Vol. 572(2013/11/10)

[今日の事件]白いタヌキが現れる確率

今回の記事は、東京タヌキ探検隊!に掲載している東京タヌキタイムズ2013年11月号と内容が重複しています。東京タヌキタイムズでは文字数の制限があったために書けなかったことをこちらでは補っています。
また、今回の記事では毎日新聞、朝日新聞、日本海新聞など各紙のweb版を参考にしています。


2013年10月15日、鳥取県南部町の牛舎に設置されていた箱ワナに白いタヌキが捕獲されているのが発見されました。9日に牛舎にタヌキが侵入してきたため、箱ワナを設置していたとのことです(病気の感染を防ぐため)。翌16日にはさっそく新聞等での報道がされています。捕獲した方は「殺すのは忍びないので、動物園で引き取ってもらえないか」と話しています。普通ならば、捕獲されたタヌキは殺処分されるでしょう(それが現実なのです)。
そこへ県知事が開催中のイベント「全国都市緑化とっとりフェア」で展示することを表明、県が引き取って19日からイベント会場で展示されました。ところがせまいケージに入れられるという劣悪な飼育状態であったために、県に約50件の抗議があったそうです。そのせいか、展示は10月31日に展示を中止し(本来はイベント終了の11月10日まで展示される予定だった)、岡山市の動物園に引き取られることも発表されました。


まっ白の外見の動物はしばしば「アルビノ」と呼ばれますが、今回の白いタヌキは報道では「白変種」とされています。これはどう違うのでしょうか?

動物の体の色(多くの哺乳類の場合は体毛の色のことになります)は細胞の中にある色素「メラニン」によって決まります。
アルビノというのは遺伝的にメラニンを生成できない個体のことを指します。メラニンがないと、目の奥の血管の色が外からも見えるため、赤い目になります。飼育用や実験用の白いウサギや白いネズミはアルビノなのです。
ところが今回のタヌキは赤い目ではありません。アルビノなら鼻もピンク色になるはずですが、普通のタヌキと同じく黒色です。これはアルビノとは違った過程によって体毛だけメラニンが無くなっていることを示しています。体毛だけが白くなる原因については現時点では不明です。
このようなアルビノではないが白い動物のことを「白変種」 (Leucism)と呼ぶことがあります。ただ、「種」という語がつくと別の動物種のような誤解を与えかねないのであまり良い名称とは言えません。私は単に「白化個体」でもいいのではないかと思います。


白いタヌキはどれほど珍しいのでしょうか。計算してみましょう。
日本全国のタヌキの生息数は不明ですが、他の哺乳類の生息数推計と比較すると、10万頭〜100万頭程度がいると推測できます。
東京タヌキ探検隊!のデータベースでは東京都23区内で1100件のタヌキ目撃情報が記録されており、1件(1頭)の白いタヌキが記録されています。サンプル数が少ないのですが、白いタヌキの出現率は1000分の1から1万分の1ぐらいと仮定しましょう。
最も厳しい数値で計算すると、10万頭×(1/10000)=10頭という答えが出ます。実際にはもう少し多いと考えられますので、数十頭はいる可能性があります。ということは、各県に1頭ぐらいはいることになります。
ただ、それらのタヌキが人家近くにいるとは限りませんので、目撃できる確率はずっと低くなるでしょう。捕獲される確率はさらに低いため、今回のような事例は非常に珍しいとは言えます。

2013年11月7日の朝日新聞(デジタル版)でも白いタヌキがどれほど珍しいかを検証しています。その記事によると、広島県や山口県、長野県で白いタヌキがよく見られることが紹介されています。この記事では専門家の話として「遺伝子の多様性が失われた個体群に多く見られる」と記していますが、生息密度がかなり低いはずの東京都23区で白色個体が多いというデータはありません。遺伝子の多様性とは別の原因があると私は思います。


最後にタヌキの待遇について考えてみます。
朝日新聞(2013年10月26日)の記事を引用すると、
「県緑豊かな自然課によると、展示は午前10時から午後3時までに限り、1時間のうち10分ほどテントを閉めて「休息時間」を設定。夜間は市内の動物病院に預けている。ストレスを与えないよう木製の柵に「フラッシュ撮影禁止」「お静かに」と書いた看板も出した。獣医師の資格を持つ県職員ら2~3人が張り付いて異常がないかを確認。平井知事は「健康状態を最優先に、VIP並みの待遇をしている」と胸を張る。」
とのことです。各紙掲載の写真を見ると、ケージの周囲には植物を配置して多少は目隠しになるようにしているようです。
なるほど、それなりに気を使っているのはわかります。
しかし根本的な問題として、ケージがあまりにも狭いです。他の待遇をいくら改善したところで、こんな狭いところに閉じこめるのはダメでしょう。
こういう場合の基準としては「動物園並み」を採用すべきです。また、不特定多数の人の前に出すまでに慣れる期間を十分設定すべきです。

今回のような珍獣の場合、見世物になってしまうのは仕方がないことです。もちろん放獣するのがいちばんいいのですが、カネがからむとそのような自然保護の一般論など通用しなくなってしまうものです。今回の場合はイベント「全国都市緑化とっとりフェア」が引き金になっているようです。新聞記事によると、このイベントは9月から開催されていますが来客は予想よりも少ないものでした。イベントの主催者は鳥取県・鳥取市・財団法人都市緑化機構。自治体としては面目を保つため何とか集客のネタがほしかったはずです。そこへ現れたのが「白いタヌキ」、自治体は喜んで飛びついたわけです。「そんなことはない!」と自治体は弁明するかもしれませんが、県知事の発言からはとてもそのようには思えません。
新聞記事から県知事の発言を拾っていきましょう。
「やせていて、山に放しても冬を越せるか不安だった」 (宮本コメント:写真からはやせているようには見えません。また、野生動物なら越冬できないことは当然ありうることで、そこは知事が悩むところではありません。もっと県民のために悩んでください。)

「自然の多様性を理解する一助になる。見て頂くことも広い意味での自然保護になる」(宮本コメント:「白いタヌキ」がなぜ多様性に結びつくのか理解できません。) 

「コヤちゃんがいなくなったのは、白いタヌキが化けていたからだ」  (宮本コメント:都合のいい解釈ですね。「コヤちゃん」とは3月に湖山池で発見されたアザラシのことです。同月下旬には行方不明になりました。命名は県知事。鳥取市はイラストやグッズを製作、特別住民票を交付するなどすぐに利用しました。今回のイベントでも白いタヌキのイラスト入りの缶バッジや旗を配布しています。こういうことになると手際がいいのですね…。)

県当局は展示の中止は批判の声とは関係ないと言っていますが、11月7日の報道ではタヌキはまだ鳥取市内にとどまっているとのことです。県当局は、受け入れ先の準備が整ってから岡山市へ移送するとのことですが、そんなことは早い段階でわかることです。展示の中止は批判を受けてのものであることは間違いないでしょう。

今回の事件、もしイベントがなければ白いタヌキはすぐに放獣されたか、動物園に引き取られることになったでしょう。イベントがあったために(そしてそれを成功させたかった自治体関係者がいたために)、タヌキはひどい待遇になってしまったのです。主催者や自治体は、自分たちは悪くないと思っているかもしれませんが、タヌキの待遇悪化は明らかに主催者・自治体の責任です。

タヌキが安心できる生活環境を早く提供してほしいものです。ですがいちばんいいのはやはり放獣であると私は思います。今からでも遅くはありません。


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