Vol. 474(2010/1/10)

[OPINION・東京タヌキ探検隊!]東京タヌキと生物多様性

「生物多様性」という言葉が今年2010年はよく聞かれそうです。というのは、今年10月に愛知県で「生物多様性条約第10回締約国会議」(COP10)が開催されるからです。おそらくメディアなどでもいろいろと紹介され、それなりに盛り上がるでしょう。ただ、この会議はお祭りイベントではないので、ちゃんと中身のある討議が行われるよう願わずにいられませんが…。

さて、その「生物多様性」、この意味は世間にどれほど理解されているでしょうか。
大辞林・第3版によると、「遺伝子・生物種・生態系それぞれのレベルで多様な生物が存在していること。」と書かれています。つまり、「たくさんの生物がいること」であり、それを守ろう、というのが生物多様性条約の趣旨なのです。難しくもなんともないことですよね。生物を大切にしましょう、生物が絶滅しないようにしましょう、ということです(「生物」=「野生生物」と考えるべきでしょう)。ただしこれは「生物種の多様性」に相当するものです。
「遺伝子の多様性」というのは、ひとつの種の中でいろいろな遺伝子差があることです。例えばトキやトラのように現在の生息数が少ない場合、遺伝的な多様性が少ないことになります。このままではちょっとした環境変化や感染症などであっというまに絶滅しかねません。ある程度の生息数が確保される必要があるのです。
「生態系の多様性」とは、森林、草原、砂漠、湖沼などなど生物が生息する環境がいろいろあることです。さらに、森林といっても熱帯、温帯、寒帯では異なる姿をしていますし、日本国内だけでも地域によっていろいろな森林があります。こういった自然環境のバリエーションを保全することも大切なのです。

このように、「生物多様性」はそれほど難しい理屈ではありません。しかし、「遺伝子」だとか「生態系」だとかも扱うとなるとわかりにくくなってしまいます。
そして最も問題なのは、「生物多様性なんて自分には関係がないことだよね」と多くの人が考えてしまっていることです。
特に都市住民にとっては、「自然」とか「生物多様性」だとかいうのはどこか遠くの世界の話にしか聞こえないでしょう。北海道とか離島とか、アフリカとかガラパゴスとか、そういう所にだけ存在するもの、自分には関わりがないことだと思っているはずです。
しかし、東京タヌキを見てきた私は、そうではない、生物多様性は私たちの足下にある問題なのだということを指摘せねばなりません。そう、あなたの足下にあるのです。

東京都23区にタヌキが約1000頭生息していることは、既にいろいろなところで書いたことですし、疑いの余地はありません。
東京都23区において、タヌキは生態系ピラミッドの頂点に位置する動物です。生態系ピラミッドとは、理科の教科書などで見たことがある人が多いでしょうが、底辺に植物があり、その上に植物を食べる動物がいて、その上にそれを食べる別の動物がいて、…というようにピラミッド型(三角形)の層状構造をしている模式図のことです。頂点に立つ動物はとしてはライオンがよく使われています。しかし、東京都23区にはライオンとかオオカミといった、タヌキを捕って食う動物は存在しません。よって、タヌキが一番上、頂点に立ってしまうのです。
これを逆に考えてみましょう。タヌキがいるということは、タヌキが食べる動物や植物がそこに存在しなければなりません。つまり、ある程度の大きさの自然環境がそこにあることになります。しかもタヌキは1000頭もいるのです。1000頭を支えるほどの自然環境が東京都23区には存在しているのです。都会生活をしていると、「え? そんなに自然があったかな?」と思われるでしょう。しかし、自然は確かに存在しているのです。それに気づいていないだけなのです。

信じられないのならば、タヌキの生態を考えてみましょう。
タヌキは雑食で、動物性のものも植物性のものも食べます。動物性の食べ物のメインは昆虫類です。また、鳥やカエルやネズミのような哺乳類も食べています。植物性の食べ物は、まず果実を好んで食べます(柿、イチョウ、ビワなど)。雑草も食べているようです。
このように、タヌキはいろいろなものを食べて生きています。タヌキが生息しているということは、自然環境が存在することの証明にもなるのです。
そう、生物多様性は都会に生活する人たちの足下にも存在するのです。どこか遠い場所だけにあるものではないのです。
もちろん、都会の自然は小さいものです。知床や屋久島や、アフリカのサバンナに比べれば小さな小さな自然環境です。しかしこれもまた立派な「生態系」なのです。「無くてもいいもの」ではないのです。

(注:都市部ではタヌキは生ゴミも食べているのは間違いありません。ですが、100%生ゴミに頼っているわけではなく、自然物も食べています。)

「生物多様性」「自然保護」などというと、「私には縁のないもの」と思っている人が今の日本ではほとんどでしょう。特に大都市住民はそう信じているはずです。
しかしこれらは私たちの足下に厳然と存在しているのです。もっと目を見開いてください。
そう言われても信じられない人もいるでしょう。そういう場合はある動物に注目して観察するといいでしょう。タヌキでもセミでもチョウでもカエルでも野鳥でもかまいません。私たちのすぐ近くにいる動物たちに注目してみましょう。そうすれば必ず見えてくるはずです。

東京都23区内での最新のタヌキ情報については
東京タヌキ探検隊!
のページをご覧ください。

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