過去のストランディングを検証する
タマちゃんが現れてから間もなく1年になろうとしています。
そもそも、アシカ・アザラシが本州以南に現れることが珍しいことなのか、データをもとに検証してみましょう。
使用したデータは「国立科学博物館・海棲哺乳類情報データベース」です。この中の「ストランディング検索」で過去のストランディング(座礁)事例を調べることができます。当然ながら、件数が多いクジラ・イルカの情報が中心ですが、アシカ・アザラシ類のデータも掲載されています。このデータベースでは、データがそろっている年が種によってそれぞればらばらです。そこで、比較的データがそろっている年代の数字を集計しました。基本的には1981年以降の数字を集計しています。
このデータベースは、ストランディング情報を完全に収集したものではなく、見逃された事例も多くあると思われます。特に北海道では、かなりよく見られる種の報告が少ない傾向があると思われます。この点にはご注意ください。集計の結果は以下の通りです。
和名 学名 集計年 北海道 北海道以外 アザラシ科 アゴヒゲアザラシ Erignathus barbatus 1983〜1996 2 4クラカケアザラシ Phoca fasciata 1981〜1988 47 8ワモンアザラシ Phoca hispida 1981〜1989 18 6ゴマフアザラシ Phoca largha 1981〜1999 71 36ゼニガタアザラシ Phoca vitulina 1981〜1999 11 0キタゾウアザラシ Mirounga angustirostris - - 1アシカ科 トド Eumetopias jubatus 1981〜1999 8 11オットセイ Callorhinus ursinus 1981〜1999 3 37セイウチ科 セイウチ Odobenus rosmarus - - 1それぞれの種について解説をしていきましょう。
アゴヒゲアザラシ
いずれも若い個体が発見されているようです。
茨城県那珂川、静岡県天竜川に現れたという例があり、川に出現する性質を裏付けています。九州で発見された例もあります。太平洋側、日本海側両方で見られます。クラカケアザラシ
4〜5月に子どもが漂着する例がほとんどのようです。北海道以外は青森、岩手のみ。どれも太平洋側またはオホーツク海側です。ワモンアザラシ
(データベースでは、和名で検索できず、学名で検索しないと閲覧できない)
ほとんどが冬季に北海道太平洋岸に子どもが漂着する、というものです。鳥取、愛知での報告もあります。ゴマフアザラシ
件数も多く、範囲も南は鹿児島までと広く見られます。日本海側での発生が多いようです。
北海道・東北では、4〜5月に子どもが漂着する例が多くなっています。ほとんどが太平洋側で発生しています。
さらに南の地域では、日本海側での件数が多めになっています。集中する時期は特になく、年中発生する可能性があります。いずれも子どもだと思われます。
ゴマフアザラシのストランディングは北海道以外でも年平均2件発生しています。この調子だと毎年のようにどこかで疑似タマちゃんブームが発生することになるでしょう。ゼニガタアザラシ
ほぼすべてが、5月に北海道太平洋岸に子どもが漂着する、というものです。キタゾウアザラシ
1989年に伊豆諸島の新島に漂着し、その後飼育された例が1件だけあります。若い個体だったようです。本来は北太平洋東部(アメリカ大陸側)が生息地なので、かなり珍しい例です。トド
北海道では普通に見られる種であることを初めに指摘しなければなりません。北海道ではトドが漁場を荒らす、漁網を破るといった被害が多く、1993年以前は年間数百頭が有害駆除されていました。現在も年100頭ほどが有害駆除されています。実際はもっと多くがひそかに駆除されていると言われています。上記の北海道の数字は一側面でしかないのです。
北海道以外では、日本海側で多く発生しています。成獣の場合も子どもの場合もあるようです。オットセイ
南は福岡まで、太平洋側・日本海側ともにまんべんなく発生しています。北海道の件数が少ないのですが、「北海道を含めて広い地域でまんべんなく発生している」と考えればよいでしょう。日本に近い繁殖場所はカムチャツカ半島やサハリン島周辺で、日本からやや離れているので、特に北海道に集中することがないのでしょうか。
冬〜春の発生が多く、子ども、若い個体が多いようです。
北海道以外では年平均2件ほど発生しており、ストランディングは珍しいことではないようです。次はオットセイ・ブームが来るかもしれません。セイウチ
1984年に三重県尾鷲市沖で成獣が混獲された事例が1件だけあります。このセイウチは射殺されました。セイウチの日本に最も近い生息域はベーリング海です。上記のいずれの動物にも言えることですが、ほとんどは生存状態で発見されており、死体漂着の例は少ないです。
以上の統計をまとめますと、北海道以外の地域でも年に4回はアシカ・アザラシ類のストランディングが発生する可能性があるということになります。
つまり、「アシカ・アザラシのストランディングは珍しくない」ということです。しかし同時に「アゴヒゲアザラシのストランディングは珍しい」のも事実です。
一連のタマちゃん騒動では「珍しい動物」と報道されることが多かったのですが、その「珍しさ」の度合いについてちゃんと解説したマスコミがどれだけあったでしょうか?今回の統計で確認してほしいのは、「アシカ・アザラシは種によって生態はさまざまである」ということです。これは当たり前のことですが、日本ではアシカ・アザラシは「北の海にいるかわいい動物」程度にしか認識されておらず、タマちゃんについてもアゴヒゲアザラシ以外の種もどれも同じようなものとして語られることが少なくありませんでした。その代表が「ひとりぼっちはかわいそう」という論調です(アゴヒゲアザラシは単独行動が基本なので、ひとりぼっちが通常の状態である)。アシカもアザラシもどれも似たような外見ですが、種によって生息場所も違えば食べるもの、繁殖方法も違う個性的な動物なのです。
タマちゃん騒動でアシカ・アザラシに興味を持たれたのならば、他のいろいろなアシカ・アザラシにも目を向け、それぞれ独特の生態に注目していただきたいものです。そうすれば、「アシカ・アザラシは北の海のかわいい動物」という見方が非常に一面的であることがわかるでしょう。