Vol. 441(2009/1/18)

[東京タヌキ探検隊!]東京は巨大な里山

これは書籍「タヌキたちのびっくり東京生活」でもちょっと書いたことですが、今回あらためてここに書くことにします。


皆さんは学校の社会科の授業で「関東平野」についてどのように習ったでしょうか。おそらく「日本最大の平野」と教わったことでしょう。地図帳を見てみると、関東平野一帯は緑色に塗られています。それは下の図のような感じでしょう。これは東京都の地図です。ピンク色が都県境、赤色が東京都23区です。

ほとんどの人はこの地図のように「関東平野は平らな土地」と信じていることでしょう。東京都の大半もまたその緑に塗られた範囲に入っており、奥多摩の山地を除けば平坦な地形だというのが大多数の認識です。

私は東京都23区のタヌキの情報を収集していますが、その目撃場所を地図上にプロットしていくと奇妙なことがわかってきました。タヌキの目撃は23区の西部に多く、東部では極端に少ないのです。これはいったいどういうことなのでしょう。すぐに私が思い出したのは「武蔵野台地」のことでした。東京都の大部分は実は平野ではなく、武蔵野台地という高台の上にあるのです(武蔵野台地のことを知っていたのは、「坂学会」や中沢新一著「アースダイバー」の書評を読んだことがあったからです)。
ただ、この時点では私も武蔵野台地の姿をきちんととらえていたわけではありません。それがはっきりと理解できたのは数値地図を使って武蔵野台地の姿を見ることができたからです。次の地図を見てください。これは標高100m以下を強調した地図です。

これではちょっとわかりにくいかもしれませんので、もうひとつ地図を。青枠で囲まれた領域が武蔵野台地です。

武蔵野台地の南の境界は多摩川、北の境界は荒川です。東の境界はJR京浜東北線・東海道線にほぼ一致します(これは偶然ではなく、台地の上を避けるように線路を敷いた結果です)。西は青梅市あたりまでを含みます。西の方にある2つの湖は多摩湖、狭山湖でいずれも人造湖です。
(武蔵野台地の南にあるのは多摩丘陵・三浦丘陵で、東京都多摩市や町田市など、神奈川県横浜市、川崎市が含まれる。武蔵野台地と違って細かい起伏がある地形であることがわかる。)

こうして見ると、東京都の大部分が武蔵野台地であり、この台地は低くなだらかな地形になっていることがわかります。非常になだらかで、目立った山がないために、ここが台地であると認識するのは意外に難しいものです。

こうやって武蔵野台地の形をはっきりと認識した時、東京都23区のタヌキの分布が武蔵野台地とよく一致することに私はすぐ気がつきました。タヌキの目撃は23区の西部に多いのですが、これは武蔵野台地の上にあたります。荒川や江戸川、中川の河口部では目撃が少なく、この一帯は低地帯になっています。
23区のタヌキの目撃情報を整理し検討していくと、タヌキの分布はおそらく西の方、つまり武蔵野台地上を西へとつながっていることが推測されました。武蔵野台地の西部には狭山丘陵があり(多摩湖、狭山湖の一帯)、この周辺の広い範囲にタヌキがいるのは確実です(狭山丘陵は「トトロの森」でも知られています)。東京都23区のタヌキたちは、おそらくこの西側の個体群ともつながっているはずです。
こう書くと、23区と23区外は切り離されたもののように思えますが、動物や植物には人間が引いた行政境界など関係ありません。これらは切り離されたものではなく一体のものであると考えるべきでしょう。つまり、武蔵野台地は全体がひとつの自然環境圏を成しているのです。さすがに「自然環境圏」という言葉はわかりにくいので、それに代わる言葉を考えた方がよさそうです。これにぴったりの言葉、それは「里山」ではないでしょうか。

「武蔵野台地は里山」ということは「東京都は里山」という意味にもなります。東京都が里山のわけがない!と多くの人は笑うことでしょう。確かにここで言う里山は、一般的な里山の定義とは少々異なるものです。
「里山」の定義は一定していませんが、例えば大辞林第三版(三省堂)による「集落の近くにあり、かつては薪炭用木材や山菜などを採取していた、人と関わりのふかい森林。」という説明は十分適切でしょう。実際には必ずしも「森林」である必要はありませんし、最近の流行だと「生物多様性」という条件も入ってくるかもしれません。おおざっぱに定義すれば「人間と共存している自然環境」と言うこともできるでしょう。
「里山」の一般的なイメージは「農村」というものです。これに「山」や「川」があればさらに里山らしくなります。

東京都はこれらのイメージにはそぐわない面があるのは確かです。都心部には緑が少なく、農業地も少ないものです。
しかし、タヌキという観点から東京都=武蔵野台地を考えると別の面も見えてきます。タヌキは武蔵野台地のほぼ全域に広く生息しています。そして、タヌキは武蔵野台地の生態系では(哺乳類としては)頂点に位置しています。競合相手はキツネですが、キツネの生息できる領域は武蔵野台地上では限られています。
生態系の頂点にいるタヌキが生息しているということは、タヌキを支える(つまりタヌキの食べ物になる)動物や植物がそれなりに多く存在するということを意味します。都会のタヌキは生ゴミなどの人間由来物も食べていますが、自然由来物もしっかりと食べています。実は東京都にはタヌキの生活を支えるだけの自然環境がまだ残っているのです。
このような視点から武蔵野台地を見ると、そこには意外と緑地があることがわかります。狭山丘陵一帯は緑の宝庫ですし、台地のあちこちには農業地もまだまだ残っています。「里山」というと水田風景がイメージされることが多いようですが、東京都の農業のほとんどは畑作です。そのため、里山っぽいイメージと違うように思われているのかもしれません。
東京都が畑作中心であるのには理由があります。水田にはかなりまとまった水が必要になりますが、台地の上ではその水を確保することは難しいものです。そのため、武蔵野台地上の農業の発展は遅かったはずで、本格的に発展したのは江戸時代に玉川上水が完成してからになります。それでも水田だらけにするには水量が足りませんので、畑作中心にならざるをえなかったのです。

このようにして見ると、武蔵野台地は「巨大な里山」と呼んでもいい存在であることがわかります。そして、これはまた「東京都も巨大な里山」ということになります。自然環境と都会が共存しているという実態は、まさに里山にぴったりとも言えます。そして、武蔵野台地を代表する動物としては、やはり私はタヌキを推薦します。
「東京」というと、そのイメージは「超高層ビルが林立する世界的な大都会」というものでしょう。しかし、超高層ビルがあるのは全体のほんの一部であり、全体としては「里山」の要素をまだ多く残しています。そして日本が人口減少期に入った今、「都会」が武蔵野台地全域を侵略し埋め尽くす可能性はほとんどなくなりました。これから(少なくとも100年間)の東京は、都会と自然環境を両立させることが重要な目標になるでしょう。

「東京は巨大な里山」、これは21世紀の新しい東京観であり、そのイメージが定着することを私は願います。

東京都23区内での最新のタヌキ情報については
東京タヌキ探検隊!
のページをご覧ください。

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