人畜共通感染症との冷静なつきあい方
ようやくSARS(重症急性呼吸器症候群)騒動も収まってきたようですが、一方でハクビシンは迫害されているようです。前回はわざとハクビシンとSARSの関係のことを書きませんでしたが、今回はその話題です。
動物から人間に、あるいは人間から動物に感染する病気というものは珍しいものではありません。人間だって動物なのですから当たり前です。人間にも動物にも感染する病気のことは「人畜共通感染症」あるいは「人獣共通感染症」と総称されます。
今回の「SARSの原因は動物だった!」という報道を聞いて、どっかで聞いたことがあるような話だな…、と思った人は多いでしょう。それも当然、「人畜共通感染症」は今になって始まったことでは無いのですから。
一番有名なのはインフルエンザでしょうか。インフルエンザは鳥、ブタなどが持つウィルスが人間に感染することがよく知られています。
記憶に新しいものではBSE(狂牛病)があります。これはウィルスや微生物が原因ではない非常に珍しい病気ですが、ヒトもウシも感染する「人畜共通感染症」です。
日本では最近オウム病が発生したことがありました。わずか1年半前の事件ですが、覚えていますか?
しばらく前に恐怖の病気として話題になったエボラ出血熱も原因ウィルスはいまだはっきりしないのですが動物由来と言われています。
日本では数十年症例がないが、狂犬病もそうです。
原因がウィルスでない病気として、ハムスターやネコのアレルギーによるぜん息症状というものもあります。
これらは人畜共通感染症のほんの一部で、人間は常に危険にさらされているのです。SARSだけが特殊なのではありません。人畜共通感染症騒動は数年おきに繰り返されているのですが、毎回みんなすぐ忘れてしまい、新たな騒動が持ち上がるとまた大騒ぎをするのです。今回のSARSも動物由来のウィルスが原因である人畜共通感染症である可能性はかなり高いと思います。ところが、その疫学的検証がされる前にハクビシンが危険視されてしまっています。ある動物園ではハクビシンの展示を中止したといいます。屋根裏にいるハクビシンを駆除してほしい、という相談が保健所にあったという話もあります。これだけ大騒ぎになったのですから不安になる気持ちもわかりますが、その前に冷静になる必要があるのではないでしょうか?
一連の報道を読み直してみると次のようなことがわかります。
まず第一報は5月23日、香港大学からです。内容は「SARSによく似た遺伝子構造のウィルスを発見」というものです。ここで注意しなければならないのは、「よく似た」という所で、「同一だった」とは言っていないことです。このウィルスがSARSウィルスと同じとは断定できないのです。
同じ日、世界保健機関(WHO)は中国南部で売られているハクビシンとタヌキから「SARSとほぼ同一のウィルス」を確認しています。こちらも「同一」とは断定していませんし、感染経路も不明としています。それでも「直接接触や血液や排泄物に触れることは危険」と注意しています。
翌24日は中国農業省の話として、「コウモリ、サル、ヘビなどからSARSと同一遺伝子配列のウィルスが見つかった」と報道されました。こちらは「同一」と断定しています。こうした報道を並べてみると、「ほら、やっぱりハクビシンは危険だ!」と思ってしまいたいでしょうが、そうでしょうか?
人畜共通感染症は普遍的な存在ですが、実際に問題になるような感染症が動物から人間に感染する確率はかなり低いと言っていいでしょう。確率が高かったら人類はとっくに滅亡していますよ。それでも、WHOの「直接接触や血液や排泄物に触れることは危険」という指摘は正しく、これは守ってもらいたいものです。ですが、私たちが普通に生活していてそのような機会はまずないでしょう。ハクビシンは危険かもしれない、でも、日常生活においては問題なしと考えていいのです。
そもそも、疫学的検証(伝染経路の調査)もされていない状況ではハクビシンが真犯人なのかもわかりません。すべてのハクビシンがそのウィルスを持つのかどうかも不明です。もともとウィルスを持っていたのはコウモリ、サル、ヘビなのかもしれません。また、これだけグループの異なる動物に感染しているということは、SARSウィルスはどんな動物(今回は少なくとも哺乳類・爬虫類全部)でも持っていると見なすべきで、イヌやネコまでも当然疑わねばならないのです。
このように、ハクビシンだけを駆除したり隔離したりするのは意味が無いことなのです。
ではどうすればいいのかということになりますが、こうなるともはや手の打ちようがないわけで、WHOなど公的機関の情報に注意するしか対策はありません。どの動物がどれぐらいの割合でSARSウィルスを持っているのか、SARSウィルスが動物から感染する危険があるのはどのような場合か、といった情報に特に注意すべきでしょう。
SARSの感染源と疑われている中国広東省では、5月26日に「野生動物の捕獲、売買、運送、輸出入の禁止」の緊急通知を出しています。人畜共通感染症の原因は動物との接触ですから、これらの指示は妥当であると言えます。日本の場合は、そもそも野生動物の捕獲は原則禁止ですからリスクはかなり低いのです。
中国というと野生動物を食べる料理が多いそうですが、この慣習には苦言を述べなければなりません。こういう話になると「文化のことによそ者が口出しをするな」とか言われたりするのですが、私が批判するのは文化の問題ではなく、衛生上明らかな問題点があるからなのです。
問題点のひとつは、今回のような感染症の危険があるからです。もうひとつの問題点はこの慣習が自然環境の破壊につながるということです。中国では野生動物捕獲の規制がかなりゆるいようですが、すでに局地的に野生動物が急減している現象があちこちで起こっているはずです(つまり、いる所にはいるが、いない所ではほとんど見られなくなったという状態)。野生動物を無制限に捕獲するということは、自然環境という財産をつぶしているということなのです。また、中国は東南アジア各地からも野生動物を輸入しているそうですが、国外からの野生動物の輸入は、その輸入元の国の自然環境を破壊することであり、これもほめられたことではありません。(そして、感染症のリスクを拡大させるという点でもすすめられません。)
こういったリスクがあってもなお野生動物を捕獲し、食する必要性はあるのでしょうか? これは中国をけなしているのではなく、心からの忠言なのです。*念のために言っておきますが、「野生動物」と「飼育動物(ペット、家畜)」は厳然と区別して読んでください。これらを区別していないと上記の文章を読んでも正しく理解できません。詳細はこちら。
*中国の野生動物市場の一端は「野鳥売買 メジロたちの悲劇」でも紹介されています。