Vol. 52(2000/7/16)

[今日の事件]外国産カブトムシ・クワガタムシ大襲来!

輸入解禁がもたらす新たなブーム

[ON THE NEWS]
農林水産省は外国産の6月下旬にクワガタムシ、カブトムシ5種の輸入を解禁した。これまでに輸入解禁となったクワガタムシ、カブトムシは計53種となった。これまでは農業などに有害な昆虫は植物防疫法で輸入が禁じられていたが、害が無いと確認されたものについては解禁となりつつある。
一方で、こういった外来種が逃げて、日本在来の種と交雑し、在来種を駆逐するおそれを指摘する専門家もいる。

(SOURCE:2000年7月7日 朝日新聞(東京版)夕刊)

[EXPLANATION]
去年は1000万円のオオクワガタが話題となりました。この事件は近年のクワガタムシ・ブームの一端と言えるのですが、ブームはまだまだ終わりません。
今年は外国産のカブトムシ・クワガタムシが話題になるだろうことは、実は私は前々からわかっていました。というのも、この新聞記事にあるように、昨年外国産カブトムシ・クワガタムシの輸入が一気に解禁されたことを耳にしていたからです。
今年の春には、新宿の東急ハンズで「外国産カブトムシ・クワガタムシ」フェアーが開催され、生きたヘルクレスオオカブトやコーカサスオオカブトなどが展示され、一部は販売されていました。ああ、今年からはこういうのがどこででも見られるようになるのだなあ、と複雑な気持ちで展示を眺める私でした。

これまでカブトムシやクワガタムシの輸入が禁止されていた、と言っても、あの有名なワシントン条約で禁止されていたわけではありません。外国から動植物を輸入する場合には「検疫」、つまり日本の農作物や生態系に影響を与えないかを調査する必要があるのです。昆虫も農作物を食い荒らす可能性があるので慎重に扱われています。また、外来種が在来種を駆逐してしまう可能性もあるため、なおさら慎重さが必要になります。
「カブトムシ・クワガタムシが害虫なの?」と不思議に思われるかもしれません。日本のカブトムシやクワガタムシは樹液を食べていますから、害虫には見えないのも無理はありません。しかし、日本でも沖縄諸島で見られるサイカブトムシ(タイワンカブト)は実際、農作物を食い荒らす害虫です。カブトムシ・クワガタムシは主に樹液を食べているのですが、リンゴなど果物を与えても食べます。樹液が無ければそのような農作物を食べる可能性もあるわけで、潜在的には害虫であると言えるのです。

さて、輸入時に検疫を行うのは、農林水産省の「植物防疫所」です。植物防疫所は横浜、名古屋、神戸、門司(北九州市)、那覇の5か所にあります。ホームページは<http://www.jppn.ne.jp/pq/index.html>です。
カブトムシやクワガタムシについては、これまでは申請があったものについて個別に対応していたのですが、申請が多くなったため手続きの簡略化が行われた、というのが今回の「輸入解禁」なのです(それ以前も一律に輸入が禁止されていたわけではなかったので、「解禁」というのは正確ではない)。害が無いと判定された種については書類があればOKということになったのです。その手続きを簡単にまとめると、
・輸出国の公的機関発行の証明書が必要
・輸入時には植物防疫所での確認検査が必要
ということになります。

解禁されたのはあらゆるカブトムシ・クワガタムシではなく、一部の種類だけです。その解禁リストには、ヘルクレスオオカブトやコーカサスオオカブトのような人気の高そうなカブトムシの名前や、ギラファノコギリクワガタなど大型のクワガタムシの名前も見られます。
以上の手続きの詳細、輸入可能なカブトムシ・クワガタムシのリストは<http://www.jppn.ne.jp/pq/beetle/>に掲載されていますので、もっと知りたい方はそちらもご覧ください。
ところでこのページ、上記の植物防疫所のホームページと同じサイトにあるにもかかわらず、そのホームページとはリンクしていないという不思議なページです。このページにアクセスしてもらいたくないのでしょうか? 私の場合は検索エンジンでこのページを探し出しました。

今回の解禁は、「防疫」の点で本当に問題が無いのか、多少の心配が残ることも否定できません。前述の「潜在的な害虫」である可能性も心配のひとつです。
これまでは外国産のカブトムシ・クワガタムシは密輸入されていたものも多く、ひっそりと隠れて取引されていたのですが、これからは堂々と扱えるようになったわけで、流通量が格段に増えるのは確実です。また、ブリーディング(繁殖)も増え、日本国内で産まれる子孫も今後は続々と増えていくものと思われます。外国産カブトムシ・クワガタムシはその生態が未解明であるため繁殖技術はまだ確立していないのですが、ブリーダー(繁殖家)たちは非常に研究熱心なので、繁殖技術の完成は時間の問題でしょう。
そうして個体数が増えてくると、脱走するカブトムシ・クワガタムシも増えてくることでしょう。植物防疫所も警告しているように、日本の在来種との交雑の可能性も出てくるのです。交雑の可能性が高いのはカブトムシよりもクワガタムシでしょう。例えば、ヒラタクワガタ(Dorcus titanus)は国内にも国外にも同一の種が生息していますが、国外(熱帯地方)のヒラタクワガタは国内産よりも一回り大きく、別亜種と考えていいものです。これが国内産と交雑すると、在来種本来の姿が変わってしまうことになるでしょう。
交雑まではいかないとしても、その種が野生で繁殖する可能性もあります。カブトムシ・クワガタムシは主に熱帯地域に生息するため、そのような種が日本に定着するのは難しいと思われがちですが、これはそうでもないようです。熱帯地域といっても、高山地帯では夜の冷え込みも激しく、かなり寒い場所なのです。そのような環境に生息するカブトムシ・クワガタムシならば、日本での自然繁殖も不可能とは言い切れないのです。
(ちなみに、日本のカブトムシは世界のカブトムシの中でも最北限に生息しています。)

ここまで書いてくると、外国産カブトムシ・クワガタムシの輸入解禁は本当に良いことだったのか、心配になってきます。この外国産カブトムシ・クワガタムシのブームが過熱すると、他の輸入禁止されている昆虫を密輸入して高く売ろうとする業者も出てくるでしょう。
動物に興味を持ってくれる人が多いのは結構なことですが、動物を本来の生息場所から人為的に移動させるのはいろいろな問題も付随することを忘れてはなりません。


[いきもの通信 HOME]