Vol. 551(2012/10/14)

[今日の勉強]動物学でノーベル賞は取れるか?

10月はノーベル賞の季節です。毎年その受賞者は注目を集めています。ただ、ノーベル賞は残念ながらあらゆる科学ジャンルを網羅しているわけではありません。数学が含まれないのは有名ですし、地学(天文学分野を除く)での受賞例も無いのではないでしょうか。
ノーベル動物学賞がないことからわかるように、動物学でノーベル賞をとるのは困難です。しかしまったく不可能というわけではありません。これまでにも受賞例はありました。

動物学でノーベル賞をとりやすいのは医学生理学賞です。
1948年、パウル・ヘルマン・ミュラー(Paul Hermann Müller、スイス)が「多数の節足動物に対するDDTの接触毒としての強力な作用の発見}で受賞しました。
DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)とはあの有名な殺虫剤のことです。つまり、DDTが強力な殺虫剤であることを発見した、という研究なのです。確かにこれは動物学の分野です。
ただ、DDTは分解しにくく、動物の体内に濃縮されやすいことが問題となり、現在では多くの国で使用が禁止されています。

1973年、コンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz、オーストリア)、カール・フォン・フリッシュ(Karl von Frisch、ドイツ(オーストリア出身))、ニコ・ティンバーゲン(Nikolaas Tinbergen、イギリス(オランダ出身))の3人が「個体的および社会的行動様式の組織化と誘発に関する発見」で受賞しました。これは動物行動学の研究による受賞です。
ローレンツは著書「ソロモンの指輪」で有名な動物学者です。「刷り込み」についての研究で有名です。フリッシュはミツバチの研究者です。ミツバチのダンスの発見が有名です。ティンバーゲンはイトヨの本能行動の研究をしました。

そして、今年2012年はiPS細胞の開発で山中伸弥が受賞しました。その共同受賞者ジョン・ガードン(イギリス)の研究とは「カエルの体細胞核移植によるクローン技術の開発」です。これは脊椎動物の発生についての研究であり、動物学のジャンルに入るものです。

他には1902年、ロナルド・ロス(Ronald Ross、イギリス)がマラリア原虫の発見で受賞していますが、マラリア原虫は動物ではなく原生生物なので動物学のジャンルには入りません。
1907年にもシャルル・ルイ・アルフォンス・ラヴラン(Charles Louis Alphonse Laveran、フランス)が「疾病発生における原虫類の役割に関する研究」で受賞していますが、これもまた原虫の研究ですので動物学ではありません。
2007年の受賞はノックアウトマウスの開発に対してのものですが、これは当初から医学目的の開発であり、動物学のジャンルとは言いにくいものです。
詳細に調べたわけではありませんが、このように動物学に入るのか入らないのか微妙な研究は他にもあるでしょう。

ノーベル賞のチャンスは医学生理学賞だけとは限りません。
2008年のノーベル化学賞は日本人の下村脩が受賞者の1人でした。その受賞理由は「緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見とその応用」です。その中での下村脩の貢献は「クラゲの発光物質の発見」、つまり最も根源にあたる部分の発見なのです。
蛍光タンパク質は、現在では医学・遺伝学などミクロな生物学の分野で広く利用されています。しかし、下村脩のそもそもの研究は「クラゲが光るのはなぜだろう」というところから出発している、純粋に動物学的なものでした。この発見が現在の発展につながるとは当時の下村脩は思いもしなかったでしょうし、「化学賞」受賞も予想することさえできなかったでしょう。

動物学関係でのノーベル賞受賞は以上の4つだけです。不可能なことではありませんが、受賞はなかなか難しいようです。タヌキの研究でノーベル賞がとれるかというと…かなり、かなり困難であるのは間違いありません。


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