[東京タヌキ探検隊!・今日の事件]東京・大手町タヌキ捕獲事件
2010年11月、東京の都心である大手町のビル地下でタヌキが捕獲されるという事件がありました。テレビや新聞でも報道されたので、全国的に知られることになりました。
この事件、東京タヌキを調査研究している私にとってはそれほど意外な事件ではありませんでした。そのため「いきもの通信」でも東京タヌキ探検隊!のホームページでも取り上げませんでした。が、こういう話題になった事件は記録を残すという意味でもちゃんと書き残した方がいいだろうと思い、まとめてみることにしました。
ニュース動画がYouTubeにありますので、まずこれを見ていただくのがいいでしょう。
事件の概要は次の通りです。
2010年11月4日、午後7時ごろ、東京都・大手町のJXビルの地下入口からタヌキ1頭が入ってきました。通行人がタヌキを捕獲、ビルの警備員が丸の内署に引き渡しました。タヌキはその後、都内の緑地に放されたとのことです。
…という非常に簡潔な事件でした。
JXビルとはJXグループが入居しているビルです。JXグループはJX日鉱日石エネルギー株式会社、JX日鉱日石開発株式会社、JX日鉱日石金属株式会社などが中核となった企業グループです。といっても多くの人にはなじみがないかもしれませんが…ガソリンスタンドの「ENEOS」と説明するとわかりやすいでしょう。
大手町にそんなビルあったかな?と思われる方もやはり多いかもしれません。このビルは、昨年までは新日鐵本社でした。今年からJXグループが入居し、JXビルとなりました。私はこのビルに以前入ったことがありますが、非常に古い建物でした。
私がこのタヌキ事件に気づいたのは、東京タヌキ探検隊!のホームページがアクセス停止処分になったからです。レンタルサーバー会社の運営ルールで、一定時間内にデータ転送が集中すると、自動的にアクセスできなくなってしまうのです。データ転送が集中した理由は、Yahoo!ニュースのせいでした。Yahoo!のトップページにはニュース見出しも表示されますが、そこにこの事件の見出しとタヌキの写真が掲載され、記事本体から東京タヌキ探検隊!のページにリンクされたため、短時間に多数のアクセスが集中することになったのです。
Yahoo!ニュースが原因のアクセス集中は今回が初めてではありません。こちらとしてはアクセスが増えるのはありがたいのですが、その結果ホームページが見えなくなってしまうのでは痛しかゆしです。
さて、ここからはこの事件について解説していきましょう。
今回の事件は、私にとってはそれほど不思議なものではありません。
まず、現場近くには皇居があり、皇居にタヌキがすんでいるのはよく知られたことです。この付近でタヌキが定住できるのは皇居だけです。そして、タヌキの子ども(その年に生まれた子ども)は秋になると親から独立して、新天地へと移動していきます。
今回のタヌキは、皇居で生まれ、そこから旅立った個体だということは明らかです。大手町のビル街にタヌキが定住しているわけではありませんし、逃げたペットでもありません。大学生に化けて就職活動中だったタヌキがうっかり正体を現したわけでもありません。
秋になると、若いタヌキが独立して移動していくのは知られていたことですが、ではどれだけ遠くへ行ってしまうのかはよくわかっていません。タヌキがあちこちに生息している場所では、そのタヌキが以前からいたのか新参者なのか判別難しいため距離の測定ができません。しかし今回の場合は皇居東側にはタヌキの定住地が無いのは明らかで、親から独立して移動中のタヌキだと断言できます。
現場周辺の地図を眺めてみると、皇居・大手門から道路(永代通り)をまっすぐに東に進んだところにJXビルがあることがすぐにわかります。おそらくタヌキはほぼ直線的に進んでいったに違いありません。大手門からJXビルまでの距離は約1kmです。このことから、タヌキは1km程度は移動できることがわかります。
タヌキの中には全然移動しないものや、すんごく遠くまで行くものまでさまざまいると思われますが、ひとつの事例として1kmという具体的な数値が判明したのは今回の事件の「成果」と言えるでしょう。
同じような例は、東京タヌキ探検隊!のデータベースにもあります。2008年の例ですが、やはり皇居の東側約1kmでタヌキが目撃されました。2005年11月の「秋葉原タヌキ事件」も似たような例です。これは秋葉原近くの神田川でタヌキが捕獲された事件です。こちらは地理的にいって皇居から来たタヌキではありませんが、地図で周辺をよく見るとどこから来たかがわかってくるでしょう。この例では2kmを移動してきた可能性が高そうです。
今回の大手町タヌキ事件のもうひとつの謎は、なぜタヌキが地下にいたかということです。
JXビルやその周辺には地下鉄(東京メトロ)東西線への階段があちこちにありますから、タヌキはそのどれかから地下に下りていき、JXビルの地下入口に入っていったと推測していたのですが、地下鉄通路とJXビルがどう直接つながっているのかよくわかりません…。これは平日の昼間に現場に行ってみないと確認できませんが、その機会は当分なさそうです。が、どこかからか地下に降りていったのは間違いないことです。
ところで、この事件の日は(報道が始まった翌日も)私はヒマだったのですが、マスコミからの問い合わせは1件もありませんでした。東京タヌキについてちゃんと答えられる人なんてほとんどいないのですから問い合わせてほしかったです。タヌキのことを警察に聞いてもちゃんとした回答は得られないでしょうし。
もっとも、こちらはパート労働者ですのでいつでも取材に応じられるわけではありませんが。
2010年12月31日の東京新聞の記事について
この記事で、大手町タヌキ捕獲事件について私(宮本)が「皇居から放浪してきたタヌキでは。皇居を里山としながら、近隣に緑がある公園まで深夜、人知れず行き来しているのでしょう」とコメントしたことになっていますが、これは正確ではありません。そもそも、この取材時には私は皇居のタヌキのテレメトリ調査の結果を知りませんでしたから、このような発言はできないはずなのです(テレメトリ調査が行われていたことは知っていたが、結果は知らなかった)。
大手町タヌキ捕獲事件のタヌキは、「新たな定住地を探して皇居から出てきた若い個体」というのが宮本の見解です(つまり皇居と行き来している個体ではない)。ただし、皇居でのテレメトリ調査の結果を見ると、皇居とオフィス街を行き来しているタヌキであった可能性も否定できない、ということは言えます。
2011年1月6日の東京新聞の記事について
記事に「宮本さんは市民自然観察グループなどと協力し」とありますが、現在、宮本は特定の団体と協力はしていません。以前、NPO都市動物研究会に属していましたが、現在は退会しています。また、東京タヌキ探検隊!のデータベースや報告書では2010年以降、NPO都市動物研究会関連の目撃情報を除外しています。
もうひとつ。記事で「皇居、赤坂御用地、新宿御苑、明治神宮にはいずれもタヌキが生息し、深夜、JRの線路脇などを使って行き来するタヌキの回廊がある」とありますが、これも正確ではありません。この記事の書き方だと、これらの場所を毎晩のようにタヌキが往復しているようですが、それぞれの距離はタヌキの行動範囲よりもずっと遠く、一晩で移動するのは不可能です。それどころか、上記の4ヶ所の間を移動できるのは年に数頭ほど(しかも一方通行)しかいないでしょう。それほど低い確率であったとしても、個体群の維持は可能です。
2013年3月24日追記
昨年、現場付近をようやく見に行きました。
タヌキが捕獲された地点からすぐの場所に地上から地下に降りる階段がありました。この地上の入り口はビルの外にあり、平日なら(深夜早朝は閉まってますが)何の制限もなく降りて地下街に入ることができます。タヌキがここから侵入したのは確実でしょう。