Vol. 478(2010/2/28)

[今日の事件]野良猫もタヌキもそっとしておいてほしい

iPhoneと言えばアップル社が作った高機能な携帯電話、ということは説明するまでもないでしょう。テレビCMにも登場してますし、iPhoneを持っている人の数もけっこう増えてきているようです。ちなみに私は電話機能の無いiPod touchを使っています。iPhoneもiPod touchもOSは同じですので電話など一部の機能を除けば同じように扱うことができます(以下ではiPod touchもまとめてiPhoneと書きます)。

iPhoneの特徴は、電話や音楽プレーヤーといった普通の携帯電話にもあるような機能だけでなく、後からいろいろなアプリケーションを追加していくことができます。例えば、予定表、メモ帳、データベース、ボイスメモ、辞書事典、計算機、ゲームなどなどいろいろなアプリケーションを追加できます。また、ネットにつなげることも簡単にできますので、メールはもちろんホームページ閲覧、天気予報、最近はやりのツイッターまでパソコン並みのことまでできてしまいます。使っていてなかなか面白いデバイスです。


さて今日の本題はここからです。そのiPhone用のアプリケーションとして、「ノラ猫マップ」なるものが先日公開されました(2010年2月23日)。
これは利用者が地図上にネコの写真とコメントを記録していくことができるアプリケーションです。誰でも利用でき、誰でも閲覧することができます。あなたが近所のネコの写真を撮り、それを地図に記録すれば全国の人がこれを見ることができるのです。
へえ、面白そうだな…と思ってしまう人は多いでしょう。あんなところ、そんなところにこんなかわゆいネコちゃんがいるのか!ということがわかって、見るだけでもいやされそうです。
しかし、これはかなりまずい仕組みであることに気づく方も多いでしょう。野良猫に人が殺到したり、追い回されたり、果ては誘拐までされてしまうのではないか…と懸念されるのです。誘拐はおおげさだとしても、ネコをいじめる人は確実に存在します。ネコにとってはリスクが増大しかねないおそれがあるのです。
アプリケーションの開発者が単に「面白そうだから」と考えて作ったのだとしたら、非常に思慮の浅いものだと言わざるを得ません。また開発者が、野良猫は誰の所有物でもないのだから写真の公開はかまわない、と考えているとしたら、それは間違いです。近年、野良猫の自主的な管理、いわゆる「地域ネコ」という考え方はかなり広まっており、東京都23区内ではかなりの範囲で公的・私的な地域ネコ活動が見られます。そのような場所では野良猫であっても誰かが見守っており、避妊去勢手術やエサやりなど何らかの形で管理されています。「飼いネコ」ではありませんが、それに近い状態であると言えます。確かに厳密には地域ネコは誰かの所有物ではありません。しかし、それを場所を特定できる形で全国にさらすというのはどうかと思うのです。地域ネコの管理者の許可なくそのようなことをするのはすごく失礼ではありませんか? また、一見野良猫に見えるネコでも実際には飼い主がいることもあります。飼い主の知らないところで情報が流通するというのはよろしくないと思います。

この問題は「個人情報の公開」と比較してみるとわかりやすいかもしれません。
あなたがホームページやブログを作ったとして、本名や顔写真や住所を全部ネット上にさらしたりするでしょうか?(名前を売り込みたい芸能人などなどは別として)
普通の人はそのような個人情報は慎重に隠すでしょう。ブログに載せるプライベートな写真も場所の特定ができないように気を使うのではないでしょうか。自分のことにはそれだけ慎重になるのに、相手が野良猫なら個人情報を公開してもいいのでしょうか?

「ノラ猫マップ」の開発者は直ちに公開を中止してほしいものです。
私の考えに賛同される方はぜひ各所でこのことについて発言をしてください。ご協力をお願いします。


開発者には既に抗議が届いているようで、ブログに2月26日付けで「作者の「ノラ猫マップ」に対する考え」という記述が掲載されました

この文章について、ここで私(宮本)がコメントをしたいと思います。

ブログ→「しかし私は、この問題に対して単に公開を取り辞めるという方法は、必ずしも正解でないと考えています。
そもそもノラ猫をそっとしておけば虐待が減るという訳ではありません。」

宮本コメント→しかし、「ノラ猫マップ」によって虐待が減るわけではないでしょう。むしろリスクが高くなると予想されます。問題があるアプリケーションを公開し続けるよりも、直ちに非公開にすべきでしょう。

ブログ→「これらを実現する為に、「ノラ猫マップ」では下記を実施したいと思います。
1)ユーザにノラ猫を取り巻く問題を正しく認識して頂いた上で、自分の地域に住むノラ猫を見守って行けるよう啓蒙を行います。
2)広告収入(今後、アプリの有料化を行うならばその売上)の一部をノラ猫の不妊手術などに役立てる様に寄付します。」

宮本コメント→1と2いずれも具体的なプランを提示してほしいものです。1については、既に地域ネコに取り組んでいる人たちにとっては釈迦に説法でしょう。それに啓蒙を行うってどうやって? 実際にやってみると難しいものですよ。2については、収入・寄付などのお金の流れを公開することも必要でしょう。そこまでやらないと信用は得られません。

