Vol. 561(2013/4/14)

[今日の勉強]ネット参加型生物調査は発展途上


東京タヌキ探検隊!は専門家の調査ではなく、一般の皆様の目撃情報を収集して動物のことを分析するという変わった調査方法で行っています。その収集の手段としてインターネットを活用していますが、これはインターネット利用環境が広く普及した00年代以降でなければ成功しなかったでしょう。この調査方法はネット時代ならではの方法と言えます。
同じようなことを考えたのは私だけではありません。他の似たような事例を紹介したいと思います。


いきものみっけ

2008年から開始。
事業名=温暖化影響情報集約型CO2削減行動促進事業(愛称「いきものみっけ」)
企画実施=環境省自然環境局 生物多様性センター
事務運営=(財)日本環境協会
調査取りまとめ=(株)生態計画研究所

この調査はホームページを見ていただくとわかるように、非常に多くの生物を対象にしています。事業名からすると、温暖化によって生息分布の変動が予想される生物を選んでいるようです。


ウェザーニュース

2008年〜2011年実施。
セミの調査です。リンクは2011年の調査結果の報告ページです。


NTT東日本

実施時期は不明。おそらく2004年?
これもセミの調査です。


●仙台市科学館

2001〜2003年、2010年、2011年に実施。
主にセミの調査です。(またまたセミなのです…。)
このページの「調査結果を見る」というプルダウンメニューを選択すると結果を見ることができますが、あまりよく整理されておらず、わかりにくいです…。

この調査については以下のような文献もあります。

フリーウェブサービスを用いた身近な生き物分布図作成とその教育的な意義,2011

仙台市科学館における参加型身近な生き物分布図作成,2011(PDFダウンロード可)

双方向性インターネット調査システム,2003


NPO法人むしむし探し隊

2009年前後にセミの調査をやっていたのですが、現在どうなっているのかは不明、調査結果も不明です。


ちなみに私が東京のタヌキのインターネット調査を開始したのは1999年なので、最も早い時期の取り組みということになります。ただし、成果が出るまで何年もかかっており、その点では成功とは言えないものでした。
1999年当時、既にインターネットを使ったアンケート、世論調査などは存在しましたので、私のアイディアはそれほど新奇なものではありませんでした。生物調査に利用できるかも、という発想だけがユニークなものだったのです。


これらの調査について、同じようなことをやっている私からコメントをちょっと述べてみます。

●上記の調査ではそろいもそろってセミが対象になっています。セミはだれにでも(小学生でも)わかりやすい題材なので取り上げやすいのは理解できますが、みんながみんな同じことをやっているようでは効率が悪いのではないか、という疑問があります。それに、セミばかりやっていては次へと発展していきません。

●このような一種の聞き取り調査で最も問題になるのは「誤認」です。参加者が正確に動物の種類を判別できているのかどうか、どうやって確認すればいいのでしょう。
例えば、北海道でクマゼミがいた、という報告があったとします。それをどうやって確認するのでしょうか? クマゼミは関東辺りが生息の北限で、北海道では定住できないはずなのです。虚偽情報とまでは言いませんが、このような誤認情報をどう扱うかという問題があります。

東京タヌキ探検隊!の場合は、まず「比較ページ」で類似動物を確認してもらうようにしています。報告メールに写真が添付されていれば私が確認します。それでもはっきりしない場合は、メールをやりとりしながら外見や行動の様子を聞き取り、判断しています。ここまで手間をかけることで誤認はかなり少なくなっていると思われます。
上に挙げたインターネット調査では情報はただ受け取るだけで、不明点を再確認したりはしていないようです。メールで何度もやりとりをするのは確かに高コストになってしまいます(時間がかかるため)が、情報の精度を上げるためには必要なことです。また、調査への信頼感の向上や参加意識を高めることにも役立つはずです。

●ネット参加型生物調査の場合、情報が人口密集地に偏る傾向があります。山奥には人がほとんどいないのですからこれは当然のことです。山奥にはどんなセミがいるのか、この調査方法では調べることができません。これはつまり、全国的な(あるいは広い範囲の)分布の調査には向かないということです。

