Vol. 464(2009/9/13)

[今日の本]アシモフの科学エッセイ

「いきもの通信」を書き始めて10年たちました。この「いきもの通信」には何かお手本になったものがあるのか?という質問を受けたならば(実際はそんなことはありませんでしたが)、その答えは「お手本はあります」です。
10年前のころは、個人のホームページは何かのテーマを持っていることが多いものでした。最近のブログではテーマを特に定めず、だらだらと日記風になっているものがとても多いのですが、読むべきテーマのないホームページ/ブログなど情報的価値はありません。何らかのテーマを持つことはとても大事だと私は今でも思います。
私が書けることは何かを考えた時、それはイラストと動物でした。イラストの方はホームページに作品を載せていけばすむので難しいことではありません。動物の方は、ちゃんとした文章を定期的に掲載していく必要がある、と考えました。その内容は、専門用語を並べたものではなく、一般向けのわかりやすいものを、というのが当初からの方針でした。そのお手本と言えるものがアイザック・アシモフの科学エッセイ・シリーズでした。


アイザック・アシモフ(1920-1992)は20世紀最大のSF作家です。「われはロボット」をはじめとするロボットもの(ロボット工学の3原則でも有名)や未来の銀河系を描いたファウンデーション・シリーズ(銀河帝国の興亡)が代表作です。
アシモフの詳しい解説はWikipediaに任せることにしましょう。

アシモフはSF以外でもさまざまな業績を残しましたが、中でも重要なのが「科学エッセイ」シリーズです。これは月刊誌に掲載されたもので、毎回いろいろな科学のトピックを取り上げ、解説していく内容です。その内容は難解ではなく、高校生レベルでもついていける程度のものです(一部はそうもいかないですが)。私自身も高校生の頃、熱心に読んだものでした。
「いきもの通信」を始めるにあたって念頭にあったのが、この科学エッセイでした。さすがにアシモフ博士レベルの濃い内容をいきなり書けるものではありませんでしたが、今でも理想の目標はそこにあります。

この科学エッセイは現在でも入手可能です。以下は早川書房のハヤカワ文庫NFで刊行されているもので、全15巻あります。後につけた年は原書の刊行年です。ハヤカワ文庫の刊行順と原書の刊行順は一致しませんのでご注意ください。
なお、15巻目はなぜかずっと増刷りされておらず、古本を入手するしかありません。

1 空想自然科学入門 1963年
2 地球から宇宙へ 1963年
3 時間と宇宙について 1965年
4 生命と非生命のあいだ 1967年
5 わが惑星、そは汝のもの 1971年
6 発見・また発見! 1969年
7 たった一兆 1957年
8 次元がいっぱい 1964年
9 未知のX 1984年
10 存在しなかった惑星 1976年
11 素粒子のモンスター 1985年
12 真空の海に帆をあげて 1986年
13 見果てぬ時空 1987年
14 人間への長い道のり 1990年
15 宇宙の秘密 1991年

この他にも文庫では以下のものがあります。

「変わる!」河出文庫1981年
「アシモフの雑学コレクション」新潮文庫1979年

「変わる!」は古本で入手するしかありません。
他にも単行本で科学エッセイものがありますが、古本ばかりです。

アシモフの科学エッセイは今読んでもとても面白く、勉強になります。科学に興味がある高校生や大学生にはぜひお薦めしたい本です。しかし、アシモフの死から20年近くがたち、多少の問題が出てきました。
それは内容が古い、ということです。最も問題なのは天文学の分野です。わかりやすい例では、木星や土星などの衛星の数は当時よりかなり増えています。アシモフの科学エッセイの中には1950年代のものも含まれますので、今となってはかなり古い情報です。現在では太陽系探査機によって当時は知られていなかったこともいろいろと解明されました。近年の天文学ではダークマターやダークエネルギーが大きな話題となっていますが、アシモフの時代にはまだそこまで到達していませんでした。
同じようなことは物理や化学のエッセイでも言えますが、「科学の発見発明」の歴史自体は未来になっても変わるものではありませんから今でも通用します。原子の正体が徐々に明らかになっていった19世紀から20世紀にかけての歴史は、さまざまな科学者がさまざまな視点から取り組んできたものであり、その思考過程や人物のつながりは大河ドラマのようです。
ちなみに、最後の第15巻になると、フラクタル、アインシュタイン・リング、低温核融合といった現在に通じる内容を読むことができます。アシモフは当時の最新の話題も積極的に取り上げていたことがわかります。
「フロンによってオゾン層が破壊される」というのは今では常識ですが、このことを指摘した論文を当時いち早く取り上げたのもアシモフの科学エッセイでした。

科学エッセイは「科学」を取り上げていますが、弱い分野もあります。それは生物学です。学者としてのアシモフの専門は生化学ですが、これは分子レベルの世界が対象であり、動物学や植物学とは異なるジャンルです。残念ながらアシモフは動物学や植物学には興味が無かったようで、「いきもの通信」で取り上げているようなテーマはほとんど扱っていません。その意味ではアシモフの科学エッセイは「いきもの通信」のお手本とは言えません。
ですが、その精神は見習っているとはっきり言えます。また、「いきもの通信」はアシモフが手を出さなかった分野を補完するという意味もあります。

アシモフの科学エッセイが過去のものになりつつある現在、私たちに必要なのは今の時代に合った科学解説書ではないでしょうか。ますます複雑になる科学をわかりやすい言葉で解説し、多くの人に正しく理解してもらう。そして、若い世代への科学の入門書ともなる。そういう本です。
その役割を少しでも担えるよう、私は「いきもの通信」を書いています。


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