ブログ→「もちろん上記に加えて極力、システム的な改修により未然に虐待を防げるような配慮(例えば地図を詳細にズーム出来ない等)を致します。」

宮本コメント→地図のズーム倍率を制限する方法では、写真が多くなると地図画面がごちゃごちゃして操作しにくくなってしまいます。インターフェイス的に良い解決方法ではありません。

どうも開発者は抗議を「ヒステリックな反応」と軽く見ているように思えますが、それは違います。抗議の声は組織的に先導されているものではありません。全国各地の地域ネコ担当者それぞれが共通して持っている声なのです。もっと真剣に向き合ってほしいものです。地域ネコ担当者から直接話を聞いたり、活動の様子を見学したりということを勧めたいです。


開発者に対して、私からひとつ改善案を提案したいと思います。それは、

・地図情報を利用しないこと

です。
例えば場所の情報は区市町村の名前だけでも十分ではないでしょうか? それ以上の場所情報は必要ありません。それならば飼い猫でも野良猫でも安心して写真を公開できるでしょう。また、イヌ派の人たちも参加できるでしょう。いかがでしょうか?

現在の仕様(version1.0)については別の懸念もあります。投稿された情報の管理は誰がどうやって行っているのでしょう? まさか、管理者がいないなんてことはありませんよね。個人情報や詳細すぎる位置情報、その他誹謗中傷の類などが投稿された場合、どう対応しているのでしょうか。投稿数が増大すると管理の手間は相当大変なものになってしまうでしょう。管理者は情報の取り扱いのルール・方針を示すべきだと思います。


ここで話は変わります。
「動物と地図情報」というと、私がやっている東京タヌキの調査研究も似たようなことをやっています。タヌキの目撃情報を収集し、それを分布地図の形で公開しています
その分布地図を見ていただくとおわかりのように、2kmメッシュ地図を使っているため詳細な場所の特定はできないようになっています。これは個人情報に配慮するために考えた方法です。
タヌキの目撃情報はほとんどがメールによるものですが、かなり正確に場所を教えていただいています。平均誤差は約58mで、調査研究目的としては十分な精度を得られています。ただ、正確な位置情報は個人情報とも密接にからんできます。例えば、民家の庭にタヌキが来た、という例はこれまでにいくつも例がありますが、その民家の住所をそのまま一般に公開してはいけない、というのは誰でもわかる常識です。しかし、私の調査の目的はタヌキがどこにどのように分布しているかを明らかにすることであり、その成果は何らかの形で公開しなければなりません。この対立する条件をクリアーするためにはどうすれば良いのか? その答えがメッシュ地図なのです。こうすれば場所が特定されるおそれはまずありません。ですからタヌキの目撃者は安心して私に情報を教えてくれるのです。
それでも「タヌキ調査に大勢で押しかけてくるのではないか」と心配される方がいるようですが、東京タヌキの調査研究は私1人だけでやっていますので広く迷惑になることはありませんし、よほど好条件がそろわない限り現場に行くこともありません。「たまたま夜道で出会った」という目撃情報の場合、同じ時刻、同じ場所に行ったとしてもタヌキを目撃できる可能性は極めて低いものです。ですからその程度では現場に行くことはありません。2009年は150件以上のタヌキ情報がありましたが、現場に行ったのは3件ほどですね。後日現場近くを歩いて回る、という回数はもう少し多いのですが。
とにかく、地域住民に迷惑をかけない、というのは特に都市部では気をつけなければならないことです。

また、タヌキにも迷惑をかけてはいけません。
私が常に気をつけているのは、「タマちゃん事件の再現をさせてはならない」ということです。「タマちゃん」とは、(もう忘れかけている人が多いかもしれませんが)2002年夏に最初に多摩川で目撃されたアゴヒゲアザラシのことです。この時、タマちゃんを見るためにとんでもない数の人々が押し寄せ、さまざまな大小の事件を引き起こしてしまいました。商売をしている人にはうれしいことかもしれませんが、地域住民にとっては迷惑だったことも少なくなかったはずです。
タヌキで同じようなことが起こった場合、地域住民の迷惑になるのはもちろんのこと、タヌキにとってもストレスになってしまうのは間違いありません。
そんなことを繰り返してはいけない! というのが私のタヌキ調査研究の基本方針です。


「ノラ猫マップ」でもタヌキの調査でも、まず考えなければならないのは人への配慮、動物への配慮です。これは実行者の「責任」です。「面白けりゃ何をやってもOK」ではありません。行動がもたらす結果を想像することが必要なのです。

以上の記事は2010年3月1日、午前0時時点でのものです。

※2010年3月7日追記

「ノラ猫マップ」は2010年3月3日にversion1.1が公開されました。このバージョンでは地図の最大拡大率が以前より低く抑えられています。その結果、上に指摘したように写真が集中している地域では個別の写真の選択が難しくなってしまっています。これは最初から予想された問題点です。これを解決するには、やはり私が指摘したように地図を使わないようにするのがいいでしょう。

一方で、作者側の態度には疑問があります。ブログからは「作者の「ノラ猫アプリ」に対する考え」の文章が削除され、それに対するコメントもまとめて消え去ってしまいました。作者が積極的に発言している様子もありません。これではますます反対派の不信感を高めてしまうでしょう。作者が自分の考え方が間違っていないと思うならば、もっとていねいに、積極的に意見を表明するべきです。
また、作者は地域ネコの活動の実情をよく理解されていないようです。現場の人たちから話を聞く機会をぜひ作ってください。


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