EXTRA 4(2001/6/3)

「季刊Relatio」連載

「動物事件の読み解き方」補足

第4回 ニホンオオカミ目撃騒動

※この記事は「季刊Relatio(リラティオ)」連載「動物事件の読み解き方」をお読みになっていることを前提に書いています。ぜひ「Relatio」の方もご覧ください。特に今回の記事は新聞・雑誌では取り上げていないところに踏み込んで論点を整理していますのでなおさらです。
(参照 EXTRA 0)


今回の記事では昨年11月のニホンオオカミ騒動について、肯定派と反対派の見解を紹介しています。両論併記で、私自身はどちらかに軍配を上げるような結論は書いていません。ただ、反対派の方が多数であるため、賛成派寄りに見えてしまうかもしれません(それは私としては計算の上で書いています)。しかし、賛成派から見ても不満のある内容になっているわけで、なかなか難しいものがあります。

テレビ朝日「たけしの万物創世記」のこと

今回の原稿を書き上げる直前、テレビ番組でこの事件のことが大きく取り上げられました。テレビ朝日「たけしの万物創世記」という番組です(2月13日放映。番組自体は3月で終了)。新事実が公表されるかも?!…と思った私は原稿を完成直前でストップして番組を見たのでした。残念ながら私にとって新事実はなく、どれもわかりきったことでした(私にとっては興味あることが1つだけ判明しましたが、一般の視聴者にはわからなかっただろうと思います)。
番組では、ニホンオオカミのタイプ標本にあいまいな部分があること、シーボルトの残した文献には「オオカミ」の他に「ヤマイヌ」というイヌ科動物のことがはっきりと記されていることなどをとりあげていました。このあたりのことはあまり知られていないので、多くの視聴者は感心したり混乱したりしたことでしょう。ですが、これについてはちゃんと元ネタがあるのです。

「シンラ」 連載記事「山根一眞の動物事件簿 狼」

その元ネタとは、雑誌「シンラ」(新潮社。現在は休刊)に連載されていた「山根一眞の動物事件簿 狼」という記事です。連載期間は1996年1月号〜1997年7月号で、ちょうど秩父でニホンオオカミと思われる動物が撮影された時期と重なります。私も取材中にこの記事に気付き、国会図書館に行って全連載をコピーしてきました。
記事の内容は、現時点でニホンオオカミについてもっともよく調べられた内容といえるでしょう。雑誌連載だったため、繰り返しが多かったり、よく咀嚼されていない面はあるものの、ライデン、ロンドンの毛皮資料を調べに行ったりしてかなり力が入っています。学者から見ると満足できない内容かもしれませんが、その学者自身がきちんと書き残していない現状ではこの連載記事に文句は言えないのではないでしょうか。

「たけしの万物創世記」で紹介された「ヤマイヌ」についても、この連載記事で詳細に取り上げられた内容です。ただ、私としては「ヤマイヌ」の生物分類上の定義がはっきりしないため、「リラティオ」の記事には当初はまったく取り上げていませんでした。しかしテレビ番組で取り上げられたために、最後に小コラムの形で「ヤマイヌ」の説明も加えたのでした。

貼り紙事件

原稿をとっくに編集部に渡した後の3月、また新たな事件が起こりました。

昨年夏にニホンオオカミらしき動物が撮影されたという大分県某所の山小屋で、管理人がはり紙を発見した。その内容は「ニホンオオカミに間違われて撮影され、お騒がせしたのは純血の四国犬です。ご迷惑かけました。」というもの。[2001年3月17日 朝日新聞(東京版)]

この新聞記事を読んで「な〜んだ、やっばりニホンオオカミじゃなかったのか〜」と思った方が多いでしょう。しかし、この貼り紙の内容が果たして本当かどうかには疑問があるのです。というのも、ニホンオオカミが撮影された場所は秘密とされてきましたが、「たけしの万物創世記」でその場所が暴露されてしまったからです。番組では場所や地名が特定できるヒントはほとんどありませんでした。しかし、あの程度のヒントでも私なら場所を探し出せたでしょう。現場にある程度詳しい人ならすぐに気がつくでしょう。つまり、「ニホンオオカミの存在を認めたくない人」があの場所を探し出して貼り紙をした、とも考えられるのです。わざわざそんなことをする人がいるのか?と思われるかもしれませんが、私がニホンオオカミを巡る情況を聞いたり調べたりした限りでも有り得ることだなあと思うのです。ニホンオオカミはそういう事情も抱えているのです。

日本オオカミ協会

オオカミについて、国内のホームページでは「日本オオカミ協会」というものがあります。「ニホンオオカミ」協会ではなく、日本「オオカミ」協会であることに注意してください。「ニホンオオカミ」ではなく「オオカミ=タイリクオオカミ」についての団体なので勘違いしないように。
今回の事件について新聞等でコメントを出していた丸山直樹氏(東京農工大教授)もこの団体に参加しています。このホームページには今回のニホンオオカミ騒動について、丸山氏によるコメントが掲載されていますが、残念ながら不十分な内容のものです。一言でいうと、科学的ではない内容です。ここに書かれているようなことは間違っているのではないのでしょうが、多くの人たちが望んでいるのはもっと科学的な説明ではないでしょうか。「リラティオ」の記事でこの文章についてまったく触れなかったのも、読者はより科学的な説明を期待していると思ったからなのです。

追加

今回の記事内容に追加するとすれば、「野犬は意外と多いらしい」ということです。東京都都心部では野良犬を見ることがほとんど無いため、これは全国的な傾向かと私は錯覚していたのですが、そうではなく、やはり野良犬は多くいるようです。野良犬が少ないのなら山中でオオカミのような動物を見ればあれっと思うでしょう。しかしあちこちに野良犬がいては、本物のニホンオオカミがいたとしても見過ごしてしまうのではないかと思われます。また、野犬とニホンオオカミの交雑もおこる可能性があります。ニホンオオカミ、そして同時に野犬の生態も含めた調査が必要なのではないかと思われます。
「人間が騒ぎすぎるのは良くない。ニホンオオカミはそっとしておくべき」という考えもあるでしょうが、そんなことではニホンオオカミを救うことはできないでしょう。生き残っていたとしても数がきわめて少ないはずのニホンオオカミです。徹底的な管理と詳細な観察が必要とされる存在なのです。それこそトキと同様にです。
もしニホンオオカミが絶滅していることが確認されたとしても、学術的な関心をほとんど持たれていない野犬の生態を明らかにすることが無駄だとは思いません。野犬が自然生態系にまったく影響を与えていないはずはないのですから。


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