2001年1月27日付の朝日新聞に、新宿駅南口ビルの壁面をねぐらにしているハクセキレイのことが紹介されていました。鳥を観察していていつも気になっていること、そして同時にあまり知られていないこと、それが「どこに巣があるのか」「どこにねぐらがあるのか」ということです(「巣」とは卵を産みヒナを育てる場所、「ねぐら」とは寝るための場所で、両者は明確に区別される)。私自身、巣やねぐらをじっくり見たことはありませんので、この新聞記事には興味を持ちました。しかも都会のど真ん中で観察できるのですから非常に好都合です。さっそくビデオカメラをかかえて見に行ってきました。
観察に行ったのは2001年2月9日。場所は新聞記事のおかげですぐにわかりました。新宿駅南口の「ルミネ1」の南西角の壁面です[写真1]。甲州街道に面している、人も交通量も多い場所です。私は道路をはさんで南側にビデオカメラを設置しました。時刻は午後5時直前。ハクセキレイがねぐらに来る時刻はかなり正確に推測できます。というのも、たいていの鳥は日没時刻にねぐらに来るからです。不思議なことに、どんなに曇っていても正確に日没時刻に来るのです。この日の日没は5時18分。よく晴れています。
ハクセキレイの姿はまだ見えません。ハクセキレイはまっすぐにねぐらに来るのではなく、道路をはさんだ西側のビルの屋上にいったん降りてくるそうで、私もそこを重点的に見ていました。肉眼で見るには遠すぎるので、最大望遠にしたビデオカメラ頼りです。ビデオカメラは少々暗くても明るく映し出すので、こういう時にはとても役に立ちます。
5時9分。ねぐらの西側のビルに小さな鳥が飛んでくる姿を発見しました。ハクセキレイです。ハクセキレイは小さいので(ツバメよりちょっと大きいぐらい)、この距離でははっきりと確認できません。しかし、セキレイ類は波打つような飛び方(sin曲線のような飛び方)をするのですぐにわかります。また、ちょっと長めの尾羽でも確認できます。
しばらくすると、西側のビルの屋上の縁にハクセキレイが並び始めました。観察場所からは見えない方向からもやって来ているようです。屋上の縁からねぐらの方の様子をうかがっています。[写真2]5時17分。日没時刻1分前。西側のビルの屋上の縁にいた1羽がねぐらに向かって飛び立ちました。ねぐらの壁面にはハクセキレイがちょうど入る大きさの穴がたくさん開いています。ハクセキレイはその穴の1つに着陸しました。この後、次々に西側のビルからねぐらへとハクセキレイが飛んできました。しかし、西側のビル屋上の縁にいるハクセキレイの数は減りません。どうも順番待ちしているハクセキレイが屋上にはたくさんいるようです。
ねぐらの穴には次々とハクセキレイが陣取っていきます[写真3]。穴に着陸すると、ちょうどハクセキレイの尾だけが見える格好になります。中には頭を外に向けているものもいます。穴の中で方向転換ができるらしいのです。遠くから見る限りではよくわかりませんが、穴の内側は吹き抜けの空間があるようです。尾を外に向ける、というのは糞を外に落とすためという目的もあると思われます。おそらく、この壁面の直下は糞だらけになっていることでしょう。幸運にも壁面の下にはでっぱりがあり、通行人には被害はありませんが、ビルの清掃は糞の掃除までやっているのでしょうか?
まわりの空に目を向けると、時折カラスが南へ向かって飛んでいく姿が見られます。カラスも明治神宮のねぐらに向かっているのでしょう。この辺りには夜活動する鳥はいません。どこをねぐらにしても安全度に大差はなく、わざわざこのようなにぎやかな場所を選ぶ理由がよくわかりません。ただ、他でもハクセキレイは駅前などの看板をねぐらにする例があって、緑のある場所よりも、意外と岩場のような場所が好きなのかもしれません。5時37分。日没から約20分経過。西側のビル屋上のハクセキレイの姿もなくなり、ねぐらへの移動は完了したようです。ざっと数を確認してみると、壁面の穴の所だけで100羽以上がいます。さらに、その下のネオンサインの所にも、隠れるように30羽以上がいます。
昼間見るハクセキレイの姿は、河原でなわばりを持ち、そこに入ってくるハクセキレイを追い払うというものです。ハクセキレイは群れない鳥なのだ、と私は思っていました。しかし、このねぐらには信じられない大集団がいます。昼間なわばりを主張するハクセキレイと同じ種類であるとは信じられません。夜はなわばりを放棄するのか、それとも集団でねぐらを作るハクセキレイはなわばりを持たないという別の行動パターンを持っているのか? 誰か調べた人はいないのでしょうか?
ところで、朝はいつねぐらを離れるのでしょうか。日の出の時刻に飛び立つのだろうと私は推測していますが、確認はしていません。早起きしてこのハクセキレイを観察しようとは思っていたのですが、なかなか実現できずにいます。ハクセキレイは渡り鳥なので(一部、留鳥になっているものもいる)、そろそろ北へ帰る頃です。早朝の観察は来年の課題になってしまいそうです。