この「いきもの通信」でとりあげたくないものというのがいくつかあるのですが、その1つが「ツチノコ」です。1度も捕獲されたことがなく、科学的に解析されてもいない動物について語ることができるはずもありません。しかし今回はなんと、ツチノコ捕獲のニュースです。地元では盛り上がっているようですが、私から見ればまた無駄な騒ぎをやっているようにしか思えません。この動物はほぼ間違いなくツチノコではなく、既知のヘビでしょう。今回はそれを解説していきましょう。
まず、事件の概要について。
6月6日、兵庫県美方(みかた)町でツチノコとみられる動物が発見、捕獲されました。
美方町のホームページにそのあたりの経緯と写真が掲載されていますのでご覧ください。ツチノコ探しに熱心な人たちは、「ツチノコ」という未知の動物を「新種のヘビ」と考えているはずです。「実はマムシでした」とか「実はヤマカガシでした」という結論を期待しているのではないでしょう。
そこでまず、用語の確認。「種」とは何でしょう? これが説明できなければ「新種」の定義もできないはずです。実は、学問的にもこの「種」の定義ははっきりしていません。信じられないかもしれませんが本当です。現在一般的な定義としては「交配し、子孫を残し続けることができる(専門的には「生殖的隔離」という)」とされています。つまり、種が異なれば交配しても子はできないということ、交配して雑種が生まれてもその雑種からは子は生まれない、ということです。ただ、すべての動物について交配の結果を確認しているとはとても思えないので、はたしてどこまで正確な定義なのかはわかりません。
現実的には、外見や骨格といった形態的な点から種を判別するのが一般的でしょう。他にも遺伝子を解析するという方法がありますが、あらゆるヘビについての解析が完了しているわけではないので、今すぐ結論を出すのは難しいのではないかと思われます。
というわけで、今回のツチノコについても形態的観点から比較分析するのが妥当と言えるでしょう。ここでツチノコの特徴をまとめてみましょう。インターネットを検索して、ツチノコの特徴を拾い出し、整理してみました。特徴は4つのレベルに分けてみました。
◆決定的な特徴
胴体が太い◆有力な特徴
体長は30〜80cm
頭部の形が三角形
まぶたがある◆当たり前の特徴
体色はさまざま(黒や灰色、模様有りなど)
蛇行せずまっすぐ動く
カエルやネズミを食べる
春から秋に出没
1匹で行動する◆問題外
大きな頭
ネズミのような声で鳴く
いびきをかく
シャクトリムシのように進む
ジャンプする
昼間行動する
坂などでは転がって移動する
毒がある
威嚇するときは尾で立ち上がるツチノコについての証言はいろいろあるのですが、その内容は非常にばらばらです。上に挙げた特徴すべてを同時に確認した人はいないはずで、ある人は「頭が三角で、ジャンプした」と言い、ある人は「まぶたがあって、まっすぐ進んだ」と言い、またある人は……と部分的な特徴だけしか見ていないはずです。これら証言に唯一共通の特徴があるとすれば、「胴体が太い」ということだけなのです。そう、ツチノコ特有の特徴はこれしかないのです。
「有力な特徴」は形態的分類という観点から見た場合に重要な情報です。ところが、今回捕獲されたツチノコにはこれらはあてはまらないようです。体長は1m以上もあり、頭の形は三角ではありません。確認はできないのですが、おそらくまぶたもないでしょう(ちなみにヘビには一般にまぶたは無い。トカゲにはある)。かなり重要な特徴でありながらこれらに合致していないようでは、今回の問題の動物がツチノコであるのかどうか、かなりの疑問があります。
なお、「体長は30〜80cm」「頭部の形が三角形」というのはニホンマムシに合致する特徴です。ツチノコはニホンマムシであるという説もありますが、その根拠はここからきています。「当たり前の特徴」はヘビとして当たり前のこと、つまり種を判別する特徴にはならないものです。
ヘビの体色は種によってだいたい決まっていますが、中には変異があります。アオダイショウのアルビノである「シロヘビ」は有名です。今回の「ツチノコ」は明らかに黒色変異です。私は一瞬「クロマムシ(ニホンマムシの黒色変異体)か?」と思ったのですが、体長から判断すると違ったようです。
「ヘビは蛇行する」というのは一般的な思い込みで、世界的にはまっすぐ進むヘビも、横に進むヘビ(サイドワインダー)もいます。また、アオダイショウのような普通のヘビでも低速ならあまり蛇行せず、まっすぐに移動することもできます。
「カエルやネズミを食べる」「春から秋に出没」「1匹で行動する」というのもヘビとしては普通のことで、ツチノコ判別には役に立ちません。最後の「問題外」というのは種の判別には関係ないことです。例えば、「うちの犬は3mジャンプできるから新種だ!」とか言いますか? 「うちの猫は坂を転がるから新種だ!」とか言いますか? そういうレベルのことでしかないのですよ。また、思い込みや誤認の可能性も高く、信頼できるものではありません。
「毒がある」という特徴も、捕獲・確認もしていないのにそうだと言い切れるものではありません。こうやって見ていくと、ツチノコの特徴は「胴体が太い」ということしか残らないことがわかります。この特徴でさえ、よく知られているように「獲物を飲み込んだから太いのだ」で簡単に却下されることでしかないのです。今回捕獲した「ツチノコ」の胴体も日に日に細くなっているようで、やはりツチノコではなさそうだということになりそうです。
長年騒がれている割りには、ちゃんとした情報が「胴体が太い」ということだけしかないのがツチノコなのです。毎度毎度大騒ぎして、証言も多数あり、多くの探索が行われているにもかかわらず、捕獲はおろか写真やビデオさえもない。そんな動物の実在を信ずるのは私には難しいことなのです。
ツチノコについて調べてみると、村おこしや町おこしとしてツチノコを利用している自治体がいくつかあるようです。今回の捕獲動物についても、自治体の宣伝のためにマスコミを利用して過剰に話題をあおっている気配が感じられます。ツチノコかどうかを鑑定するならばすぐに専門家に来ていただくなり、捕獲個体を送るなりすればいいのですが、そうせずにまず盛り上げようとするところにうさんくささを感じるのです。専門家の意見も聞かずにまず騒ぐというのはおかしなことではないでしょうか。
動物そのものに関係のないこういうことを「いきもの通信」ではあまり書きたくないのですが、さすがにこれはやりすぎではないかと思わざるをえません。さて、もし皆さんがツチノコ(らしき動物)を捕獲したならばどうすればいいのか。その時は私に連絡してください。すぐに専門家に知らせて鑑定をしていただけるように手配します。ただし、写真だけ、ビデオだけというのは受け付けません。証拠としては不十分だからです。
追記
美方町で発見・捕獲されたこの動物について、8月25日に「ヤマカガシ」との結論が発表されました。なお、この動物はその発表直前に死去しました。(2001年8月26日)