み、あたため、卵が孵化し、幼鳥が成長し、巣立っていく、という一連の過程を含みます。サギは高い木の上に、枝で組み上げた巣を作ります。鳥にしては結構大きな体を支えなければならないため、巣も大きなものになります。そして、巣はとても高い場所にあるため、幼鳥は飛べるようになるまで巣から離れることはできません。かなり体が大きくなるまで巣でじっとしていなければならないのです。
また、「集団営巣地」という名前の通り、サギは集団で営巣することがあります。木が少なければ集まることができる数も少ないのですが、大きな林やちょっとした山があれば、非常に多数のサギが集まってくることもあります。

ここまで、私は単に「サギ」とだけ書いてきましたが、サギは1種類だけではありません。誰でも知っているのは「白鷺(シラサギ)」でしょうが、実はシラサギも1種類だけではないのです。普通に見られる白いサギは「コサギ」か「ダイサギ」で、文字通り小さい方がコサギで大きいのがダイサギです。この他にチュウサギ(これも名前の通りコサギとダイサギの中間の大きさ)やアマサギ、クロサギ(白色型)といった種類もいます。その他の白くないサギには、アオサギやゴイサギなどがいます。
サギの集団営巣地に来るサギは1種類だけとは限りません。営巣地の規模が大きくなるほどいろいろな種類のサギが集まってきます。

多数のサギが集まるためには森林が大きいことだけが条件になるのではありません。周辺にサギの食欲を満たすだけの食べ物が存在することも必要な条件になります。サギの食べ物は水中や水辺の動物です。例えばダイサギやゴイサギは魚を食べます。コサギは小さな魚やエビ、カエル、水生昆虫といった小さめのものを食べます。ですから、営巣地の周辺には川や池、水田が存在するはずです。特に、水田は夏場は水がたたえられ水生動物の生息場所になります。これはサギたちの営巣シーズンとちょうど重なり好都合です。

このように、サギの集団営巣地というものは里山の自然がよく残っていることを証明する存在と言えます。しかし、現実には集団営巣地は歓迎されない存在です。

サギの営巣地で問題になること、それはフンの落下・悪臭・騒音です。
動物がフンをするのは当然のことです。が、サギの場合、幼鳥は巣から動けませんから、常に巣の下にフンを落とすことになります。飛べるようになるまでずっと毎日! ですから営巣地の中に入るということは、上からのフン落下のリスクに直面することになります。また、成鳥(親)は飛ぶことができますので、時々飛びながらフンをすることがあります。「体が大きいほどフンも大きい」の法則の通り、サギのフンは小鳥よりも、カラスよりも量が多いです。地面の上に落下すればまだ被害が少ないのですが、駐車中の自動車に落とされた場合は悲惨なものです。サギのフンは白色ですので、黒など濃い色の車の場合は悲惨さの度合いも増してしまいます。洗濯物に落とされた時の悲惨さも想像の通りです。

フンは当然、悪臭を伴います。これも「動物を食べる動物のフンはくさい」の法則通り、サギのフンはなかなかの悪臭です(逆に、植物食の動物のフンはそれほど強烈なにおいにはなりません)。しかも、動物食の中でも魚食の動物のフンは特にくさいのです…。これも普通の小鳥なら問題にもなりませんが、サギのフンは量が多く、しかも大集団がそこにいるとなると悪臭の被害は相当なものになります。近くの人家では窓も開けられないほどです。

そして騒音です。サギの鳴き声は残念ながら観賞に耐えるような美声ではありません。「ギャー」とか「ガー」とか、そういったものです。そしてまたまた「体が大きいほど鳴き声も大きい」の法則通り、サギの声はびっくりするほど大きいのです。しかも、巣から離れられない幼鳥たちがギャーギャー鳴きだすとかなりの騒音です。そして中にはゴイサギのように夜行性のサギもいるわけで、朝から晩まで一日中騒音に悩まされることになるわけです。

以上、「フンの落下・悪臭・騒音」の問題を取り上げましたが、もうひとつ問題が残っています。それは、営巣期間がかなり長い、ということです。それぞれの種類あるいは個体単位で見ると、巣作りから巣立ちまでの期間は3〜4ヶ月というところでしょうか(サギ類すべての営巣期間を調べたわけではないのであいまいですが、だいたいはこんなところでしょう)。ところが、いろいろな種類が多数集まってくるとそうはいかなくなります。まず、種類ごとに営巣の開始時期と終了時期は、ずれています。最初にある種類のサギがきて、しばらくして別の種類のサギが来る…このようにして営巣地全体の営巣期間は長期化してしまいます。さらに、同じ種類でも営巣期間には個体差があるため前後にずれが発生します。
いろいろな種類のサギが集まった場合、おおよそ半年間も上に挙げたような被害が続くこともあります。「夏の間はずっとサギ害」という状態になってしまうのです。

どうでしょう。「鷺山は豊かな自然の象徴」であっても、このような場所に喜んで住みたいという人はあまりいないのではないでしょうか。
しかし、自然というものは常に人間に好都合なものばかりでありません。こういう不都合もひっくるめて、私たちは自然を守っていかなければならないのです。自然保護とはそういうものなのです。


サギの集団営巣地を実際に見た私は、「ああ、これが本当の『鷺山』なんだな」と実感しました。昔はこういった風景はあちこちに見られたことでしょう。小さな山がまるごと「鷺山」になることもあったでしょう。池のまわりの林が集団営巣地になれば「鷺池」、神社の森が集団営巣地になれば「鷺宮」と命名されることもあったことでしょう。これらの地名はかつての自然環境を現在に伝えているのです。

しかし、現在では集団営巣地は非常に少なくなっているようです。関東平野にはいったいいくつの鷺山が残っているのでしょうか。もちろん、コサギやゴイサギは東京都内でも普通に見られるので、単独の、あるいは小規模な営巣地は各地にあるのでしょう。
希望があるとすれば、これからの日本は人口が減少していくことです。開発で森や林が切り倒されることは少なくなるはずです。その結果、これ以上サギたちが窮地に追い込まれることはないだろう、と期待できそうです。
いろいろな問題はあるものの、サギたちが安心して子育てできる場所があるということは自然環境の豊かさを表しています。うまく共存していくための知恵が私たちには必要です。


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