いきもの通信 Vol.575[今日の事件]調査捕鯨、国際司法裁判所で中止判決 

Vol. 575(2014/4/13)

[今日の事件]調査捕鯨、国際司法裁判所で中止判決

2014年3月31日、国際司法裁判所(ICJ)で日本の南極海での調査捕鯨の中止を求める判決が出されました。
調査捕鯨の是非については長い間、国際捕鯨委員会(IWC)などで論争が続いていましたが、この裁判は2010年にオーストラリアが提訴したものですう。
判決の主な内容は、
・日本の調査捕鯨は「科学目的」ではない
・現在の調査捕鯨はやめる
というものです。

商業捕鯨は国際捕鯨委員会によって1982年から中止されています。日本はクジラの生息数や生態を調べるためという名目で1987年から調査捕鯨を行ってきましたが、これには捕鯨反対国からの強い反発を受けてきました。
日本は捕獲数に上限を設けており、南極海ではミンククジラ935頭、ナガスクジラ50頭、ザトウクジラ50頭、北西太平洋では380頭までとしています(この数字は朝日新聞の報道によるものですが、実はどこから出てきた数字なのか調べてもわかりませんでした)。
実績では、2005年〜2009年は年800〜1200頭を捕獲、南極海だけで年500頭以上も捕獲しています。2010年以降はシーシェパードの妨害のため捕獲頭数は減りました。
捕獲したクジラはすべて殺してしまいます。

クジラを捕獲して何を調べているのかというと、
南極海では
1)資源管理に有用な生物学的特性値の推定
2)南極生態系における鯨類の役割の解明
3)環境変動が鯨類に与える影響の解明
4)南極海ミンククジラの系群構造の解明

北西太平洋では
1)ミンククジラ等の摂餌生態の解明
2)北西太平洋ミンククジラの系群構造の解明
3)環境変動が鯨類に与える影響の解明

とのことです。
また、殺さなければならない理由として「耳垢栓(年齢を調べる)や生殖腺(性成熟度や妊娠率を調べる)を採集」しなければならないためと説明しています。
(以上、日本捕鯨協会ホームページによる。その他の日本の主張もここで読むことができます。)

なるほど、もっともな言い分のように聞こえます。
ただ、これには疑問も出てきます。
調査をするならばもっと少ない捕獲頭数でも統計的には問題ないでしょう。サンプルの数を増やしても精度が向上しないことはよくあることです。特にミンククジラのように数百頭レベルのサンプルが本当に必要なのでしょうか?
研究が進むほどいろんなデータが集まり、その結果、必要な捕獲頭数は減るのが普通だと思うのですが、そうはなっていません。
また、殺さずに調査を行う方法の開発も積極的にやるべきだったでしょう。これもデータが集まれば殺さないですむ方法を見つけられるのではないかと思うのです。
いや、そんなの無理だ、と反論が来るかもしれませんが、ミンククジラだけでもこれまで何千頭も殺してきてまだその程度のことしかわからないのだろうか、と不思議に思わざるをえません。

そうした努力をせず、とにかくたくさん捕獲しようとする姿勢は、隠れ商業捕鯨だと疑われても仕方がないでしょう。
「捕獲の上限」というのも国際的に決められたことではなく、日本が独自に決めたものです。これでは自作自演と見なされても仕方ありません。

それに世界的には捕鯨に反対する国の方が多いのです(関心が無い国も多い)。この状況で裁判に勝てると思っていたというのなら、現状分析ができてなかったということです。
報道によると、日本は裁判に専門家を投入して自信を見せていたようですが、楽観的すぎだったのではないでしょうか。
もし日本が調査捕鯨を続けようとするならば、「日本は決まりごとを守らない国」と国際的に見なされることでしょう。それでも続けるつもりなのか、関係者はよく考えねばなりません。

捕鯨問題では「文化だ」「伝統だ」という意見も出てきますが、これもどうでしょう。
文化というものは永遠に固定したものではありません。歌舞伎でも文楽でもせいぜい数百年の歴史しかないのです。捕鯨はもっと昔からやっていますがそれは日本沿岸に限ってのことです。江戸時代以前の漁師が南極海まで行っていたわけではありません。

調査捕鯨が全面的にできなくなったとしても、国際捕鯨委員会の管轄外での捕鯨(沿岸での小型クジラ、イルカの漁)はある程度残るでしょう。クジラ食文化をこれからも残したいのならば、そういう小規模捕鯨を持続的に維持する方法を考えながら進めるのが良いのではないかと私は考えます。
大切なキーワードは「持続的」です。沿岸捕鯨でも限度を超えたものはもはや認められないでしょう。


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