Vol. 524(2011/7/31)

[今日の事件]伊丹尼崎アライグマ襲撃事件

2011年7月、兵庫県伊丹市、尼崎市で立て続けにアライグマが人間を襲うという事件が発生しました。関西以外ではほとんど報道されていないようですが、私は最初の事件の時からネット上の新聞記事などで事件を追跡していました。東京タヌキ探検隊!のデータベースはアライグマも対象にしており、全国を対象にしていますのでこの事件も記録しています。

この事件はまだ完全には解決していませんが、2011年7月31日現在では、事件は8回発生しています。メディアはすべての事件を報道してるわけではなく、他にも人身事故があったようです。事件は次のような経緯になっています。

●事件1件目 7月3日、午前6時10分頃、伊丹市、被害者=女性、イヌの散歩中、アライグマ=1頭?
●事件2件目 7月4日、尼崎市、詳細不明
●事件3件目 7月5日、午後9時10分頃、尼崎市、被害者=女性、イヌの散歩中、アライグマ=3頭
●事件4件目 7月7日、午後11時30分頃、尼崎市、被害者=男性、イヌの散歩中、アライグマ=1頭?
●事件5件目 7月16日、午前6時20分頃、尼崎市、被害者=女性、イヌの散歩中、アライグマ=2頭
◇捕獲 7月19日、尼崎市、幼獣?1頭
●事件6件目 7月22日、午後11時15分頃、尼崎市、被害者=女性、イヌの散歩中、アライグマ=1頭?
◇捕獲 7月27日、尼崎市、成獣(メス)1頭
●事件7件目 7月28日、午前0時40分頃、尼崎市、被害者=女性、イヌの散歩中、アライグマ=1頭?
●事件8件目 7月28日、午後9時5分頃、尼崎市、被害者=男性、イヌの散歩中、アライグマ=2頭

人身事故にまではならなかったものの、接近遭遇した事例はいくつもあると推測されます。

この一連の事件のアライグマは同一個体群(家族)ではないかと考えていましたが、検討してみるとどうもそうとは言い切れないようです。理由のひとつは行動範囲です。いずれの事件もアライグマならば十分移動可能な距離ですが、同一個体群が移動したにしてはあっちこっち放浪しすぎているように見えます。特に6件目と7件目の時間間隔は約20時間しかないのに1kmほども移動するのは速すぎると思います。食べ物はもっと狭い範囲で調達可能なはずです。ですので複数の個体群がそれぞれ狭い領域を行動範囲にしていると考えた方が自然であるように思えます。
もうひとつの理由は家族構成です。事件のアライグマはつがい2頭と子どもたちという家族構成だと推測していましたが、既に成獣1頭が捕獲されたのに、まだ複数の成獣がいるようなのです。それは別の家族だと考えるべきではないでしょうか。また、子連れでは遠距離移動は難しいとも思われます。

アライグマの繁殖についても書いておいた方がいいでしょう。日本でのアライグマの繁殖パターンが北米の場合と同一であるかどうかはわかりませんが、普通ならばアライグマの出産はピークが4〜6月、3〜4頭程度を産むとのことです。成長の速度はわかりませんが、タヌキとだいたい同じだろうと考えられ、その場合、今回の事件の幼獣は今年の春生まれだろうと推測できます。今回の事件では最大3頭が同時に目撃されていますが、見えないところにまだ何頭かいた可能性があります。

今回の事件での奇妙な一致、それが「イヌ」です。いずれの事件でもイヌの散歩中に発生しているのです。アライグマはまずイヌを攻撃、次に、引き離そうとした人間を攻撃という経緯も共通しています。これは何を意味するのでしょうか。
アライグマ被害については、北海道や神奈川県鎌倉市で非常に多くあり、これらの自治体にまずは問い合わせてみると類似事例が見つかると思われます(が、マスコミはそこまで思いついていないようです)。
これらの事件が発生した頃、私は日本クマネットワークが公開している「人身事故情報のとりまとめに関する報告書」(PDF)を読んでいるところでした。この報告書は、日本各地でのヒグマ・ツキノワグマによる人身事故を集計し、統計的に、あるいは個別に分析した文書です。これは非常に興味深いものですので、今回の事件とは別に、皆様にもご一読をお勧めします。
さてこの報告書では、子連れの母クマが子を守るために人間を攻撃する事例がいくつも紹介されています。1頭だけならば隠れて人間をやり過ごしたり、逃げたりすることもできますが、子連れではそうもいかず、防衛行動に出るものと考えられます。また、イヌの散歩中にクマに遭遇した事故例もあります(狩猟中ではない)。イヌに対しての防衛行動もあるようなのです。
クマとアライグマは別の動物ですが、今回のアライグマ襲撃事件ととても良く似ているように見えます。事件のアライグマも、幼獣を守ろうとして、あるいはイヌに対して過剰防衛行動をとったのではないかと推測されるのです。

対策としては、既に自治体が設置している箱ワナが順当でしょう。ただ、全頭の捕獲は非常に困難です。
一般の方の対策としては、事故が発生しやすい水路のそばを避けてください、と言いたいところですが、現地は水路があちこちにあるのでこれに近づかないというのは現実には難しいことです。
ただ、ひとつ確実に言えるのは、イヌの散歩は昼間にしましょう、ということです。事件の発生時刻は夜から朝にかけてです。これはアライグマが夜行性であることを反映しています。ですので、イヌの散歩をするならば昼間に、ということなのです。この季節は暑いので夜や朝に散歩をさせる方が多いのは知っていますが、飼い主の方は検討してみてください。また、散歩ルートから極力水路を外すようにした方が安全かもしれません。
報道では、「棒を使う」ことを呼びかけている例もあります。つまり、アライグマが襲ってきたら棒でばしばししばけ、ということなのでしょう。普通なら野生動物をいじめてはいけませんが、人身被害が発生する状況では鳥獣保護法でも駆除の対象になりますので反撃してもかまわないでしょう。またアライグマは外来生物法の対象であり、駆除される動物なのでかまわない、ということもあります。

アライグマによる人身事故は重傷になることはないため、クマに比べてあまり重大視されることはありません。ですが、類似例は今後も発生することでしょう。事故を予防するためにも、後々のためにも、記録し分析すべきことだと思います。アライグマがどのような状況の時に攻撃してくるかを知っておくことは重要なことです。
記録・分析は地元自治体がそれをやってほしいところですが、できるかどうかはわかりません。それほど重大なこと判断されなければ、記録も分析もされないでしょう。
東京タヌキ探検隊!ではネットで情報を得られれば(ネット上の新聞記事ならばネット検索である程度は収集できます)それをデータベースに記録していくことにしています。この記録がいずれ役立つ時が来るだろうと考えているからです。

東京都23区では同様な事件が起こりうるのでしょうか。
私の推測では、23区内のアライグマの生息数はおそらく100頭以下で、生息密度は非常に薄いです。しかし、世田谷区北部と文京区〜豊島区では繁殖している可能性もあります。
アライグマの人身事故が発生するということは、アライグマの生息密度がある程度高いことを意味しています。生息数が多いほど人間やイヌと接近遭遇する確率は高まるわけですから。尼崎市とその周辺は既に多くのアライグマが定住しているのではないかと推測されます。
東京都23区での生息密度では事件が発生する確率はかなり低いでしょう。


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