Vol. 507(2011/2/6)

[今日の事件]クニマス再発見2

クニマスのこれからはどうなるのか

今回は前回の続きです。

絶滅したはずのクニマスが生きていたというニュースを受け、さっそく田沢湖の地元である秋田県と仙北市ではクニマスを田沢湖に里帰りさせようという動きがあります。しかしそれは非常に困難なことでしょう。

困難である理由は、そもそもなぜ田沢湖でクニマスが絶滅したのかということから説明しなければなりません。
1940年、田沢湖の水を利用した水力発電所が建設されました。水力発電所が水を使うと田沢湖の水が減ってしまいます。そのため、それを補うために近くの玉川から一部の水を田沢湖に引いてきました。しかし、玉川の水は強酸性であり、これが流入した結果、田沢湖の魚は全滅してしまいました(玉川の水を引いたのは、玉川の強酸性の水を希釈して、農業に利用する目的もありました)。
1972年以降、水を中和する作業が進んでいますが、現在でもまだ酸性であり、魚類の生息には厳しい環境です。この状態ではクニマスを持ってきたとしても生きていくことは不可能です。残念ながらクニマスの里帰りはすぐにも実現できるようなことではないのです。
田沢湖に持ってくるにしても、とりあえずは水槽で飼うことから始めるしかないでしょう。その飼育研究によって繁殖条件などが明らかになっていく可能性はあります。もちろんちゃんとした飼育・研究環境を準備しなければなりません。

一方、クニマスが再発見された西湖も安泰ではありません。
貴重な魚であるクニマスを保護することに反対はないでしょうが、実際にどう保護するかが問題なのです。西湖では釣りがさかんですが、もしクニマスを釣ってしまったらどうすればいいのでしょう? クニマスが多い箇所があればそこを禁漁にするすることも考えられますが、その場所がまだわかっていません。
西湖の釣りは西湖漁業協同組合が管理しており、禁漁期間やその他のルールが設定されています。同漁協ではクニマス保護の方法の検討を行っているとのことですので、まずはそれを見守っていきたいと思います。
ただ、どこの世界にも妙なマニアというものは存在するもので、クニマス狙いの密漁者がやって来るかもしれません。正体のはっきりしない希少な魚を守るというのは困難な仕事です。保護の仕組みがうまく運用されることを願わずにはいられません。

田沢湖、西湖に限らず、人工飼育を研究する必要はあります。クニマスはいつまた絶滅するかわからないので、これはやらなければならない重要な研究だと言えます。さて、どの自治体あるいは大学・研究機関が名乗り出るでしょうか。


ところで、今回のことで「クニマスは外来生物」という言い方がされることがあります。これは誤解を生みそうなことなので解説しましょう。
「外来生物」とは普通は国外から国内に人為的に持ち込まれた生物のことを指します。外来生物法が扱うのはそのような国外産外来生物です。魚ではオオクチバス、コクチバスなどが有名ですね。
ところで、国内で人為的に移動させられた生物もやはり「外来生物」と言います。しかしこちらは外来生物法の対象ではありません。クニマスは田沢湖から西湖に人間が持ち込んだものなので外来生物ですが、国内移動なので外来生物法では問題になりません。
では、国内の移動ならまったく問題無いかというとそうではありません。
種としては同じ生物でも、地域ごとに遺伝子が異なる個体群があります。それを無視して人間があっちこっちに持っていくと、地域的な遺伝子が乱されることになります。これは好ましいことではないとされ、何らかの規制が必要という意見は少なからずあります。クニマスももともとは田沢湖のみにいた生物ですので、西湖にいてはならないとも言えます。
しかし、現在クニマスが確認されているのは世界で西湖だけです。上に書いたように田沢湖には戻せそうもありません。こうなると外来生物かどうか、という議論は脇において、西湖に生息する個体群についてはこのまま受け入れるしかないでしょう。
クニマスを田沢湖、西湖以外の場所でも受け入れたい、という話は今後間違いなくあるでしょう。ですが、それはやはり「(国内)外来生物」となってしまいます。それが適切かどうかの判断は難しく、論争になりそうです。
私はクニマスをあちこちに持っていくことには反対です。持ち込む先の淡水環境には既に生態系が確立しているわけですから、そこに生態系を乱す要因をわざわざ投げ入れるというのは無茶なことだと考えるからです。


クニマスの将来がどうなるかは見通せませんが、まずはクニマスそのものの研究が進展しないことには始まりません。観光や客寄せよりもまずは研究を優先させるべきです。


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