Vol. 548(2012/8/26)

[今日の事件]クマ牧場脱走事件

今年4月、秋田県のクマ牧場でヒグマが脱走し、従業員2名が襲われて死亡するという事件がありました。ずいぶん時間がたってしまいましたが、ここで事件の経過とその後をまとめてみたいと思います。

事件が発生したのは2012年4月20日の午前のことでした。現場は秋田県鹿角市の「八幡平クマ牧場」です(事件時は冬期閉園中)。当時はヒグマ21頭、ツキノワグマ12頭、計33頭が飼育されていました。
その内ヒグマ6頭が飼育場から脱走し、女性従業員2人を襲い、死亡させました。地元の猟友会員が脱走したヒグマを射殺しました。
クマが脱走した原因は、飼育場に積もった雪でした。飼育場は高さ5mの壁で囲まれていましたが、隅には4mほどの高さの溶けていない雪の斜面があったとのことです。クマはそれを登って脱走しました。

動物園から動物が脱走する事件はたびたび起こっています。今年も葛西臨海水族園のペンギン、旭山動物園のフラミンゴなどが脱走しています。動物脱走は本来あってはならないことで、動物園にとっては非常に不名誉なことです。特に今回は重大な人身事故というあってはならない不祥事まで発生してしまいました。

この事件の報道で明らかになったのは、管理体制が不十分だったということです。報道からは、このクマ牧場には奇妙なことが多すぎると感じました。それを以下に書いていきましょう。

・エサの管理ができていない

このクマ牧場では、エサは病院などからの残飯を与えていました。どんな栄養が含まれているかもわからない食事を与えるなんて、まともな飼育施設ではありえないことです。しかも、個別に与えるのではなく、複数頭に同時に与えていたようです。これでは強い個体がエサを独占するおそれがあり、良い方法ではありません。また、客がパンなどを投げ入れたりもしていたようです。
普通の動物園なら、客が勝手にエサを与えるのは禁止していますし、与えることを許可している場合でも食事の量と内容をコントロールできるようにしているはずです。栄養管理は動物管理の基本です。

・健康管理ができていない

栄養管理ができていないということは健康管理もできていないということです。
しかも、ひとつの飼育場に多頭が入っている状態ではきめ細かい健康管理は難しいでしょう。

・個体管理ができていない

クマは個体識別が可能です。が、このクマ牧場でそれができていたかどうかはあやしいです。というのも、事故当時に発表された飼育頭数が修正されたりしたからです。また、事件当初はコディアックヒグマもいたとされていましたが、最終的にはコディアックヒグマはいなかったようです。
動物の飼育施設では、1頭毎に飼育状況を記録した台帳を作成しなければなりませんが、このクマ牧場にはそれがなかったとのことです。経営者は全頭把握していると言っていたそうですが、もしその言葉が本当だったとしても文書で記録を残さなければ管理には役に立ちません。

・異なる種を同じ飼育場に入れていた

このクマ牧場ではヒグマ、ツキノワグマが飼育されていました。最近まではコディアックヒグマも飼育されていたようです。これらは種毎に分けて飼育されていたのではなく、いっしょに飼育していたようです。オス、メスも混在していました。同じクマの仲間であっても、種によって体格も性格も異なるので、同じ場所には普通は入れないものです。
また、オス、メスも混合して同居させると、異種間の交配も発生します。このクマ牧場にはヒグマとコディアックヒグマが交雑した子どもがいるかもしれません。コディアックヒグマはアラスカに生息しているヒグマの亜種で、ヒグマ(クマ牧場にいたのは日本産のエゾヒグマか?)とは交雑可能です。交雑個体は自然界には存在しないものです。交雑個体の子孫を増やすわけにもいきません。そのため、他の動物園でも引き取りにくいことになります。

・獣医はいたのか?

一連の報道ではこの動物園の担当の獣医のことがまったく出てきません。小規模の動物園では専属の獣医を雇用するのは難しいことは理解できます。それでもかかりつけの獣医がいていいはずです。獣医がいないのでは健康管理ができないのも当然です。

・死体の処理が不透明

事件後の報道から明らかになったことですが、このクマ牧場での過去のクマ死体の処理方法も不明なままです。経営者は口を閉ざしていますし、記録も残されていません。動物死体は事業系ゴミとして扱われ、勝手に処分することはできません。

こうして見ていくと、このクマ牧場はかなり問題がある施設だと言わざるをえません。まともな動物園ではありえない状態です。これらのことは、今回の事故の直接原因ではないかもしれません。しかし、管理者がこういったことに注意を払っていたならば、今回の事故を予防することもできたのではないでしょうか。

動物園は見世物小屋ではありません。動物の命を預かる場所です。動物1頭1頭をきちんと把握する責任があります。いい動物園とは、上に書いたような管理がきちんと実行されている動物園のことです。動物園に行ったならば、動物だけを見るのではなく、その運営状態にも目を向けてみてください。


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