Vol. 443(2009/2/8)

[今日のいきもの]日本のスズメの生息数が判明!

動物の研究で意外と見落とされてしまいがちなのは、ある動物がどれだけ生息しているのか、ということです。絶滅の危機にある動物ならば、何頭あるいは何羽いるかを把握することは絶対必要ですので、非常に正確にわかっていることもあります。しかし、どこにでもいるような動物の場合はまったく調べられたことがないということも珍しくありません。また、正確に算出することが難しいため誰も調べていなかったという場合もあるでしょう。

スズメは日本では最も有名な野鳥です。ヒヨドリやムクドリやハクセキレイは知らなくても、スズメなら誰でも知っているでしょう。しかしながら、日本全体での生息数はこれまで算出されたことはありませんでした。
最近、新聞などで紹介されたこともあるのでご存知の方もいるでしょうが、その答えがついに出されました。

スズメの生息数を推定した論文は、NPO法人バードリサーチのホームページで公開されており、PDFファイルをダウンロードすることができます。研究者自身による文章が読めるわけですから、ぜひ読んでみてください。内容もそれほど難解ではありません。

「日本にスズメは何羽いるのか?」三上 修

この研究をしたのは、日本学術振興会特別研究員・立教大学の三上修氏です。

動物の生息数を調べる場合、その数をひとつひとつ数えていくことは現実的ではありません。特定の範囲に少数だけが生息する場合なら数えることも不可能ではありませんが、スズメのような普遍的な動物の場合には無理なことです。
そこで、この調査では5つの環境別にスズメの巣の密度(面積当たりの巣の数)を調べ、その値を日本全国に拡大することで生息数を求めました。その5つの環境とは、「住宅地」、「商用地」、「非都市部(農村など)」、「その他(ゴルフ場や大規模公園)」、「非繁殖域(森林など)」です。最後の「非繁殖域」とはスズメが生息していない森林のような場所のことです。スズメは山奥には生息しておらず、人間の近くで生活しているのです。
実際の調査地に選ばれたのは、秋田県、埼玉県、熊本県の3地域で、これは気候(気温)の違いによる差があるかもしれないこと考慮したためです。それぞれの地域で5つの環境にあたる場所を複数選び、そこを調査しています。個々の調査の範囲は約500m×約500mです。ちなみに、このような調査では「標準地域メッシュ」という統一された区画コードが利用されます。これは日本全国を緯度・経度で区切って、それぞれに数字で番号をつけたものです。

それぞれの調査地域では、繁殖期にスズメの巣を数える調査を行っています。スズメの巣なんて見たことない、という人はとても多いでしょう。そんな簡単に巣を探せるの?という疑問もあるかもしれません。実際に巣そのものを探すのは難しいのですが、注意して観察すればスズメの巣がある場所はわかるものです。それは例えば、民家の軒先、換気扇口、電柱の変圧器の下などにあります。繁殖期(東京では5月前後)に住宅街を歩いていると、スズメがそういう所から出入りしていたり、ヒナと思われる鳴き声が聞こえたりします。そういったことから巣があることがわかるのです。私が普通に住宅街を歩いていても毎年いくつかスズメの巣に気づきます。皆様もちょっと気をつけてみると発見できるかもしれません。
この研究では、さらにスズメの警戒行動が見られた場合も「巣」として数えています。巣そのものを数えているのではないものの、近くに巣があることが推測され、巣には必ずつがいがいるわけですからスズメの個体数を同時に数えていることにもなるのです。
論文には、日の出15分後に調査を開始した、とか、同じ道を最低3回は通るようにした、といった調査のノウハウも書かれています。

こうして調べた巣の数を整理して計算した結果、日本全国の巣の数は約900万とはじきだされました。巣にはオス・メスのつがいがいますから、スズメの数は約1800万羽となるわけです。論文の筆者も多少の誤差の可能性は認めていますが、数千万羽のレベルで生息することは間違いないようです。
なお、この生息数は巣で生まれたヒナの数までは数えていません。ヒナが生まれた段階で、この生息数は数倍にはね上がるのは当然のことです。1800万羽というのはスズメの数が最も少ない春の時点での生息数ということになります。


1800万羽という数、あなたは多いと感じたでしょうか。それとも少ないと感じたでしょうか。
私の予想は、日本の人口程度、つまり1億羽ぐらいはいるのではないかと考えていました。スズメは全国で普遍的に見られる鳥ですから、それぐらいいても不思議ではないからです。しかし、この論文の結論はそれよりも1桁少ない数です。私が思っていたよりもずっと少ないことになります。
スズメが思ったより少ない理由は、スズメが人間生活と密接であることを意味しているのでしょう。つまり、スズメは住宅地や農業地など、人間がいる場所で生活しているということです。山奥にはスズメは生息していないのです。
そして、スズメが巣を作るのは建物や電柱、橋脚などです。すべての民家にスズメが巣を作るわけではありませんから、スズメの巣の数は世帯数よりもずっと少ないと推測できます。日本の世帯数は約5000万世帯だそうです。推測されるスズメの巣が約900万ですので、確かに実際のスズメの生態に一致しているようです。

この論文で調べているテーマは非常に単純なことです。しかし、これまで誰も調べていなかった面白いテーマです。科学が進歩した現在、生物のことはたいていのことがわかってしまっているように思われているかもしれませんが、このように単純そうなことすらわからないことが多いのです。
生息数を調べる、というのは中でも意外と調べられていない分野でしょう。アズマヒキガエルは何匹いる、とか、シーボルトミミズは何匹いる、とか、オニヤンマは何匹いる、とかとか…。私たちはこのような基礎データすら知らないのに「自然が破壊されている」とか「数が減っている」とか言っているわけです。こういう研究はもっといろいろな動植物で行われるべきテーマではないでしょうか。


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