[今日の事件]タヌキだって天然記念物?
2013年10月9日、中国新聞、朝日新聞、読売新聞(いずれもデジタル版)などで、山口県防府市の向島でタヌキが発見されたことが報道されました。
東京都23区でさえタヌキがいるというのに、なぜこんな場所のタヌキがニュースになるのでしょうか? おまけに記事には「天然記念物」という言葉も登場します。絶滅の危機とはまるで縁がないタヌキが天然記念物? 事情が分からない人には不思議としか言いようがないニュースです。
この「天然記念物」というのは本当のことです。文化庁のデータによると、名称は「向島タヌキ生息地( むこうじまたぬきせいそくち)」、指定年月日は1926年(大正15年)2月24日というからずいぶん昔のことです。指定基準は「(二)特有の産ではないが、日本著名の動物としてその保存を必要とするもの及びその棲息地」とあり、「本島ハ瀬戸内海ニアル周圍約四里ナル小島ニシテたぬき Nyetereutes Procyonoides Viverrinus (Temminck) あなぐま Meles anakuma Temminck 及ビきつね Vulpes vulpes Japonicus Gray ヲ産スたぬきハあなぐま又ハ狐ノ古巣ニ棲ミ往々コレト同棲スルコトアリ東亜特有ノ動物ニシテ動物地理学上貴重ナルモノナリ」との説明もあります。
つまり、天然記念物として指定されているのは「タヌキ」ではなく「生息地」なのです。こういう生息地を指定する例としては「カブトガニ繁殖地」(岡山県笠岡市)というものもあります。カブトガニは笠岡市だけに生息しているわけではありません。他にも「高崎山のサル生息地(大分県)」、「奈良のシカ」などなどがあります。
現在では絶滅なんて考えられないタヌキですが、かつてはそうではありませんでした。明治以降、近代的な銃が狩猟で使われるようになり、日本の野生哺乳類や野生鳥類は大きな打撃を受けることになります。江戸時代の銃というと火縄銃でしたが、これは連射もできず、命中精度も悪いし、そもそも一部の人だけしか持たないものでしたから野生動物への影響は大したものではありませんでした。ところが、明治時代以降は状況がまったくかわってしまったのです。ニホンオオカミが絶滅したのも狩猟の影響が大きかったと考えられます。
その影響を受けたのはタヌキも同じでした。当時タヌキは主に毛皮目的で狩猟されました。そのため大きく数を減らし、その結果、向島が天然記念物に指定されたのです。まあ、なぜ向島だけが特別扱いになったのかはわかりませんが…。
その向島は、かつては本土とはつながっていませんでした。タヌキの受難は1950年に橋で本土とつながったことに始まります。この橋はわずか150mほどの長さですが、ここを通って野犬が向島に侵入、タヌキは大きく数を減らします。最後に写真が撮影されたのは1996年。その後もフンや死体は発見されたものの、本当に生存しているのかは不明のままでした。天然記念物なのに、その主役たるタヌキがいないというのでは格好がつきませんよね。そして、ようやく今年5月、生きているタヌキが撮影され、これが今回のニュースになったのです。
東京タヌキ探検隊!としてこのニュースを読んでみましょう。
向島は長辺が5kmほど、最大標高が354mで、ちょっとした山と言える地形です。Googleマップの航空写真で見ても島のほとんどが樹木に覆われ、住宅地は北岸にへばりついているような感じです。この自然環境ならばタヌキが生息しているのは当然のことです。ただ、生息数がかなり少ないということは野犬の影響がかなり大きかったのだろうと推測されます。橋でつながったとはいえ、タヌキにとっては向島は離島ですから、一気に駆逐され絶滅、ということにもなりかねません。タヌキの生存には野犬の数がかかわってくることは間違いないのですが、では今現在、野犬はどれほどいるのでしょうか。それが気になります。野犬だけを駆除できればいいのですが、野犬「だけ」都合よく効率よく捕まえることは実際には難しいでしょう。また、タヌキ「だけ」を保護するというのも変な感じです。タヌキは日本全国どこにでもいるのですから、ここでだけ特別扱いする必要はないでしょう。天然記念物の「生息地指定」はこのように時代が変わると状況も変わってしまうものであるため、指定の理由の必然性が失われてしまうことがあります。
環境省などのレッドリストは「絶滅の危険性」をモノサシとしているため、生息状況の変化に応じて動植物のカテゴリー分けは変化します。天然記念物はそういったモノサシとは無縁であるため時々妙なことが起こってしまいます。
しかし、天然記念物とレッドリストでは基準が違うのですから、同じことをする必要はないとも言えます。ただ、天然記念物のモノサシというのがちょっとわかりにくいというのも確かです。
私としては「東京都23区タヌキ生息地」が天然記念物になったら面白そうですが、そんなことをしなくても東京タヌキはしぶとく生き残っていくことでしょう。