Vol. 79(2001/3/11)

[今日の観察]クロツラヘラサギを見に行った

昨年末、クロツラヘラサギという鳥を見に行ってきました。この鳥は世界的に数が少ない珍しい種で、私にとっても未知の種です。見たこともない鳥をガイドも無しに見に行こうというわけですから、見つけられない可能性もあるわけです。今回は、私がどのように考えながらクロツラヘラサギにたどりついたか、その思考過程も紹介しながら話を進めていきたいと思います。

下調べ

知らない鳥を見に行くのですから、下調べは必要です。
クロツラヘラサギ。世界で600羽ほどしか生息しないという希少種です。東アジアに生息。福岡市・今津湾で少数が越冬することが知られています。今回見に行くのはこの今津湾です。
外見はサギですが、「ヘラサギ」の名の通り、しゃもじのような形の長いくちばしが特徴です。また、「クロツラ」というように、くちばしから目のあたりまでが黒くなっています。大きさはコサギよりも大きく、ダイサギよりも小さいです。
分類ではコウノトリ目トキ科。そうです、「サギ」という名は付いていますが、ヘラサギ類はサギよりもトキに近い種類なのです。ちなみにダイサギ、コサギ、ゴイサギなどのサギ類はコウノトリ目サギ科に属しています。だからどうした?と思われるかもしれませんが、この情報は後で役に立ちました。
生態はどうなっているのでしょうか。朝日新聞に載った写真を見ると、干潟の浅瀬で8羽が一列に並んでくちばしを水に突っ込んでいます。こうして魚や甲殻類などの動物を捕らえているようです。
さて、下調べはこの程度でいいでしょう。クロツラヘラサギについては文献自体が少ないので、これ以上調べるのも大変です。

発見まで

2000年12月31日。20世紀最後の日になんでこんなことをしてるのかなあという疑問はないわけではないのですが、とにかくこの日しか空いていなかったのです。風のびゅうびゅう吹く、曇りがちの天気でした。しかも昼間はちょうど満潮。新聞の写真にあったような、干潟の浅瀬を歩く姿は期待できそうにありません。では、彼らは満潮の時にはどこにいるのだろうか? この情報は持ち合わせていませんでした。ヘラサギやトキの生態は知らないので、サギ類の生態から類推するしかありません。サギは寝る場所としてこんもりと茂った林や森を好みます。今津湾の周辺にはいかにもサギが好みそうな場所はたくさんあります。クロツラヘラサギも満潮の時にはそのような場所に移動しているかもしれません。となると、探すことはかなり難しくなるでしょう。わかりやすい場所にいてくれることを願うしかありません。
今津湾へは、父の車で送ってもらいました。鉄道で行くのならば、JR筑肥線(福岡市営地下鉄が直通)・周船寺(すせんじ)駅から北へ向かって歩いていくのがいいでしょう。
車では今津湾北岸を走っていきました。北岸には道路が接していて、南岸よりも見通しがいいからです。しかし、満潮のこの時間帯には浅瀬はほとんどありません。湾の奥に水没していない小さな島があり、そこに大型の鳥がいることがわかりましたので、そこで車から降りました。後は自分で歩いていかなければなりません。その島には、アオサギとダイサギがいるのはすぐにわかりました。そして、葦の向こうにクロツラヘラサギらしい鳥の姿がちらほら見えます。が、葦が邪魔でよく見えませんし、あまりにも遠すぎて20倍ズーム(35mmフィルム換算で980mmもあるんですが)のビデオカメラでも小さくしか見えません。どうも北風を避けて、島の南側にかたまっているようです。また、南側から見た方が距離も近そうです。そこで、湾をぐるっとまわって南岸へ行くことにしました。
もちろん、どこでクロツラヘラサギが出現するかわかりませんので、観察をしながらの移動です。まず驚くのが、海面に数多く浮かぶ水鳥たちです。そのほとんどがマガモでした。私の今までの経験では、マガモは大集団を作ることがない鳥です。基本的にはつがいか子供を含む家族単位で行動するものです。ところが、目の前には数百のマガモの大群がいるのです。動物の場合、普段の常識が通用しないこともあるんだよな〜、と自戒しました。よく見ると少数の、おそらく家族と思われるグループ単位で行動しているようにも見えます。これはこれで面白い観察対象なのですが、今日の目的はクロツラヘラサギ、どんどん先に進みましょう。
途中、ハシボソガラスの数百羽の群れにも遭遇しました。電線にずらりと並んだ姿には驚きました。ここは福岡市なので、昼間にゴミが屋外に出ていることはありません。それに、周辺は農地の多い場所です。彼らの食べ物はゴミではなく、農地の動植物でしょう。しかしなぜこうやって全員集合しているのか、理由はわかりません。私はその電線の下を歩いていったのですが、カメラとビデオカメラを抱えているため、彼らの注目の的でした(笑)。もちろん、襲われる心配はありません。こんな怪しげな人間を警戒していたのは彼らカラスの方なのですから。

観察

さて、ようやく先ほどの島を南岸から眺められる場所に到着しました。確かに、ダイサギよりも小さな白い鳥が何羽もいます。長い脚はいかにもサギっぽい姿です。しかし、肝心のしゃもじのようなくちばしが見えません[写真1]。くちばしを背中の羽の中に隠して寝ているからです! 彼らの寝場所が森の中でないのは幸いでしたが、この寝姿ではクロツラヘラサギかどうか識別できません。こうなると彼らが動くのをひたすら待つしかありません。
寒風に耐えながらじっと観察を続けていると、あることにふと気づきました。近くにはダイサギやアオサギがいるのですが、その寝姿とクロツラヘラサギらしき鳥の寝姿が違っているのです。ダイサギ、アオサギは体を立てて、くちばしは腹側にあります。しかし、クロツラヘラサギらしき鳥は体は横に、くちばしは背中に向けているのです[図1、図2]。これはどうもサギの寝方ではありません。下調べで「クロツラヘラサギはトキ科」という知識を持っていたので、やはりこれはクロツラヘラサギだと確信しました。トキの寝姿は知らないのですか、おそらくこのクロツラヘラサギのような格好なのではないかと想像できます。
しばらくして、何かに驚いたのか突然鳥たちが飛び立ちました。ビデオカメラで確認すると、確かにしゃもじのようなくちばしが見えます[写真2]。やはりクロツラヘラサギだったのです。そしてもうひとつ、首を伸ばして飛んでいることにも気付きました。サギは飛ぶときに首を縮めます(他の首の長い鳥は首を伸ばして飛ぶ)。これもサギではない証拠です。


とまあこんな具合にしばらく観察をしていたのでした。
今回は下調べをして観察に行ったのですか、慣れている人なら発見はそう難しくないでしょう。初心者は詳しい人に連れていってもらう方がよさそうです。ダイサギ、アオサギに混じっているので区別が難しいかもしれません。
博多湾にはこの今津湾と和白干潟という干潟があり、どちらも渡り鳥の越冬地・中継地になっています。九州北岸にはこれらの他に大きな干潟がないので、自然と集中するのです。福岡市という人口130万の大都市にこのような自然が残っているとはすばらしいことです。
最後にもうひとつ、今津湾は日本では残り少ないカブトガニの生息地でもあることを付け加えておきます。


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