まず最初に、捕鯨に関する私の立場を書いた方がいいでしょう。
動物問題についてはあれこれ論じている私ですが、単純に結論を下すことができない問題がいくつかあります。捕鯨問題もそのひとつで、これについては賛成・反対両論を見守る立場にあります。それでも基本的立脚点はあります。まず、クジラ類の中には絶滅の危機にある種が存在すること。そして、クジラ類の科学的調査は不十分でありわからないことが多すぎること、捕鯨をやるとしても種の絶滅は避けなければならないこと、といったことです。それから、商業捕鯨を再開してもビジネスとして成立しないだろうと思っていることです。捕鯨に絶対反対ではないが、商業捕鯨にそれだけの価値はあるのか?という疑問があります。
こういう立場から今回の事件を見てみましょう。
4月1日の朝刊(朝日新聞・東京版)を読んで、私はびっくり仰天しました。新聞記事によると、WWFジャパンが商業捕鯨を容認する方向に方針を転換した、とあります。WWFといえば、反捕鯨の旗手ともいえる団体です。日本支部の話とはいえ、この方針転換はかなり衝撃的なものです。まさかエイプリールフールじゃないよな…と私が思ってしまうほどのことなのです。しかし、新聞記事にはジョークらしい部分はまったくありません。そこでWWFジャパンのホームページを見ると、確かに「クジラ保護に関するWWFジャパンの方針と見解」が掲載されています。どうやら、WWFジャパンは本気のようです。
こ、これは一大事、とこの「見解」にざっと目を通しました。「見解」の基本方針には以下のようなことが書かれていました。・「WWFの使命」に従う
・科学的な根拠に基づいて議論・行動する
・予防原則を尊重する
・国際的合意を尊重する
・多様な価値観を尊重する
・日本政府に対し、海洋資源の保全に貢献するよう強く働きかける「見解」ではさらに、商業捕鯨、調査捕鯨など個別の問題についても論じています。
「見解」を一読すれば、WWFジャパンが商業捕鯨を無条件に認めているわけではないのは明らかです。商業捕鯨再開の条件として、絶滅が危惧されないだけの個体数がいること、個体数やその増減に関するデータがあること、管理制度が完成していること、などが挙げられています。これらの条件の達成は可能ではあるものの、ハードルは低くなく、すぐにも商業捕鯨が再開できるというものではありません。また、WWFジャパンの方針が変わった、というのは正しくなく、彼らの方針は依然維持したままであると考えた方がいいでしょう。ただ、クジラ問題についてのこれまでの不毛にも思える論議抜きの意見対立を終わらせ、堂々と論議をする準備ができた、と宣言していることは確かです。
この「見解」には驚きましたが、まともな議論すらできないクジラ問題を前進させようという意志には賛同できるものがあります。これによって問題解決への道が開けるならば悪いことではありません。ところが数日後、この「見解」はホームページから消えてしまいました。ええっ?、あれはやっぱりエイプリールフールだったのか…? さらにその後、ホームページには英文のコメントが掲載されました。内容は「報道では誤解されるような内容が紹介されたが、商業捕鯨問題についてのWWFインターナショナル、WWFジャパンの立場にはなんら変更は無い」というものでした。どうやら海外からの反響(反発)はかなり多かったらしい、と推測できます。そして4月8日、今度は日本語・英語で「WWFジャパンが商業捕鯨を奨励する新しい方針を採用したとする誤った報道について」とのコメントがホームページに掲載されました。内容は「WWFインターナショナル、WWFジャパンの姿勢に変更は無いが、先の見解は誤解を生じるおそれがあるため公表を控える」というものでした。
クジラ問題・捕鯨問題に関心の無い方から見ると、何が何だかわからない話にしか思えないでしょう。ここでこの問題の解説をするにはあまりに複雑すぎますが、おおざっぱに言うと次のようになるでしょうか。
・商業捕鯨反対派=欧米を中心とした勢力。WWF、グリーンピースといった環境保護団体がその中心。調査捕鯨も含めて捕鯨を全面的に認めない立場。国際捕鯨委員会(IWC)を圧倒的多数で抑えており、賛成派を完全に封じている。おかげで科学的論議すら成立しない。
・商業捕鯨賛成派=日本とノルウェーを中心にした少数勢力。日本政府(水産庁)が特に熱心。ある程度の捕鯨は海洋生態系維持のためにも必要、との立場(増えすぎたクジラが漁業資源を食い尽くしかねない、ということ)。ただし、調査捕鯨を強行していたり、流通ルートの怪しい鯨肉が出回ったりしているため欧米からの評判は悪い。そもそも、ビジネスとして成り立つかどうかもわからない商業捕鯨にこだわる理由がよくわからない。
今回のWWFジャパンの見解は、突然「捕鯨容認」に路線変更してしまったように見えたため注目を集めることになってしまったのです。
捕鯨問題がいつまでたっても解決しないのは、お互いがきちんと論議のテーブルにつかないから、ということに尽きるでしょう。毎年のようにIWC総会やワシントン条約締約国会議でこの問題は取り上げられるのですが、両者とも「口もききたくない」といった状態(外部からはそのようにしか見えない)が繰り返されるだけです。この状態にうんざりしている私から見れば、今回のWWFジャパンの「見解」は一歩前進だと思えるものでした。撤回したわけではないとはいえ、お蔵入りさせるには惜しいものだと思います。
ところで今回の一件では、WWFジャパンは「マスコミの扱いの難しさ」を痛感したことでしょう。どのようにプレス発表したのかは知りませんが、できればWWFインターナショナルのメンバーと一緒にマスコミを集めて懇切丁寧にレクチャーすべきだったのかもしれません。そもそも、新聞やテレビといったマスコミが動物問題を十分理解していると思ってはいけません。残念ながら、マスコミはそもそも動物のことに関心は無いのだ、ということを前提にした方がいいのでしょう。これは私自身の経験やマスコミ・ウォッチから引き出した結論でもあります。