東京タヌキ探検隊!ではもともと東京都23区を対象にしていました。この地域は全体に人口密度が高いため、また山林もないので、全域から目撃情報が集まってきます。そのため目撃情報が地域的に偏るおそれはあまりありません。ただし、皇居や明治神宮のように人口密度が極端に低い場所の目撃情報はどうしても少なくなってしまいます。
東京タヌキ探検隊!は現在では対象地域を全国に広げています。人口密集地に目撃情報が偏るのは当然承知の上のことです。そもそもは都市部にタヌキがどれだけいるのかが知りたいのですから、この偏りはそれほど重要なことではないのです。

●こういう調査はできれば毎年ずっと継続してほしいものです。長い期間調査を積み重ねることで見えてくることがあるはずだからです。また、継続することによって調査方法の改良もできるでしょう。

●「いきものみっけ」についていうと、これは国の事業ではなく民間に任せるべきではないでしょうか。
国の事業だと、「そんなことに予算はつけられません」と政治家たちに言われたらそこでおしまい、というリスクが常にあります。もちろん民間でも事業を継続するのは大変でしょうが、国の財政問題の方がよっぽど危ないと思います。はやく民間に完全委譲すべきプロジェクトだと思います。

●また、「いきものみっけ」は対象を広げすぎです。なんでもかんでも情報を集めればいい、というものでもないでしょう。

●もうひとつ、「いきものみっけ」はインプット(集まった情報)が多い割にはアウトプットつまり情報を分析した報告書が少なすぎるように思います。せっかくのデータを生かしきれていないのではないでしょうか。この点からも対象を少ししぼった方がいいと思います。
アウトプットが少ないのは他の調査でも同じです。

東京タヌキ探検隊!は毎年必ず報告書を公開するようにしています。目撃情報はもらうだけではダメ、ちゃんとお返ししないといけない、と私は考えているからです。また、定期的な報告書は今現在もちゃんと活動をしているという証明でもあるのです。

●また、これらの調査ではデータの分析から引き出したものも少ないですよね。目撃情報の位置を地図にプロットして終わり、だけなのでしょうか。
東京タヌキ探検隊!の主要な目的も分布地図の作成でした。しかし目撃情報にはそれ以上のデータも含まれています。東京タヌキ探検隊!の報告書では分布以外のさまざまな分析結果を引きだしています。地図を作って満足するのではなく、さらなる発展をも視野に入れるべきです。

●ネット上での活動を中心にすえるなならば、各種報告書もネット上で読めるようにするべきです。これは調査研究の内容を紹介することにもなり、広報宣伝活動と同等の効果があるからです。


ネット参加型生物調査で難しいのは、多くの人にどうやって周知させるかということです。せっかくの調査も参加者が少なくては統計的に十分なデータが得られません。
周知で重要なのは「知名度」です。国や地方自治体は知名度もあるし、信頼感もあるのでとても有利です。有名人も有利です。マスコミは周知させる媒体(メディア)を持っているので知名度と同等の武器を持っていると言えます。
ただ、知名度にも限界はあるでしょう。ある程度の量の情報収集はできても、頭打ちになってしまいます。それを突破するにはそれなりの広報宣伝活動が必要になります。

普通の人、あるいは有名ではない団体は周知が難しく、情報収集はかなり壁が高くなります。個人が思いつきだけで実行してもまず成功はしません。東京タヌキ探検隊!は無名のアマチュアが1人で運営して成果を出していますが、これは特異なことと言えるかもしれません。
東京タヌキ探検隊!が有利な理由のひとつは、ネット検索で上位に表示されることです。「タヌキ」「ハクビシン」で検索するだけでも最初のページに表示されます。これはかなり影響力が大きいと言えます。これだけでも十分な広報宣伝活動に値します。
また、報告書をきちんと公開していること、ホームページのコンテンツを充実させていることも信頼度を上げていると言えます。これは長年の蓄積のおかげです。

ネット参加型生物調査はまだまだ発展途上の調査方法です。また、利点も欠点もあることを知った上で実行しなければなりません。これからもさまざまな手法が試され、洗練されていくことでしょう。そのためにもセミ以外の生物にも取り組んでほしいです。セミばかりやっていても進歩しませんよ。タヌキやハクビシンは私が既にやっていますので他の生物でどうぞお願いします。


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