Vol. 186(2003/8/10)

[今日の観察]ヘビの完全な抜け殻

自然観察をよくしている人なら、ヘビの抜け殻を見つけた経験がある人も少なくないでしょう。ただ、たいていの場合、抜け殻の一部が残っているだけで、完全な抜け殻を見たことがある人はもっと少ないでしょう。
先日、いつも定期観察している都内某公園へ行った時のことです。某水鳥の観察ポイントに来た私は、いつもの習慣で近くの草むらをのぞいてみました。なぜそんな所をのぞくのかというと、そこがアオダイショウの通り道だと知っているからなのです。この草むらは細い通路状になっていて、植え込みもあり、この近くではアオダイショウにとって唯一の通り道になっているのです。これまでにも何度かアオダイショウを見かけていますので、ここには特に注意しているのです。
その草むらをのぞいてみてびっくり。うわっ、アオダイショウや! むむ…いや、これはアオダイショウの抜け殻か? 色が妙に白いですし、胴がつぶれているので抜け殻であるのは間違いありません。しかもかなり長そうです。草や植え込みの枝にからまっている抜け殻を引っ張り出してみると…これは長い長い。私の身長をはるかに超える長さです。しかも、頭から尾まで完全に残っているのです。
抜け殻はまだ柔らかく、色も白っぽいものでした。どうも、脱皮してからあまり時間がたっていないようです。うっかり忘れていたのですが、近くにまだアオダイショウがいたかもしれないわけで、周りには注意すべきでした。尾の先端は既に茶色に変色し、固まっていました。アリがたくさんたかっていましたが、きっとおいしい食べ物なのでしょう。そのアリを払い落として、私はこの抜け殻を大切に持ち帰ったのでした。家に帰って、室内に干しておいたところ、夕方には濃い茶色に変色し、ほぼ乾燥しました。この抜け殻は、現在もちゃんと保存しています。

※乾燥前の抜け殻は、なるべく早くしわを伸ばした方がきれいな標本になる。乾燥後では、しわは伸ばせないからだ。

ヘビの抜け殻を持ち帰るなんて…と思う人もいるでしょうが、これは「最も安全なヘビの標本」とも言えるわけで、自然観察の教材にはちょうどいいものなのです。断片的な抜け殻ではなく、完全なものであるため教材としての価値は高いものです。
この抜け殻から何を読み取ることができるのか、ちょっと紹介してみましょう。

まず、脱皮について。この抜け殻の全長は194cmもあります[写真1]。しかし、専門家に聞いたところ、この抜け殻を残した実物のヘビはもっと短いだろうとのことでした。というのも、脱皮の時にうろことうろこの間の部分が伸びてしまうために、実物よりもかなり長くなってしまうのだそうです。実物はおそらく150cmを超える程度ではないか、とのことでした。全長2mというと、アオダイショウとしては最大クラスなのですが、実際はそれほどでもなかったわけで、ちょっと残念です。
この抜け殻の頭に注目してみると、鼻の穴、目の膜がちゃんと残っています[写真2]。よくみると、鼻の穴は外に伸びていますし、目の膜は凹型です。これはつまり、この抜け殻は外側と内側が反転しているのです。ヘビが脱皮する時は、頭から皮をめくるように脱いでいきます。そのため、内外反転してしまうのです。
目の膜もいっしょに脱皮するのには驚くかもしれませんが、これも元々はうろこに近い性質を持っているからなのでしょう。

胴体は当然ながらうろこにおおわれていますが、背側と腹側でその形が違うことに注意しましょう。背側では、うろこは斜め方向にに整然と並んでいます[写真3]。腹側では、横長のうろこが並んでいます[写真4]。これらのうろこには名前があって、背側を「体鱗」、腹側を「腹板」といいます。胴体をぐるりととりまく体鱗の数を「体鱗列」と言いますが、この数は種によって一定の数の範囲内に収まっています。また、腹板の数は脊椎骨の数とほぼ同じで、これも種によってその数の範囲は決まっています。つまり、体鱗列と腹板の数はヘビを分類するための指標になるのです。ヘビの分類は、もちろん大きさや模様でできるのですが、大小には個体差があり、模様も変異型があるために、うろこで判定しなければならないこともあるのです。
ちなみに、この抜け殻で数えたところ、体鱗列は23、腹板は226でした。ある資料によると、アオダイショウの体鱗列は23〜25、腹板は225〜240ということなので、間違いなくアオダイショウと確認できます(シマヘビ、ヤマカガシの体鱗列は19。ニホンマムシは21で、全長は最大でも60cm。)
ところで、トカゲのうろこもヘビの体鱗のように斜めに規則正しく並んでいるものが多いのですが、うろこがランダムに並んでいる種類も多くいます。例えば、カメレオン類がそうです。グリーンイグアナのうろこはおおむね斜めに並んでいるのですが、それぞれが小さいために、完全に正確に斜めに並んでいるわけではありません。

ところで、ヘビの尾とはどこを指すのか知っているでしょうか。胴体全部が尾? それとも、全部が胴体で尾は無い? これは常識的に考えればわかることです。例えば爬虫類や哺乳類で尾はどこに付いているかよく考えてみましょう。尾は「お尻から後ろ」または「後脚から後ろ」に付いているはずです。ヘビも遠いご先祖は脚があったのですが、今は痕跡もありません。つまり、お尻の穴から後ろがヘビの尾になるのです。
この穴は交尾器官も兼ねているので「総排泄孔」といいますが、実際にその穴を探してみましょう。アオダイショウの場合は総排泄孔から後ろの腹板が2列になっていますのですぐわかると思います[写真5]

※[写真5]のみ乾燥後に撮ったもので、他の写真は発見時に撮影したもの。

と、まあ、ヘビの抜け殻だけでこれだけの話ができてしまうのです。実物よりも扱いやすく、安全ですので、ヘビが嫌いな人でも安心して見ることができる、優れた教材なのです。


これを読んで、「さっそく探してみよう」と思う人がいるかもしれませんが、注意しなければならないことがあります。ヘビは草むらによくいるのですが、毒を持つニホンマムシなどと出会ってしまう危険があるため、かなり慎重に探す必要があります。また、そういう所をむやみに探しても必ず発見できるものでもありません。ヘビをよく見かける場所、ヘビの通り道になっている場所を探して、定期的に見回るのが安全で確実な方法のように思えます。

ちなみに、その抜け殻を発見した場所では、最近も抜け殻を発見できました。ただし、この時はほんの一部だけしか残っていませんでした。


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