Vol. 482(2010/4/18)

[今日の事件]マグロとワシントン条約

2010年3月、クロマグロの取引が規制されるかもしれない、というニュースが新聞などメディアで報じられました。寿司屋でマグロが食べられなくなるのか?と心配された方もいたかもしれませんが、既に報じられた通り、当面の制限は無いことになりました。

今回、マグロの取引制限について話し合われたのは「ワシントン条約締約国会議」、つまりワシントン条約について国際会議です。そのワシントン条約とはどのようなものなのかについては以前に書いたことがありますのでその記事をお読みください。

Vol. 237(2004/9/19)[今日の勉強]絶滅の危機の指標、ワシントン条約とレッドリスト/ワシントン条約について

(ワシントン条約は国際的には「CITES」の名で呼ばれることが普通ですが、なぜか日本では「ワシントン条約」でしか知られていませんので、ここでも「ワシントン条約」と書くことにします。)

簡単に言うとワシントン条約とは「希少な動物・植物の国際取引を制限する国際的な取り決め」です。異なる国の間での取引を禁じているのであり、あるひとつ国の中での流通は制限していません(EUはひとつの国として扱う)。ですが、それほど貴重な動物・植物なら国内でも何らかの保護がされているのが普通でしょう。

これまでワシントン条約が扱ってきたのは主に陸上動植物でした。海棲動物ではクジラ・イルカ類(クジラ目)が対象になっていましたが、魚類が取り上げられるようになったのは、近年の傾向です。陸上動物についての議論はだいたい決着がついてしまったために、新たな方向へ動き出したと言うことができるでしょう。

ワシントン条約が海棲動物をあまり扱ってこなかった理由は2つあります。
まず、実態がわかりにくいことです。海は非常に広く深いため、特定の動物の生息数を正確につかむことが難しいものです。客観的なデータ無しに絶滅しそうかどうかを判定することはできません。
また、海棲動物、特に魚類は野生動物としてよりも「漁業の対象」としてとらえられることが多いことも理由です。つまり「食料資源」と主に考えられてきた経緯があるため、漁業問題として協議されることがほとんどだったのです。例えば、今回取り上げられたの大西洋産クロマグロについては、「大西洋マグロ類保存国際委員会」(ICCAT)というものがあり、これまではここで協議されてきました。他の海域のマグロ類にも同様の国際委員会があります。

大西洋マグロ類保存国際委員会(外務省の解説ページ)

漁業に関する国際機関・条約(外務省の解説ページ)

ICCATで話し合われていたことが、突然ワシントン条約の議題になったのですから違和感があります。規制側にとっては「あらゆる方面からの働きかけ」という意味があるのでしょうが、事態が複雑化してしまうおそれもあります。例えば捕鯨問題が同様で、クジラ・イルカ類はワシントン条約の対象であると同時に国際捕鯨委員会(IWC)でも果てしない議論が続いています。
マグロも話をややこしくしないために、二重の議論は避けてほしいものです。

ワシントン条約締約国会議は毎年開かれています。タイセイヨウクロマグロについては来年も取り上げられることが確実です。この議論は決着がつくまでに延々と繰り返されることになるでしょう。
ただ、規制が否決された今回の会議について、「ああよかったね」という声が上がってくるのにはちょっと異論を言わなければなりません。タイセイヨウクロマグロの漁獲量が減少しているのは事実で、これまで通りに漁獲を続けていると本当に絶滅の危機におちいってしまうかもしれません。現状を慎重に分析すると同時に何らかの漁獲規制が行われるのは仕方がないと思われます。タイヘイヨウクロマグロの生息数はあまり変化がないとされていますので、今後はタイセイヨウクロマグロに頼らない方向を探っていくことを考えるべきでしょう。また、大西洋以外の海域でも持続的に漁業を維持できるような方法を今の内から考えていかなければならないでしょう。
世界で一番マグロを食べている日本人は、マグロの未来にも責任ある行動と態度を示すべきです。


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