[今日の本]「南極点のピアピア動画」
「南極点のピアピア動画」
著:野尻抱介
ハヤカワ文庫
2012年
※電子書籍あり
今回は動物の本ではありません。
クモとかクジラとか登場しますが動物の本ではありません。
でも取り上げるのです。
「南極点のピアピア動画」の「ピアピア動画」とは、すぐに気付く方も多いでしょうが「ニコニコ動画」をもじったものです。この本は現実のニコニコ動画でも起きそうなこと…いや、実際にはそんなことはないでしょうが…を描いたSFです。
本書は4つの中編から成っています。
最初の「南極点のピアピア動画」は宇宙へ飛び出す話です。
ある事件がきっかけになり、ちょっとした思いつきとへんてこなマシーンとネット住民の協力によって宇宙を目指すのです。それぞれの要素は、一部SF的ではあるものの、現実に起こりそうなことばかりで、本当に実行できそうな「わくわく感」を持たせるものがあります。
次の「コンビニエンスなピアピア動画」はまさにコンビニエンスストアが舞台となるSFなのですが、途中まで読んでいて
あれ、これってオレがやってることと同じだよね…
と思ったのでした。
そう、これは東京タヌキ探検隊!に似ている…と。
たくさんの人がネットで知恵を出しあってとんでもないことになってしまう。
これは様相がちょっと違うとは言え、東京タヌキ探検隊!も同じなのです。
その次の「歌う潜水艦とピアピア動画」は潜水艦でクジラとコミュニケーションする話なのですが、これも途中まで読んでいて
あれ、これってオレがやってることと同じだよね…
と思ったのでした。
そう、これは東京タ(ry
最後の「星間文明とピアピア動画」ではそれまでの3編が収束してフィナーレを迎えることになります。
全体的には楽天的なユートピア的なSFです。「現実はそんなに甘くない!」と怒る人もいそうですが、フィクション相手にかっかするのは愚の骨頂です。
「ネット社会は危険だ」とか「ネット社会で人間がダメになる」とか言ってる人はいますが、うまく使いこなすことができればとんでもなく素晴らしい飛躍だってできるんじゃないかと思わせられるのが本書です。
しかも書かれているそれぞれの要素は現実に存在するもの、現実の事件、実在の人物(笑)、事象、流行などに基づいているためけっこう現実性がある(ように錯覚させる)のです。
ネットでつながることによって大きなことを成し遂げる、というのは東京タヌキ探検隊!でも現実に起こったことです。東京都23区にタヌキやハクビシンがどれだけいてどこに分布しているか、なんてことはネットがなければ永遠にわからないままだったかもしれません。
もちろん、本書で展開されるストーリーに比べれば東京タヌキ探検隊!の成果なんてささやかなものです。比べ物にもなりません。
しかし本書を読んでいて感じる感動はどこかで私自身が経験したもの…東京タヌキ探検隊!で経験したものに似ているのです。フィクションの感動が現実の感動にもつながっているという珍しい体験をしたのです。
そういえば、これと似たようなことが以前にもあったような…。
あれはいつのことだったか。
朝日新聞でニコニコ学会βの記事が載ったことがありました(朝日新聞デジタルで検索してみると2013年5月2日らしい。なので第4回ニコニコ学会βの後)。そこではニコニコ学会βが誰でも参加できる場であることが紹介されていました。
ということは私でも発表できる場があるのか、とその時は思いました。
そのすぐ後、本屋でニコニコ学会についての本「進化するアカデミア」(2013年6月発売)を立ち読みしました。
この本を読むと、ニコニコ学会βはユーザー参加型研究をしていることが書かれていました。
ユーザー参加型? それってオレがやっていることだよね? 昔から東京タヌキ探検隊!でやってるよ!同じだよ!
と私は思ったのでした。
この時私はニコニコ学会βに対して「そう、これは東京タヌキ探検隊!に似ている…」と思ったのです。
これがきっかけとなって私もニコニコ学会で発表してやろうと考えて、第5回ニコニコ学会β「研究してみたマッドネス」での発表につながるというわけです。
そしてその後、ニコニコ学会β→書籍「ニコニコ学会βを研究してみた」を読んでみた→「南極点のピアピア動画」を読んでみた→そして再び「これって東京タヌキ探検隊!に似ている…」に戻ってきたのでした。
今までは意識していなかったのですが、東京タヌキ探検隊!はネット時代のトレンドにシンクロしていたということなのでしょう。
そう考えると東京タヌキ探検隊!ってのはけっこう面白いことをやってきたんだなあ…と本人も感慨深く過去を振り返ってみたりするのでした(笑)。
(その割にはちゃんと評価されていないのが不満なんですがね(笑)。)
ただ、本書「南極点のピアピア動画」に比べると現実はなかなかうまくいかないものです。
まず、現実では恋愛要素はまったくありません(笑)。(宮本は独身。)
15年もやってきてそういう話がまったくないというのも悲しいものです。これではテレビドラマや映画としては成立しません!(笑)
また、現実での変化はゆるやかものです。数ヶ月で宇宙に行けたりはしません。
東京タヌキ探検隊!の場合、ある程度の成果が出せるまで10年近くかかりました。
目撃情報は最近は1日あたり平均1件程度(年500件程度)ですが、以前はもっと少なかったです。というか、最初の頃は情報ゼロの年もありました。けっこう忍耐が要求されます。ネット時代だからといっても何でもスピーディーになるわけではないのです。
確かに、本書のような画期的な成果はめったに現れるものではありません。
が、不可能とも言いきれません。
それは誰か個人のちょっとした思いつきから始まるものです。東京タヌキ探検隊!のように…。
ネットでつながる多数の人々との共同作業は現実にあちこちで発生しています。これは「古い人」たちには想像すらできないことのようで、批判されたり反発されたりもしています。ですが、私たちは既に新しい時代に突入しているのです。
私たちは新しいことにもっと挑戦してみるべきではないのか?
その勇気を与えてくれるのが本書なのです。
ところでこの本、100年後に読んだ人たちには面白さが果たして理解できるのだろうか?という心配があります。
現代の私たちなら作中に登場する人物、組織、小道具などなどの元ネタを知っていますから、ニヤニヤしながら読んでいられますが、100年後の人たちには何がなんやら理解不能になっていることでしょう。未来では詳細な脚注無しには読めない本になるんだろうなあー、と思うのでした。