Vol. 579(2014/6/15)

[今日の映画]「平成狸合戦ぽんぽこ」が描かなかったこと

映画「平成狸合戦ぽんぽこ」と言えば誰でも知っている国民的映画です。スタジオ・ジブリ作品ということもあって批判的にとらえられることもほとんどありません。
そんな大人気映画ですが、私は「いきもの通信」でも東京タヌキ探検隊!でもこの映画を取り上げることはありませんでした。
なぜかというと、「ちょっ違うなあ〜」という思いがあったからです。
この映画は東京都の多摩地区、より具体的には多摩市・町田市などの南多摩が舞台になっています。この映画が有名になってしまった結果、「東京都の多摩地区にはタヌキがいる」ということが知られるようになってしまったのですが、同時に「東京都23区にはタヌキがいない」という間違った連想も広まってしまったように思います。
しかし現実には、皆さんご存知のように23区にも数は多くはないもののタヌキは生息しています。東京タヌキ探検隊!の活動の目的は、この映画で広まった誤解を打ち消すことでもあったと言えるのです。

さて、今回はタヌキを研究してきた私の目から見た映画「平成狸合戦ぽんぽこ」について書きましょう。
実際にDVDを見ながらコメントを付けていきます。なお、数字は「時:分」を意味します。


・冒頭
タヌキは夜行性なので昼間からうろうろすることはあまりありません。

・0:01=空き家にすみつくタヌキ
空き家にすみつくというのはありうる話です。

小さな子タヌキがいますが、それなら季節は初夏〜夏のはずで、体毛も短いはずなのですが、まるで冬毛のような外見です。親も夏毛で毛は短いはずです。これは絶対ありえないことです。
まあ、つまり夏毛の資料無しで作画したのでしょう。あるいは夏毛の写真資料はあってもそれが何か理解できなかったのでしょう。
(0:51以降でも子育ての親子がやはり冬毛です。)
また、タヌキは大集団で子育てを行うことはなく、父母と子どもたちだけの家族集団でなければなりません。

タヌキが屋根の上に登っているシーンがありますが、これは現実にはありえないでしょう。屋内の階段を使えば屋根に出られそうではありますが。

・0:02=タヌキの合戦
タヌキの走る姿はそれっぽいです。イヌをモデルにすればいいので難しいことではありませんが。

・0:05=多摩ニュータウンの開発
確かに多摩丘陵や三浦丘陵を思わせる地形です。

・0:06=道路側溝のタヌキ
タヌキにとっては側溝は安全な通り道になります。実際に側溝を出入りするという話はあります。
ただ、最近はちゃんと側溝のフタがされているようで、こういう話は少ないように思います。

・0:10=人家の様子をうかがうタヌキ
人間は気付いていませんが、タヌキは人間のことをよく見ていると思います。
この場面のようなことはあちこちで起こっているはずです。

・0:18=怒りのタヌキ
そういえば怒ったタヌキというのは見たことありませんが、この描写はそれっぽいです。イヌの表情を参考にしたのでしょう。
よく見ると歯の形状もそれっぽく描かれています。動物の歯をきちんと描けないアニメは多いですので、ほめていいかも。

・0:44=イヌに化けたタヌキ
タヌキにとってイヌは最もいやな敵です。民話・伝承でもイヌにかみ殺されるタヌキの話があります。だからタヌキがイヌに化けるというのはなかなかうまいネタです。そのイヌを見たタヌキがびっくりするというのもこれを踏まえているのです。

・0:56=ニワトリを襲うタヌキ
これは実際にあることです。タヌキはニワトリがとても好きらしいのです。
タヌキは狩猟が得意ではありませんが、それでもニワトリはたやすい獲物らしいのです。

・0:56=イヌに吠えられるタヌキ
タヌキはイヌが苦手ですので、これだけ吠えられれば逃げ出すはずなんですが…。

・1:24=「多摩のキツネは滅びた」
いやいや、滅びてません(笑)。東京タヌキ探検隊!が把握している多摩丘陵一帯での目撃例は1件だけですが、まだ生息しているはずです。多摩地区全体では複数の目撃情報があります。

・1:39=テレビロケの前に現れるタヌキ
強烈な照明、複数の人間がいるような場所にはタヌキはまず現れません。タヌキは警戒心が強い動物です。

・1:51=「動物注意」の交通標識
これは実在する物です。この頃には存在していたんですね…(この映画は1994年公開)。
ちなみにタヌキ標識が多いのは神奈川県であり、東京都ではほとんど設置されていないはずです。

・1:53=(語り)新宿の花園神社で…
その辺りにはタヌキの目撃情報はありません。当時はそういう話があったのかも…。
ただ、現在でも新宿のすぐそばの新宿御苑、明治神宮にはタヌキが生息しています。おそらくずっと昔からそこにいたはずです。「都会の中で人間に化けて暮らしているタヌキ」というのはやはり実情に合っていません。化けなくても暮らせる場所があるのですから。

・1:53=またまたイヌに吠えられるタヌキ
大胆なヤツ…(笑)。でも相手が小型犬で、家の中から出てこれないというならこういうこともあるかもしれません。

・エンドロール
「協力」に登場する「池田 啓」氏(1950-2010年)はタヌキの専門家としてこの作品に助言しています。
助言がうまく反映されているシーンもあるものの、「冬毛の子タヌキ」のように全然理解されていないものもあります。


作画的に見ると、夏毛/冬毛が正確に描けてないのがどうにも気になりますね…。

多摩地区などで山林や里山をつぶして宅地開発をした結果、その場所にあった動物や植物の多くが死滅してしまったのは事実です。
ですが、これが日本全国どこでも均一に発生したわけではありません。未開発の地域も多く残っています。
東京都23区にもタヌキが生き残っているのは既によく知られた事実です。つまり、東京タヌキ探検隊!はこの映画の感動をぶち壊しているわけですね(笑)。

この映画で描かれている状況は「タヌキたちの領域に入り込んできた人間たち」と言うこともできますが、これもちょっと違うように思います。
タヌキは(すべてではありませんが)人家のそばにも生息しています。東京都23区でもかつては、例えば明治・大正時代ごろまではタヌキは間違いなく生息していたはずです。
タヌキは山奥にひっそりと暮らす動物ではなく、私たち人間と付かず離れずの場所で生きているのです。
この映画で描かれていたのは、日本全国さまざまなタヌキ集団の中のほんの一部の断面にすぎないとも言えるわけです。もっとたくさんの描かれなかったタヌキたちのストーリーがあるのです。

この映画のメインテーマは「開発反対」ということでしょうか。
現時点で見ると古くさいテーマではあります。映画が公開された1994年でもやや時代遅れの感があったのではと思います。
映画で描かれた多摩のニュータウンの建設は1970年代〜80年代のことです。後の時代に反省映画を作っても遅いんじゃないか、と私は思ってしまうのです。
もちろん、開発は今でも日本各地で進められています。ですが既にピークは過ぎてしまっています。未開の地を開発するよりも、都市を再び開発するというのがトレンドのように見えます。
時代は変わり、今度は人間が減っていく時代に入ってしまいました。そんな時代には山林を切り崩すような開発はもはや不要です。今度はタヌキたちから奪った土地を平和裏に返していくという時代になっていくでしょうし、そうしなければなりません。
そういう未来像を描けていたら、この映画の価値はもっとずっと高まっていたでしょう。しかしここで描かれたのは過去への追憶でしかありません。それがこの映画の限界だったと言えます。


[いきもの通信 HOME]